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連載

三羽省吾「共犯者」 vol.4

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#10-4

三羽省吾「共犯者」

 この二日前、つまり宮治の一回目の記事が掲載された『真相 BAZOOKA』が発売された日の夜、宮治は父・ひろとともに富山県富山市さくら町にいた。
 とりうちこうろうに指定されたのは、じよう大通りから少し入ったところにある、古い町家を改装した店だった。れんも看板もなく、玄関脇のしように置かれた露地あんどんに『なかこし』と書かれているだけだ。
 やや躊躇いながら小さなくぐり戸を開け、鳥内の名前で予約が入っているはずだと告げると、女将おかみおぼしき和装の女性が「毎度はや、お世話になっとりますぅ」と奥へ案内してくれた。
 十畳ほどの土間に四つのテーブル、小上がりと奥の広間に座敷席があり、いずれも半分ほどが客で埋まっていた。小上がり脇の通り土間に『これより先、ご予約のお客様以外ご遠慮下さい』という立て札があり、宮治達は更にその奥に通された。
「少し滑るもんで、足下に気ぃ付けて下さい」
 靴を脱いで急な階段を二階に上がると、廊下の片側が吹抜けになっていて、さっきの広間が見下ろせた。を囲んで、カップルが三組座っている。その真上、宮治の眼前にはむき出しの立派なはりと柱があり、いずれも真っ黒にすすけていた。
 廊下のもう片側には個室が並んでおり、二人は一番奥の部屋に案内された。
 あらかじめ鳥内が人数と各々の趣向を伝えているようで、室内には座椅子ときようそく煙草たばこ盆が三組しつらえられていた。隣の個室とはよしびようで仕切られているだけだが、隣にもその奥にも客はいない。
 弘貴の携帯には鳥内から『十分ほど遅れます』とメールが入っていた。二人並んで座っておしぼりで手を拭っていると、廊下でひざまずいていた女将が「まずは、おビールでも?」と訊ねた。
「いえ、連れを待ちますので」
「ほな、お茶をおれしましょう」
 鳥内を待つ十数分、宮治は熱いほうじ茶を飲みながら富山までの道中さんざん喋った話題を再確認した。内容は、本件の被害者である佐合優馬が夏樹の実父、重要参考人である布村留美が夏樹の実の妹、この二点が可能性のレベルの話か歴とした根拠のある話かというものだ。
 同姓同名で同世代のひきりようという男性が別に存在するなら、配島の勘違いかもしれない。一九九二年に特別養子縁組で五歳の女児を受け入れた富山県高岡市在住の夫婦が他にいるなら、こちらも配島の勘違いなのかもしれない。歴とした根拠とは言えないものの、両方とも配島の勘違いである可能性は限りなくゼロに近い。
 少しアレンジが加えられていたものの、弘貴の答えは四時間を超えるドライブ中に聞いたのと同じだった。
「そう焦るな。俺だって幸次郎……と言うか、警察がなにをどこまで把握しているか気が気じゃないんだ。それを確認する為に、わざわざ富山まで来たんじゃないか」
 和紙に手書きされたお品書きを見ながら、弘貴が諭すように言った。宮治も、自分の傍らにあった和紙に目を落とした。
「沙知さん、富山へ行くならなんとかアルペンってところの写真が欲しいとか言ってたな」
「夏の間だけ開通する、たてやまの根雪に囲まれた道路の写真だ」
「あぁ、テレビでたことがある。確か『くろの太陽』の舞台も近いんだったな」
「ダムのこと? うん、たぶん近いんじゃないかな。けど写真は気にしなくていい。時間があれば俺が行くから」
「お前は忙しいんだろう。俺が観光ついでにバスかタクシーで行ってもいいぞ」
「行かなくていいよ」
「うん、そうか、観光どころじゃないな」
「いや、観光はいいけど、親父の写真の腕じゃ旅行代理店のパンフに使えねぇから」
「この野郎、見たことあるのか」
 二人並んで、特に興味もなくお品書きを眺めながらそんな会話を交わしていると、女将が「お連れさん、おいでですぅ」と背後の障子を開けた。
「どうも先生、ご無沙汰してます。あ、奥へ座って下さい。かず、お前も座椅子持って向こうへ行け」
「面倒だ。幸次郎がそっちに座ればいい」
「すみません、じゃあ、失礼します」
 ショルダーバッグを下ろして鳥内が対面に座るとほぼ同時に、先付けと瓶ビールが運ばれて来た。鳥内が慣れた感じで何品か注文し、他の注文を促された弘貴は「任せる」と答えた。
「こんな店ですみません。官舎にお呼びするわけにもいかないし、この辺りのいい店は仕事で使うことが多いもので。ここはプライベートでしか使わないし、あの女将にも自分の職業は適当に濁してるので」
 ビールで乾杯してすぐ、鳥内はそんなびを口にした。
 弘貴が「いや、いい店だ」と答えると、鳥内はすぐに「その先付け」と続けた。
