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連載

三羽省吾「共犯者」 vol.21

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#15-1

三羽省吾「共犯者」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

弱小週刊誌『真相 BAZOOKA』のエース記者・宮治和貴は、岐阜の死体遺棄事件を追っていた。富山県警の管理官で幼馴染の鳥内は、布村留美という女性が犯人でほぼ間違いないと取材の中止を促す。大手週刊誌が布村を犯人だと決めつけて報じる中、父から事件の被害者は宮治の弟・夏樹の実父だと明かされた宮治は、再び鳥内の許を訪ねる。鳥内は夏樹の事件への関与を否定するが、宮治はその後の夏樹との会話で、弟が布村に協力していることを確信する。

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 六(承前)

 玄関を開けてすぐに、みやかずは出掛けた時と部屋の雰囲気が違うことに気付いた。
 とつに、自宅を何者かに荒らされたことのある先輩記者達の話を思い出した。
 ゆっくりとスマートフォンを取り出し、時刻が午後十一時過ぎであることを確認。その明かりで玄関の床を照らす。脱ぎ散らかしていた靴やサンダルがきれいにそろえられており、いくつかはシューボックスに片付けられていた。掃き掃除までされているようだ。
 自宅を荒らされた先輩達はみな、反社会的勢力の取材をやっていた。宮治はここ数年その筋の仕事に関わっていないし、玄関をきれいにして行ってくれる暴力団や半グレ集団がいるとは考えにくい。
 ホッと息をき、明かりのスイッチに手を伸ばした。
 を連れてうらの実家に帰ってから、三ヵ月近くになる。2LDKの賃貸マンションは、日に日に男臭くなっていた。雑誌や新聞、取り込んだままの洗濯物で散らかり放題、キッチンの流しは使いっ放しの食器であふれているという視覚的な男臭さだけでなく、酒とヤニと交換されないシーツに染み込んだ体臭で、実際に臭い。
 数日振りに戻ると我ながら「くっさ」とつぶやいてしまうほどのその臭いが、すっかりなくなっていた。それどころか、ほのかにそうな料理の匂いまでしている。
 夏休みの約束をにして出張に行っていた間、沙知が来てくれたらしい。
 リビングの床に散らばっていた新聞や雑誌はきれいに片付けられ、山になっていた洗濯物もクロゼットに消えていた。
 ダイニングテーブルの上には、真新しい防臭除菌スプレーを重しにして走り書きのメモがあった。
『臭い! 汚い!』
 まず大きな字でそう書かれており、その下に箇条書きで『一日に数分でいいから窓を開けて空気を入れ替える!』『煙草たばこを吸うなら換気扇の下!』『せめて一週間に一度はシーツを替える!』などと書かれていた。
『風呂場のカビを侮るな!』の下に『つづく→』とあり、めくると二枚目があった。
『インスタントものを食べるなとは言わないけど、毎日は駄目』
『カレー作って冷凍しといた。一週間以内に食べきること』
『サプリかジュースでいいから、少しは野菜を採るように』
 そして『お酒と煙草はほどほどに』の下に、小さな字で『ご両親に相談し難い悩みがあるなら、私に言って。夫婦なんか、最も身近な他人なんだから』とあった。
 父・ひろは、とりうちこうろうとのていだんの内容を母・ゆうにしか伝えていないと言っていた。宮治も、進行中の取材内容を沙知に伝えることはない。
 だが彼女も『真相 BAZOOKA』を毎号読んでいる。今回はBAZOOKAの記事にしては珍しく一般紙やテレビで取り上げられていることもあり、『週刊ホウオウ』など他誌の関連記事を読み、ネット掲示板やSNSで『#しらかわむら殺人死体遺棄事件』を検索していても不思議ではない。
