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連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.14

城の建築中に長雨。堤は持ち堪えられるか?熊本城を作った男の一代記、ついにクライマックス! 伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」#10-1

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。



前回までのあらすじ

伝説の「城取り」として名高い父から築城の秘伝書を受け継いだ藤九郎は、加藤清正に仕えて肥後に渡る。現地で仲間を得ると即座に治水を成し遂げ、清正に取り立てられた藤九郎。しかし、朝鮮から戻った清正より、短い期間で日本一強固な城を造るよう命じられる。片腕だった弟の藤十郎と秘伝書を火事で失った藤九郎だったが、石垣の積み方から堀の造り方、天守の建て方まで、あらゆる知恵を絞り、伝手を頼って清正の無理難題に必死に挑むのだった。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

 六

 雨の中、馬を飛ばしてれんだいに駆けつけると、すでに多くの人々が右往左往していた。
「お頭だ。お頭がやってきたぞ!」
 誰かの声が響き渡り、皆がとうろうに注目する。
「藤九郎殿、こちらです!」
 蓮台寺の講堂から出てきたげんないが、中へ招き入れようとする。だが藤九郎は、一刻も早く現場に行きたかった。
「まずは崩れたみずこしに行こう」
「でも、もはや手の施しようもありません」
「とにかく行ってみよう」
 二人が雨の中を駆け出すと、多くの者たちが後に続いた。
 河畔が見えてきたところで源内が言う。
「水越が崩れそうになったので、何人か出して補強普請をやらせていたのですが──」
「その最中に水越が崩れたというのだな」
「それがしは見ていませんでしたが、目撃した者によると、突然、水越が崩れて水が溢れ出し、何人かがのみ込まれました。大半はどこかに摑まり、難を逃れたのですが、三人はしらかわの本流に落ちて流されていきました」
「それで、見つからないのだな」
 源内がうなずく。
「はい。瞬く間に頭が没し──」
 やがて河畔に着いたが、水越はすでに崩れて激流が渦巻いていた。
 ──これでは打つ手がない。
 河川の付け替えや流路変更は、たいへんな危険が伴う。そのため万全の注意を払ってきたつもりだが、それでも犠牲者を出してしまった。
 ──何ということだ。
 藤九郎は突然めまいがして倒れそうになった。
「藤九郎さん、しっかりして下さい!」と言いつつ、源内が支える。
「心配要らん。少し立ちくらみがしただけだ」
 そう言いながら、額に手を当てると熱を持っている。
 ──これくらいなんだ。しっかりしろ!
 藤九郎は己を叱咤した。
 濁流にのみ込まれた者たちを救うすべなどなかったが、藤九郎は何とかしたかった。
「下流には縄を渡してあったのだな」
 藤九郎は万が一に備え、川幅が狭くなる何カ所かに、流された者が摑まれる縄を渡していた。かつてまたろうが流された時の教訓を生かしたのだ。
「はい。渡してありますが、見に行かせた者からは、誰かが掛かっているという報告はありません」
 それが何を意味しているかは明らかだった。
 ──もはや助けられないのか。
 誰も口にしないが、眼前の濁流を見れば、それは明らかだった。おそらく三人は瞬く間に流れにのみ込まれ、水死したに違いない。
「仕方ない。遺族には手厚く報いよう。それで──」
 藤九郎は頭を切り替えた。
「この水越の復旧には、どれくらい掛かる」
「この雨ですから」
「どういうことだ」
 源内が思い切るように言う。
「雨がやんで水量が減ってからでないと、まるたちを出せません」
「何だと──。それでは、この水越はいつになってもできないではないか!」
 藤九郎はつい怒鳴ってしまった。
「残念ながら、この有様ではどうしようもありません」
「待て」と言いつつ、藤九郎が絵図面を広げる。
「小舟をつなげて隔壁を増やしていき、それを土砂で支え──」
「無茶を言わないで下さい」
「無茶ではない! そうしないと殿のご要望通りに行かなくなるのだ」
「そう仰せになられても、夫丸たちを死の危険にさらすことはできません」
「では、いつまでも流路を変えられないではないか。ということは城の堀に水が入らないことになる。すぐにでもやれ!」
「死人が出ているんです。わしが『行け』と言っても、夫丸たちは行きません」
「何を言っておる。無理にでも行かせろ!」
 その時、背後から怒声が聞こえた。
「藤九郎さん、それは間違っている!」
「誰だ!」
 雨の中、かさもかぶらずに立っているのは又四郎だった。
「そなたは──、そなたはわしが間違っていると申すのか!」
「はい。源内さんが正しい」
 藤九郎は振り向くと又四郎の前に立った。
「何だと!」
「二人ともやめて下さい」と言いながら、源内が間に入ろうとしたが、又四郎が決然と言った。
「源内さん、下がっていてくれ。これはうえとわしの話だ」
 源内とその配下の者たちが、少し離れた場所まで下がる。
「お前は、わしの邪魔がしたいのか!」
「そうではない。正気に戻ってほしいのだ」
「わしは正気だ!」
 藤九郎が怒りに任せて又四郎の胸倉を摑む。
「こんな雨の中に夫丸を追い立てるなど、正気の者のすることではない!」
 又四郎の顔には幾筋もの雨滴が流れ、目を開けていられないほどだ。
「では殿の意向はどうする。それを踏みにじるわけにはまいらぬ」
「殿が──」
 又四郎は大きく息を吸うと言った。
「夫丸を殺してまで、『普請を続けろ』などと仰せになるわけがない!」
 藤九郎が言葉に詰まる。
 ──又四郎の言う通りだ。殿は何よりも配下の者を大切にする。
「義兄上、しっかりしてくれ!」
「わしは──、わしは何を考えているんだ」
「分かってくれましたか」
 又四郎の顔から流れ落ちているのは、雨滴だけではなかった。
「わしは、大切な夫丸たちを死に追い立てようとしたのか」
「それに気づいたのなら、もうよいではありませんか」
「いや、わしは──、わしは何を考えていたんだ!」
 その場にくずおれそうになる藤九郎を、又四郎が支える。だが藤九郎はめまいに堪えきれず、その場に片膝をついた。
「義兄上、どうしましたか!」
 源内たちも走り寄ってきた。
「心配は要らん。少し休めばよくなる」
「あっ」
 藤九郎の額に手を当てた又四郎が驚く。
「すごい熱ではないか!」
「何でもない」
「こんなところにいてはだめだ」
 又四郎が藤九郎に肩を貸すと、源内も一方の肩を支えた。
 豪雨の中、一行は蓮台寺への道を急いだ。

#10-2へつづく
◎第 10 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


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