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連載

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」 vol.1

【カドブン連載第1回 伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」】熊本城を作った男の一代記! 父から秘伝書を受け継いだ藤九郎は、肥後に日本一の城を築くため、苦難に立ち向かう。#7-1

伊東潤「もっこすの城 熊本築城始末」


これまでのあらすじ

安土城と運命をともにした父から「城取り」の秘伝書を受け継いだ藤九郎は、加藤清正に仕えて肥後に渡る。到着早々、治水を任された藤九郎は地元の民を味方につけて成功を収め、清正の目に留まる。天草で起きた一揆で戦の厳しさを知るも、秘伝書や弟の藤十郎の力を借りて障害を乗り越え、頭角を現してゆく。藤九郎は清正とともに朝鮮へ渡り、異国の地で城を築くが、蔚山<ウルサン>城での壮絶な攻防の末、友・嘉兵衛に別れを告げて帰国の途につく。

   第三章 日本一の城

      一

 ──帰ってきたのか。
 けいちよう三年(一五九八)十二月、熊本ひやつかん港の沖合にいかりが下ろされると、群がるようにてんせんが押し寄せ、武士たちを乗せていく。こうした際も身分によって順序が決まっているので、はやる心を抑え、とうろうは自分の番が来るのを待った。
 ようやく「普請作事方」と呼ばれ、藤九郎は配下の者たちと一緒に伝馬船に乗った。
 船が陸に近づくと、りつすいの余地もないほど出迎えの人々がいるのが見えてきた。
「おーい、帰ってきたぞ!」
「わしじゃ、わしじゃ!」
 船上にいる仲間たちは、口々に何かをわめいては港に群がる人々に手を振っている。
 藤九郎も人の頭の間から群がる人々を見たが、距離があるので、自分の迎えが来ているかどうかは分からない。
 その時、隣にいたとうじゆうろうが「あっ」と声を上げた。
「兄者、あれを見ろ」
「えっ、どこだ」
 藤十郎の指さす方を見た藤九郎は、あんぐりと口を開けた。
 そこにはのぼりが掲げられ、風に揺れていた。
「あれには『日之本一之城取』、と書いてあるのか」
「ああ、どうやらそのようだ。つまり兄者のことだぞ!」
 その幟は上下に激しく揺れている。幟のたけ竿ざおを持つ者が飛び跳ねているらしい。
「ということは──」
 二人が声をそろえる。
またろうか!」
 桟橋が近づくと、先ほどは豆粒ほどだった人々の顔がはっきりと見えてきた。
 伝馬船が桟橋に着けられ、藤九郎たちが下り立つ。最初の一歩を踏み出すと、感激が押し寄せてきた。
 ──ここは日本なのだな。
 人垣の向こうには、緑あふれる山々が見えている。それは半島で見慣れた禿はげやまとは明らかに違う。
「兄者、あの幟はやはりそうだ!」
 藤十郎が人をかき分け、幟の方に向かっていく。藤九郎もそれに続いた。
 すでに前後左右では、悲喜こもごもの人間模様が渦巻いていた。というのも足軽小者は書簡を出すことを許されていないので、誰が帰国できて誰が帰国できないかは、事前には分からない。すなわち身分が低い者の縁者は、港に出迎えて、渡海した夫や息子の安否を確かめるしかないのだ。
 妻子との再会に歓喜している者もいれば、親兄弟や妻子の姿を探す者もいる。
 人垣の向こうで「又四郎、ここだ。ここだ!」という藤十郎の声が聞こえた。
 藤九郎が人垣をかき分けて進んでいくと、藤十郎が又四郎を肩車している。又四郎は満面に笑みを浮かべ、先ほどの幟を振っている。
 藤十郎がおどけて言う。
「おっ、『日之本一之城取』が参ったぞ」
「あっ、うえ!」
「又四郎、出迎え大儀」
 その時、又四郎たちの向こう側に、嫁のたつと妹のさとの姿が見えた。
「たつ、里、帰ったぞ」
 二人が目頭を押さえながら近づいてくる。サンから「無事」を伝える書簡を出していたので、二人は落ち着いていたが、実際に藤九郎の姿を見てあんしたのだろう。手を取り合って泣いている。
 藤九郎の前に立ったたつが、腰を折って挨拶する。
「お帰りなさいませ」
「ああ、帰ってきた。わしは帰ってきたぞ!」
 国の山野に向かって、藤九郎は大声で帰還を告げた。

