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連載

三羽省吾「共犯者」 vol.20

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#14-4

三羽省吾「共犯者」

※この記事は、期間限定公開です。

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「おう、いきなりなんだ。一人か?」
 玄関で出迎えた弘貴が驚き、
「ちょっとぉ、来るなら言ってよね。なんにもないわよ」
 結子は怒った。
 小松市で夏樹と会った翌日、午後六時。長期休暇の最終日に、宮治は平塚の実家を訪れた。幸い、郡司達は来ていなかった。
「ごめん、ちょっと話があってさ」
 土間に下りて「ウ~」とうなるタロウは無視して、宮治は居間に上がった。夕飯の準備を始めたところらしく、二組の皿やちやわんが並んでいた。
 お茶漬けくらいでいいと言ったのだが、宮治の前にはイワシのつみれ汁、素揚げしたナスの煮浸し、水菜と大根とシラスのサラダなどが並んだ。
 弘貴の前にだけ、ごく少量だがお造りが置かれている。これは、昔からの宮治家の慣習だ。
「年寄り向けの献立で悪いわね。まったくもう、前もって言ってくれないから……」
 気を遣っているのか、結子はなかなか食卓に着こうとしない。
 弘貴は、三日前にを連れて来たこと、天気が良かったのでおおいそロングビーチに行ったこと、莉菜が浮き輪なしで十五メートルほど泳いだので驚いたことなどを話した。
「水泳教室、通ってるからな。本人は辞めたがってるけど」
「ほぉ、なんでだ?」
「莉菜はサッカーがやりたいんだよ」
「いいじゃないか。こっちに来れば、ベルマーレの下部組織だってある。ベルマーレと言えば、お前知ってたか? 今ちょっと監督絡みで大変なことに……」
 弘貴にも、なにか予感めいたものはあるようだった。土産の『手取川』を手酌でクイクイ吞みながら、柄にもなく雄弁に話し続ける。
 宮治は「ごめん、おや」と遮り、台所に向かって「母さんも、いいかな」と声を掛けた。
 結子が急須を手に「なによぉ」と、居間にやって来た。
「残念なしらせがある」
 結子が「なに、改まって」と宮治の肩を小突いた。「引越しの件? あらやだ、ナシになったの?」と、眉根を下げる。
「母さんは黙ってろ。和、事件のことか?」
 弘貴が、箸と猪口を置いた。
「あぁ」
 明日は休み明けの出勤日で、宮治は泊まらずに車で東京に帰るつもりだった。酒は一滴も入っていない。
 弘貴の傍らではらいになったタロウが、なにかを敏感に感じ取ったように「ウ~」と唸った。
「言ってくれ。俺も母さんも、ある程度は覚悟が出来てる」
「うん……どうやら夏は、あの事件に関わってしまっている。事によれば、服役はないにしても前科が付く可能性がある」
 結子が急須を置き、小さくためいきいた。弘貴は何度か頷き「説明、出来るか?」と訊ねた。
 昨夜の夏樹との会話の中で、宮治はいくつかトラップを仕掛けた。その一つは、殺害現場に布村以外の何者かがいた可能性が高いという話だ。
 夏樹は何事か考えた後で「子供」と口にした。宮治の「養父とか元夫とは考えないのか?」という問いに対する「もしそうなら、身柄を拘束されている筈」という夏樹の説明は理にかなっているが、布村留美の三十二歳という年齢から言って、もし子供がいたとしても今日日の感覚ならまだ幼児と考えるのが普通ではないだろうか。つまり夏樹は、布村の子供の年齢を知っていたと考えられる。
 次のトラップは、布村留美の子供を男児とも女児とも言わなかったことだ。だが夏樹は、会話の中で思わず「息子」という言葉を使った。
 そこまで説明したところで、弘貴が「いや」と口を挟んだ。
「野球をやっている子供と言えば、普通は男の子を想像するだろう。そういう思い込みで、つい息子と口にしただけかもしれないじゃないか。それに年齢だって、俺達の知らないところで結婚や出産を知ってたという可能性だってある。ひそかに妹と連絡を取り合っていたことを俺達に言い出せなかったとしても、不思議はないじゃないか」
「俺だって、そういうことは考えたよ」
 結子が、テーブルの下でギュッとエプロンを握り締めたのが分かった。『弟を試すようなことをして』という彼女の憤りが伝わって来る。宮治は心の中で『ごめん、母さん』と謝った。
「子供が関わっていることは、夏もまったく知らなかったんだと思う。分かり易く動揺して、俯いて呟いたんだ」
 宮治はそこで言葉を切り、湯気を立てる湯飲みへ手を伸ばした。宮治家お馴染みの、親戚から送って貰える静岡の煎茶だ。少し青臭さが残った濃い目の味が、いやが応でも幼少期、少年期、青年期を思い出させる。
