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連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.6

加藤清正と理想の城について話合う矢先、自宅の方角から火の手が――。伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」#8-2

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」

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      八

 七月、清正が隈本に帰ってきた。いえやすの養女をめどってから初めてのお国入りとなる。
 その乗る輿こしだけでも一目見ようと、ひやつかんせき港から隈本までの沿道は人でいっぱいになった。
 清正と初めてお国入りした花嫁は、すでに祝言を大坂で挙げてきていたが、国元でも盛大な祝言が挙げられた。
 とう家中には、加藤家の将来は「これで安泰」という空気が満ちていた。
 三日三晩続いた祝宴も終わり、いよいよ清正は本格的な城造りに着手した。
 まず大木土佐と藤九郎から縄張りの説明を受け、細部の修正を指示することから始めた。それを繰り返した末、いよいよ現地視察となった。
 現地視察の場合、藤九郎が主となって説明する。

「ここに天守を上げようと思っております」
 藤九郎が茶臼山の最高所を指差して言う。本丸部分を広く取るべく、かなり削平するので、山頂部分が天守の最上階に近いものになると思われる。
「どのような天守を築くつもりだ」
「はい。大坂城に倣い、望楼型の大天守を考えております」
 秀吉は安土城への憧れからか、望楼型天守を好んだ。大坂城にはじまり、じゆらくだいぜん城、ふし城などだ。そして望楼型天守をとよとみ家の標準仕様とした。それに倣い、豊臣大名たちも同型の天守を築いた。ひでいえの岡山城、もうてるもとの広島城、そしていみやま城やまるおか城と、次々と望楼型天守が上げられた。望楼型天守は豊臣大名のあかしでもあった。
「ということは、いりの大屋根が必要になってくるな」
「はい。茶臼山は地盤も弱いので、どっしりした天守がいいと思います」
「しかしそれでは、最上階の高さも取れぬ上、上層階の防御力が弱くなる。それだけではない。安土の城のように大きな体の上に小さな頭が載っている姿は、美しいとは言えぬ」
 清正は美的感覚にも優れているため、自分の中ですでに天守の想像図ができあがっているのだ。
「望楼型でも構わぬが、下層階と上層階の大きさがほとんど変わらぬ天守を、わしは造りたい」
「つまり逓減率を小さくしたいのですね」
「そうだ。上層階も大きいものが望ましい」
 ──それを実現するには、何か画期的な工夫が必要になるな。
 清正の要求はいつも厳しいが、建築技術に詳しいので、いつもぎりぎり可能な線を突いてくる。
「できぬか」
「いえ、工夫してみます」
「それでは答えになっておらん。できるかできないかだ」
「やってみます」
 清正が苦笑する。
「致し方ないな」
「ありがとうございます」
 ──「秘伝書」には「天守には望楼型と層塔型の二種あり。ただし層塔型を築くには正確なけい(正方形)の天守台を築かねばならない。それにはたいへんな手間がかかる」と書かれていたな。
 藤九郎は「秘伝書」に書かれていた「矩形の天守台の造り方」を、後でじっくり検討しようと思った。
「殿、場合によっては層塔型の天守でもいいでしょうか」
「それはどうだろう。層塔型では天守一つが独立した形になる。敵に攻められた時、相互に助け合って守るためには、小天守との連携が必要不可欠ではないのか」
「つまり大天守と小天守をつないだものをお考えなのですね」
「そうだ。大小の連結天守ならおおがあっても、倒壊しにくいと聞く」
「それは、その通りですが──」
 藤九郎が大木土佐の方に視線を向ける。要は入前が問題なのだ。
 土佐は渋い顔をしているが、何も言わない。
 清正が続ける。
「まず防御力に優れたもの、続いて大地震にも耐えうる頑丈なもの、そして美しきものだ」
 美しい城は威権の象徴となり、それほどの城を築ける領主の権力の大きさに、国衆や民はひれ伏し、謀反やいつを起こそうという者はいなくなる。
「分かりました。早速、考えます」
 清正が出した条件は厳しいものには違いない。だが藤九郎は、「秘伝書」と藤十郎の協力があれば、やり遂げられると思った。
 その時だった。清正が鉄扇を前方に差し出して言った。
「ん、あれは何だ」
 周囲にいた者たちが一斉にそちらを向く。そこには、一筋の煙が上がっていた。
 ──あれは何だ。まさか!
 突然、胸騒ぎがした。皆もそう思ったのだろう。周囲がざわつき始めた。