 その後、くまもと城下の家に戻ると、近所の人々が歓呼をもって迎えてくれた。藤九郎が普請作事にらつわんを振るったことが、とう家中にも知れわたっていたのだ。
 だがすでにすべての船が着いたことで、自分の身内が帰ってこないと分かった人々の家は、ひっそりと静まり返っていた。加藤家中からは、「正式な通達があるまで待て」と言われているが、個々の消息は明らかだった。
 隈本城下は、見事なまでに明暗が分かれていた。
 そのためむら家では祝い酒を控えめにし、静かなゆうとなった。
 そこにやってきたのは、かつて一緒に仕事をしたげんないすけである。二人は朝鮮に渡ることなく、国内の街道の整備などに携わっていたという。
 そこで二人からきたがわさくの死を聞いた。城の普請作事以来、作兵衛の体調は優れず、寝たり起きたりの生活だったという。半島に渡る際に挨拶に行ったが、少し見ぬ間に作兵衛は衰弱しており、「もう長くはない」と思ったことを覚えている。ただ作兵衛には十代後半になる息子がおり、同じく作兵衛を名乗って跡を継ぐことになったという。
 祝いに駆けつけた知人たちが帰り、身内だけになった時、藤九郎が「うえもとに挨拶に行かねば」と言うと、たつと又四郎が寂しげな顔で、ろうの様子を教えてくれた。
 それによると弥五郎は半年ほど前に体調を崩し、床から起き上がれなくなっているという。
 きよまさから新たな仕事を言いつけられる前に、藤九郎はこの村に行こうと思った。