 ネット上には、生前のごうゆうが行った悪行の数々だけでなく、彼の生い立ちもかなり詳しく書かれている。ぬのむらとの関係やなつの存在こそ暴かれてはいないが、佐合がしようふくで幼少期に他家へ養子に出されたことは、ネット上では公然の事実だ。
 それらを読み、夏樹が宮治家の養子であることを知っている沙知は、この事件の取材が宮治にとってつらいものだと思い至ったのかもしれない。
「〝最も身近な他人〟か……」
 シンクにまっていた食器はすべて洗って片付けられ、冷蔵庫にはタッパに小分けされたカレーのほか、ホウレンソウのしらえ、きんぴらごぼう、キュウリとワカメの酢の物など副菜も三日分くらい作り置きされていた。カレーのタッパの一つには、今日の日付を書いた付箋が貼られている。明らかに、莉菜の字だった。
 掃除やシーツ交換の時間も含めて、二人が三時間くらいここにいたことが察せられる。
 缶ビールと白和えを手にリビングへ行くと、ローテーブルにも付箋が貼られていることに気付いた。
ってでもベッドへ行け!』
 たまに酔い潰れてソファで眠っていることが、丸めたブランケットとクッションの配置でバレたらしい。怒りの付箋の隣にはもう一枚、莉菜の字で『かぜひくよ』というのがあった。
 沙知にLINEで『掃除と料理、サンキュ』と送った後、ふと思い付いて『次に来ることがあったら、おさんに富山のウイスキーを持って帰ってくれ。キッチンのカウンターに置いとく』と送ったが、どちらも既読にならなかった。もう眠っているらしい。
 テレビのニュースでは、ここ数ヵ月に三件起きた警察や検察の不祥事を特集していた。ぼんやりと画面を眺めながら、しかしその内容はまったく頭に入って来ない。
 莉菜の字を見て張り詰めた気持ちが少し和らいだが、それでもまだ、宮治の頭の中は事件のことで一杯だった。
 弘貴が言ったように、取材の過程で知り得た事実はすべて鳥内幸次郎に告白すべきかもしれない。だが宮治は、それをちゆうちよせざるを得ない。
 事件記者としてしいネタだから、ということではない。鳥内の方でもまた、宮治に対してある部分では事実を言い、より深い部分では真実を隠していると思われるからだ。
 宮治には、鳥内も捜査本部も跳び越えて、広く世間に白川村殺人死体遺棄事件の真相をつまびらかにすることの出来る策があった。秘策と言うよりも、奇策かもしれない。
 缶ビールはものの数分で空になり、宮治は日本酒に切り替えることにした。テレビ台の前には、岐阜、石川、富山、新潟の地酒が並んでいる。取材メモには記されていない、本件の出張記録のようなものだ。
「それがくいったとして、問題はそこからだよな」
 岐阜の『さかり』に手を伸ばし、宮治は呟いた。
 思惑通りに事が運べば、まず世間がザワつき、ネット掲示板やSNSが騒ぎ出すだろう。次に新聞やテレビも報道し始め、警察も動かざるを得なくなる。
「肝心なのは、その先だ」
 世間の騒ぎはどうでもいい。すぐに鎮火する程度のものであろうと、大炎上であろうと、それ自体は宮治にとってどちらでもいいことだ。
 警察が動けば、布村留美もなんらかの行動を起こす。
 それによって、布村ひかるかたくなな心に変化が起こるはずだ。
 そして、宮治が本件のキーマンとにらむ宮治夏樹も……。
 えて考えないようにしていた三つ目が、アルコールで弛緩し始めた思考回路にスルリと滑り込む。
「そもそも論ってやつだな」
 夏樹に対する思いを押しとどめるよう、まったく関係のない言葉を呟く。
 鳥内は、佐合の後頭部の殴打痕に関する詳細を宮治に伝えることによって『取材を止めようとする本当の理由に気付け』と訴えた、ような気がする。
 児童相談所は、母親が失踪したことに対する心のケアのためではなく、事件に関して知っていることを聴取する為に布村光を送迎している、ような気がする。