 その時、使番が走り込んできた。
「ご注進、ご注進!」
「どうした」
 清正の声は落ち着いている。
「はっ、新町から火の手が上がりました!」
 ──何だと!
 新町には、藤九郎たち普請作事方の長屋が軒を連ねている。
「見晴らしのいい場所に出よう」
 そう言うと清正は、着物の裾をたくし上げて駆け出した。それに供の者たちが続く。
 清正の筋張ったすねを見ながら、藤九郎も懸命に駆けた。
 やがて眺めのいい場所に出た。
 ──やはり新町か!
 炎は見えないが、新町方面に黒々とした煙が立ち込めている。
「藤九郎、確か、そなたの家は新町にあったな」
「は、はい」
「それはたいへんだ。すぐに行け」
「ご無礼 つかまつる」と言って駆け出そうとする藤九郎の背に、清正の声が掛かる。
「わしの馬に乗っていけ」
「えっ、よろしいので」
「こんな時だ。構わぬ」
「ありがとうございます」
「どこに乗り捨てても構わん。わしの馬を盗む者などおらぬからな」
「申し訳ありません」
 引かれてきた馬に乗ると、清正がべんを渡してくれた。
「では!」
「待て」
 清正自ら手綱を押さえる。
「何があっても慌てるなよ」
「あっ、はい」
「そなたの命は、そなただけのものではない。加藤家のものでもない。これからの天下に必要なものなのだ」
「天下に──」
「そのことは、いつか話す。それより今は行け」
「はっ、そうさせていただきます」
「しっかりな!」
 清正が手綱を放すと、藤九郎は矢のように飛び出した。乗馬は得意ではないが、もはやそんなことを言っている場合ではない。
 風を切って走る中、妻や係累の顔が次々と浮かぶ。
 ──たつ、またろうさと、そして藤十郎、どうか無事でいてくれ!
 新町の手前の古町に入ると、新町方面から逃げてくる人々で通りがいっぱいになっていた。
 ──これでは前に進めない。
 やむなく馬から下り、馬の頭を城の方に向けて尻をたたくと、馬は引き返していった。
 それを見届けた藤九郎は、人の波に逆らうように進んだ。だが思うように進めない。
 その時、血相を変えて走ってくる一人とぶつかったので、藤九郎は問うた。
「火元はどこだ!」
「新町だ」
「大火なのか」
「ああ、新町が焼け尽くされようとしている」
 家財道具を背負い直し、男は走り去った。
 ──たいへんなことになった。
 藤九郎は再び人の波をかき分けるようにして走った。
 新町が近づくと、風に乗って木の焼ける臭いや悲鳴が聞こえてきた。気づくと、周囲は夜のように暗くなっている。
 擦れ違う人々の姿も、次第に悲惨なものになっていた。家財道具を背負う者は少なく、皆黒くすすけた顔で、懸命に新町から離れようとしている。
 その様子からすると、事態は思っていた以上に深刻だった。
「どけ、どいてくれ!」
 大声を張り上げて人の波をかき分けていた藤九郎だったが、ついに喉がれてき込んでしまった。慌てて首に掛けていた手拭いを鼻と口に巻いたが、黒煙はひどくなるばかりで、目も開けていられない。
 ようやく古町と新町の間に架かる橋まで来たが、向こうから押し寄せてくる人の波に押されて、橋などとても渡れない。
 被災した人々の中には、橋の左右から川に下りて渡ってくる者もいる。藤九郎も川岸に下りると、川を渡り始めた。ところが思っていた以上に流れがきつい。数日前に雨が降ったので増水しているのだ。見ると、老人や女は下手へと流されていく。
「助けて!」という悲鳴がを震わせる。だが新九郎に助けるいとまはない。
 新九郎は胸まで水につかりながらも、何とか対岸に渡った。その間も、人々は川岸に下りてくる。すでに逃げてくる人々の体は煤だらけで、着ているものは焼け焦げている。火元近くから逃げてきたからに違いない。
 その時、何事かわめきながらやってきた全裸の老婆が、ちゆうちよせず川に入った。
「無理だ。よせ!」
 あれよという間に、老婆が水圧に押されて流されていく。藤九郎は息を整えている最中で、助けたくても助けようがない。やがて浮いていた老婆の頭が水面から消えた。
 ──すまない。許してくれ。
 こうした場合、他人のことに構っているわけにはいかない。
 ──たつ、待っていてくれ。
 力を振り絞って立ち上がった藤九郎は、川岸のえんてい上から新町を見た。
 ──ああ、なんてことだ。
 あの男が話していた通り、新町は炎に包まれていた。
 ──これでは行っても焼け死ぬだけだ。
 もしも身内が残っていても、助けられるものではないのは歴然だった。
 ──許してくれ。
 膝の力が抜けた藤九郎は、その場にくずおれた。

>>#8-3へつづく ※9/27(金)公開
◎第 8 話全文は「カドブンノベル」2019年10月号に掲載されております。


カドブンノベル 2019年10月号


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