 木葉村に行く前に、藤九郎には、どうしても行っておきたい場所があった。
 加藤清正の入部以前は農家が点在するだけだった隈本城下に、清正は商工業者を集めようとしていた。そのためすでにつぼ川と白川の間に碁盤の目のような町を造る計画があった。それが後にさい町、こめ町、こう町、ふく町、うお町、しお町といった業種ごとに整理された町になっていく。
 一方、武家屋敷は塩屋町から後に新町と呼ばれる一帯に広がっていた。その一角に下級武士を集住させた長屋がある。長屋といっても、一つの区画が七十坪ほどある庭付きの一軒家だ。
 通りすがりの人に聞きつつ、ようやく場所を探り当てると、頰かむりをした女性が一人、大掃除をしていた。それを手伝っているらしき少年が藤九郎の方を指差し、女性に何か言っている。
「ご無礼つかまつります」
「あっ、どちら様ですか」
 そのあどけなさの残る女性は、いまだ二十代前半のように感じられる。
 藤九郎が名乗る。
「あなた様が木村藤九郎様ですね。夫からよく話を聞いておりました」
「これまでご挨拶に来られず、申し訳ありませんでした」
 藤九郎が深く頭を下げる。
「今日は夫のことでしょうか」
 藤九郎がうなずくと、女性は家の中に通してくれた。
「散らかっていて申し訳ありません。お役人様からの死が正式に伝えられ、この家も明日には空けねばならないんです」
 厳しい措置かもしれないが、致し方ないことなのだ。
「そうでしたか。それで掃除を──」
「はい。それが次に入られる方への礼儀ですから」
 ──嘉兵衛殿は、ここに住んでいたのか。
 それを思うと感慨深いものがある。
「こちらが息子のかんいちろうです」
 嘉兵衛から息子がいることは聞かされていたが、嘉兵衛の妻同様、藤九郎が会うのは初めてになる。
「息子さんがいることは、嘉兵衛殿から聞いていました。もうこんなに大きくなったのですね」
「はい。もう七つになります」
勘一郎と申します」
 少年は威儀を正して一礼した。
「そうか。嘉兵衛殿もよい息子さんを持たれたな」
「ありがとうございます。この子が生まれたばかりの頃、嘉兵衛が渡海してしまったので、この子は嘉兵衛のことを覚えていないんです」
「そうでしたか。でも嘉兵衛殿によう似ている」
 勘一郎は嘉兵衛同様、目鼻立ちがはっきりし、いかにも聡明そうだ。
「それで藤九郎様は、嘉兵衛の最期をご存じなのですか。上役の様からはどこで死んだのか、どうして死んだのかなど、何も教えていただけないんです」
「今日は、そのことで参りました。実は和田様から、嘉兵衛殿のことを伝えるよう仰せつかってきました」
「そうだったんですね」
「まずはこれを──」
 藤九郎が嘉兵衛から預かった書簡を渡す。
「これは嘉兵衛の──」
 そこに書かれた文字を追いながら、嘉兵衛の妻の顔色が変わる。
「嘉兵衛は──、嘉兵衛は生きているんですね」
 その言葉に、傍らでかしこまっている少年もどうもくする。
「はい。そういうことになります」
 藤九郎がてんまつを話すと、嘉兵衛の妻の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「どうして──、どうして帰ってこなかったんですか」
「嘉兵衛殿にはきようがあります。たとえ殿が赦免したとはいえ、一度でも味方を裏切った自分が許せなかったんでしょう」
「でも、私たちがいるのに──」
「嘉兵衛殿も断腸の思いだったはず」
 嘉兵衛の妻がえつこらえながら言う。
「しかもここには、『お前はまだ若い。どこぞの家に再嫁し、新たな果報(幸せ)を見つけてくれ』と書かれています」
「そうでしたか」
 ──もう戻るつもりはないんだな。
 嘉兵衛の決意が堅固なのは間違いない。たとえ気が変わっても、国交が断たれた状態の両国間に船便はなく、もはや帰ってきたくとも帰ってこられないのだ。
「これも運命さだめなのでしょうか。それではあまりに──」
 嘉兵衛の妻がその場に突っ伏す。その背を勘一郎と名乗った少年がさすっている。
 その悲痛な姿に、藤九郎は慰めの言葉一つ掛けられなかった。
「悲しい話をしてしまい、おびの申し上げようもありません。ただ嘉兵衛殿から『生きていることだけでも伝えてくれ』と頼まれたので、ここまで足を運びました」
 藤九郎が一礼して去ろうとすると、妻が涙を拭いて言った。
「取り乱してしまい申し訳ありませんでした。でも、もう心配は要りません。私には、この子がいます。この子が一人前の武士になるまで、どんなに苦しくても頑張ります」
「その意気です。嘉兵衛殿も──」
 藤九郎が力を込めて言う。
「きっと、それを望んでいるでしょう」
「この度はお越しいただき、ありがとうございました。あちらでの嘉兵衛の様子もよく分かりました。この子に──」
 嘉兵衛の妻が、勘一郎を前に押し出すようにして言う。
「何かありました時は、木村様をたのみとしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。何なりとご相談下さい」
「何とお礼を申し上げてよいか──。どうか、よろしくお願いします」
 嘉兵衛の妻が深く頭を下げる。
 藤九郎が立ち上がると、勘一郎が「そこまでお送りします」と言って先に立った。
 二人で表口まで来た時、勘一郎の肩に手を置いた藤九郎が、「父上の名に恥じぬ立派な武士になれ」と言うと、勘一郎が「はい」と答えて強くうなずいた。
「よし、それでよい。ただし戦がなくなれば、武士という仕事だけでは食べていけぬ。その時は、土地を耕して糧を得ることになる。その覚悟だけはしておくのだぞ」
 嘉兵衛は世襲が認められていない足軽階級なので、勘一郎がどうなるかは分からない。
「実はたびの戦いで、武士の過酷さがよく分かりました。それで私は、武士をやめて百姓になろうと思っているんです」
「そうか。それも一つの道だ」
「でもうちには、耕したくとも土地がなく、どこかの豪農の小作になるしかないんです」
 それが、此度の戦いで親を亡くした下級武士の子弟の現実なのだ。
「そうだな。わしにはどうしてやることもできないが、何かあれば相談してくれ」
「はい。そうさせていただきます。父がお世話になり、ありがとうございました」
「こちらこそ嘉兵衛殿には世話になった。また会おう」
 藤九郎は勘一郎の肩をたたくと、佐屋家を後にした。
 ──嘉兵衛殿も、異国の地でどうか果報を得てくれ。
 北の空に向かって藤九郎は念じた。
 その後、佐屋嘉兵衛はキムチユンソンという朝鮮名をもらった上、氏朝鮮政府の北方警備を担い、じよしん族の侵攻を阻止した。その結果、しようほんという位階まで昇進し、その功績は朝鮮王が直筆で称賛するほどだったという。

>>#7-2

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「カドブンノベル」2019年9月号収録「もっこすの城 熊本築城始末」第 7 回より
・第 6 回までは「本の旅人」でお楽しみいただけます。

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