 この二点については、〝ような気がする〟に過ぎない。
「俺は警察官じゃない。状況証拠だけで大胆な仮説を立てたっていいんだ。ましてやゴシップ記者だ。とうようほうおうの頃より、思い切ったことが出来るじゃねぇか」
 宮治は自分を励ますようにそう呟き、かばんからノートPCを取り出した。スリープ状態だったPCは、すぐに一昨日の夜、かなざわのホテルでまとめた取材記録をディスプレイに映し出した。
 記録は、日付と場所と取材対象ごとに検索出来るように設定されている。更に取材対象は『警察』『同業』『協力者』『親族』『その他』とカテゴリー分けもされている。『協力者』を検索すれば「タカオカ・ハウス・クリーニング」のたにみちや、北陸各地の温泉街の人々の証言が、『同業』を検索すればいしづかの取材内容のほか、はたたまのちょっとした発言、さるをはじめ各地に散らばる東洋新報社時代の同僚の言葉が、時系列でディスプレイに現れる。
 それらを読み直しながら、宮治は冷や酒をみ白和えを口に運んだ。時刻はいつの間にか午前〇時を回り、テレビでは宮治の知らないお笑い芸人が、必死になにかしやべっていた。
 この調子だと、またソファで眠ってしまう。
 そう思い、シャワーを浴びてスウェットに着替え、ノートPCを手にベッドへ潜り込んだ。
 替えられたばかりの乾いたシーツが、疲れた身体からだに心地いい。嗅ぎ慣れた柔軟剤の香りも、久々の安眠に導いてくれるようだ。
 枕を高くして胸元にPCを置き、過去の取材記録を読み返す。しかし、すぐに目蓋が重くなる。
 あれで良かったのか?
 さっき押し止めた筈のヤツが、最後列から驚異的なスプリントで上がり、ペナルティーエリアに飛び込んでシュートを決めるディフェンダーのように、突然目の前に現れた。
『確かに、あれは蛇足だったよ』
 内なる声にはあらがえない。認めるしかなかった。
 血縁のある者同士にしか分かり合えないものがある。そんなことを夏樹から言われ、宮治はあのATMにあった毛髪の話を持ち出した。
「そこにあって当たり前のものに、わざわざ名前を付ける必要はねぇんだ。家族愛だのきょうだい愛だのきずなだの、そんな言葉に気恥ずかしさを感じる俺達は、正常なんだよ」
 弘貴から、自分と夏樹に血縁がないことを聞かされた高校一年生の頃から、宮治は繰り返しそんなことを考えていた。
 それを口にしていれば、あの場は収まっていたような気がする。
 だが、あまりに血縁関係を強調する夏樹に対して、言ってやりたいという衝動を抑えられなかった。
 佐合のキャッシュカードを使ったのが夏樹で、しかも彼が故意に毛髪を落として行ったと断言するだけの証拠はない。鳥内がうそを吐いている可能性もゼロではない。だが、もし宮治の推測が当たっているなら、DNA型の検証で佐合優馬とも布村留美とも血縁関係がないと断定されたことは、夏樹にとってとんでもない衝撃だろう。
 ひきじゆ=布村留美は、疋田おん=宮治夏樹とは、きょうだいでもなんでもない赤の他人だと突き付けられたわけだから。たとえ事実だとしてもそれは、生涯判明しなくても誰も困らない事実。外から見れば、むしろ喜劇のような事実。ならば自分は何者なのかと、当事者を混乱させるだけの事実だ。
 じゃあ、なんであんなことを言った? ひょっとして、嫉妬か?
 頭の片隅で『あぁ、これはヤバいな……』と気付くが、これもまた抗うことが出来ない。
 あの夢を見る予感がした。いつもは前兆などないのだが、今夜は間違いなく、あの白い夢へ引きり込まれるに違いない。
 ──ような気がした。

#15-2へつづく
◎第 15 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年2月号

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