「なんて呟いたんだ」
 熱い息を一つ吐いたところで、弘貴がれながら訊ねる。
「まず〝まさか〟と、続いて〝ひかる〟と。あいつの唇は、確かにそう動いた。その後には〝あいつ〟と動いた」
〝あいつ〟とは、恐らく夏樹にとっての疋田樹理亜=布村留美だ。
 つまり夏樹は、布村留美と接触している。接触どころか、逃亡を助けている。しかし息子のひかるが事件に関わっていることは、聞いていなかったのだ。
「犯人隠避と、逃亡ほうじよか」
 弘貴が呟き、結子は「なんで、そんな……」と涙を拭った。
「それだけじゃない、かもしれない」
「どういうことだ?」
「親父は安心してるのかもしれないけど、あの福井のATMの映像、たぶん夏で間違いない。そうなると、故意の捜査妨害も加わる」
「いやいや、それはないだろう。幸次郎が言ってたじゃないか。あの映像の男が落として行った毛髪、佐合とも布村とも血縁関係がないって」
 宮治は詳しく説明するのが嫌になり、弘貴の勘の良さに任せて「つまり、そういうことなんだよ」と答えた。
 夏樹は実母が生んだ子供ではあるが、父親は佐合優馬ではない。そういうことだ。
 もし宮治が考えている通りなら、昨夜、夏樹が言った「腹違いとはいえ、同じ父親を持つ者同士として」という言葉は、まったくの的外れなのだ。
「つまりさ……」
 結論を言おうとする宮治を、結子が「やめてよ」と遮った。
「血縁のことなんかどうでもいい。そんなことより、夏が事件に関わってるなんて、私は絶対に信じませんからね」
 唸っていたタロウが、いつの間にか首を持ち上げてテーブル越しに宮治を見詰めていた。そして、恐る恐るという感じでテーブルを回り込み、宮治の方へやって来た。そして、膝を鼻先でグイグイと押す。初めてのことに驚きつつ、宮治はタロウの頭を撫でてやった。
『元気ねぇな、どうしたんだよ』
 そんなふうに訴える黒い瞳が、宮治を見上げる。まるで、兄弟に言われているようだった。
『お前のことは嫌いだけどさ、元気ないと唸りがねぇよ』
 柔らかい首に回した指先から、そんな言葉まで感じられる。
 結子が「そんな馬鹿な話、信じられるもんですか」と呟き、両手で顔を覆った。
 弘貴は猪口を手に取り、嫌なものを振り払うかのように吞み干した。
「母さん、十年くらい前にそこの縁側で家族写真撮ったの、覚えてる?」
「なによ、急に」
 宮治がタロウの首を優しく揉みながら「ほら、こいつがウチに来てすぐの頃」と言うと、結子は不機嫌なまま「覚えてるわよ」と答えた。
「前に夏の部屋に行った時、本棚にはその写真が飾られてたんだ。ちゃんと写真立てに入れられてね」
「だから、それがなに」
「昨日行ったら、他の写真立ての奥になってた。まるで、隠すみたいに。俺達と目が合うことを、避けるみたいに」
 鼻をかもうとティッシュに伸びた結子の手が止まった。俯いていた弘貴が宮治を見た。タロウが「ク~ン」と切ない声で鳴いた。
「どんな結果になるか分からないけど、覚悟だけはしておいてくれ。今日は、それを伝えておきたくて」
 数秒の沈黙の後、弘貴が「分かった」と低い声で言った。結子は黙ったまま、何度か頷いた。
「それでお前、どうするつもりなんだ。こうなった以上、幸次郎にすべてを打ち明けて、頼るべきなんじゃないのか?」
 弘貴のその問いに、宮治はタロウに向かって「どういう決着が、最も適切なんだろうね」と訊ねた。タロウはきょとんとした目で、宮治を見上げていた。
「少しばかり、考えがある。これから二ヵ月ほどの間に起こることに関しては、父さんも母さんも黙って見ていて欲しい」
「和、あんたなにをする気? 夏の不利になるようなことを書くわけじゃないわよね?」
「有利とか不利とか、もうそういうレベルの話じゃないんだよ、母さん」
「だったら、なにをする気なのよ。もし夏が不利になるようなことを書くんだったら、母さん、あんたを許さない……」
 弘貴が「止めろ」と、ドスの利いた声で結子を遮った。
「なぁ、和」
 その声にタロウが首を持ち上げ、テーブル越しに弘貴を見詰める。そして黒い瞳が、また宮治に向けられる。
「なにが起ころうと、俺も母さんも狼狽うろたえたりしない。なにが起ころうと、だ」
 いつもと様子が違うと思い慰めようとした相手と、なにやら思い悩んでいるらしい大好きなご主人様。この二人が敵対しているのか協力し合おうとしているのか計りかね、タロウも混乱しているようだった。
 そんなタロウの首筋を優しく揉みながら、宮治は「ありがとう」と呟いた。

#15-1へつづく
◎第 14 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


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