「右側の小鉢はホタルイカの沖漬けです。旬は少し過ぎてますけど、ワタを抜いてあるのは冷凍保存してない証拠で新鮮なんだそうですよ。太平洋側じゃなかなか……」
 そこで弘貴が「悪いが」と止めた。
「今日のところは、酔わないうちに本題に入ろう」
 鳥内は弘貴のグラスに二杯目をぎながら、素直に「はい」と答えた。
 弘貴の富山訪問の理由は、宮治から鳥内に電話で伝えてある。
 経緯は言わず、弘貴は佐合優馬が夏樹の実父であることに気付いていると告げると、鳥内は絶句していた。
 弘貴が最も気にしているのは、夏樹が事件と関係しているか否かだが、それ以外にも色々と訊きたいことがある。だがいくら恩師でも、捜査情報を漏らすわけにはいかないことくらいは承知している。事件記者が同席するならなおさらだということも。
 だが弘貴と宮治は、この事件の間接的な関係者だ。ひょっとしたら二人が知っていることの中に、いまだ警察が摑んでいない事件に関する事実があるかもしれない。市民が知っている情報を提供すると言っているのに、警察側がそれを拒む理由はない筈だ。
 だから直接会って話をしたいと、父が言っている。
 そんな宮治の説明で、鳥内はこの席を用意した。
「悪いが、富山のもっといい店の話もホタルイカの話も、次の機会に聞く」
 弘貴は本気であることを示すように、二杯目を一息に空けるとグラスを脇に退け、宮治に茶を煎れるよう命じた。
 鳥内は観念したように「すみません」と小声で詫び、グラスを置いてうなれた。
「まずは膝を崩せ」
「はい、失礼します」
 女将と二人の店員が、あゆの塩焼き、白海老のかき揚げ、富山ポークの焼物、お造りの盛り合わせを運んで来た。女将が「こちらの若鮎はしようがわの……」と一品ずつ説明しようとしたが、鳥内が「それは自分から」と断わった。
「締めにお勧めなのは、アサリの炊き込みご飯かそうめんです。後ほどお伺いに参りますんで、ごゆっくり」
 女将と店員が階段を下りて行く音を確認してから、鳥内が「その前に」と話を再開した。
「先生は自分に〝和の力になってやってくれ〟とおつしやいました。ほんの一ヵ月ほど前のことです」
「あぁ、確かに言った。この翻意については、申し訳ない」
「つまり、被害者となつの関係に気付かれたのはその後ということですね。いったい、どういう経緯で?」
 夏樹が宮治家の養子であることは、家族と配島を除けば宮治和貴と特に仲がよく、夏樹をいじめから守るのに協力してくれた二人しか知らない。一人は宮治の同級生であるぐん、もう一人が五つ年上の鳥内だ。
 そんな鳥内でも、夏樹が宮治家と普通養子縁組するまでの間に、配島が大きく関わっていたことは知らなかった。
 鳥内は若い頃、平塚の宮治家で配島と何度も顔を合わせている。宮治と夏樹が配島に釣りに連れて行って貰う時、同行したことも二度や三度ではない。しかし鳥内は配島について、弘貴の古い教え子で神奈川県庁の職員であることくらいしか知らなかったのだ。
 弘貴はそれらの経緯を簡単に説明した上で「その配島が、ネット上の疋田亮二という名前に気付いた」と告げた。
 そこで鳥内が「つまり……」と口を挟んだが、続きは出て来なかった。弘貴が「お前は遠慮せず吞め」と、鳥内のグラスにビールを注いだ。
 そこで、鳥内が来てからずっと黙っていた宮治が「捜査本部のさんが」と初めて口を開いた。
「宮治という苗字が珍しいものかどうか気にしてたって、新聞社時代の先輩から聞いた。その時はなんとも思わなかったけど、しばらく経って思い当たった。捜査本部は、かなり前から佐合優馬と夏の関係を把握してたんだと」
 女将から「こちらは温かいうちに」と言われた富山ポークの焼物と地野菜のボイルを口に運びながら、弘貴がとどめを刺すように「もういいだろう」と呟いた。
「夏の存在に辿たどり着いているなら、富山の重要参考人の出自にはとっくに気付いている。そうだな?」
 鳥内は何度か小さくうなずき、泡の消えたビールに手を伸ばした。一息で吞み干してためいきを吐くと「さすがは……」と感心した。
「配島さんの存在と可児さんの発言は、俺の想定外でした。もっと想定外だったのは、先生と和がお互いの情報を擦り合せたことですけど」
 この発言に、鳥内を追い詰めているつもりだった弘貴が「それは、お前……」と、狼狽うろたえた表情を見せた。
 一方的に攻め上がっていた弘貴がボールを奪われ、ロングパス一本でカウンター攻撃を喰らった格好だ。
 自分と父親のぎこちない関係を茶化されたのに、宮治はそんなふうに思い苦笑してしまった。
「馬鹿もん、笑うな」
 そう言う弘貴も、口の端を上げて笑っていた。
 緊張していた空気が、かすかに柔らかくなったような気がした。
 腹を括って二人に会うことにしたつもりでも、やはり鳥内は事件について話をすることに躊躇いがあるのだろう。括った腹をもう一度きつく括り直すのに、この空気の弛緩が必要だったのかもしれない。
 宮治がそんなふうに思っていると、鳥内が「さて」と呟き姿勢を正した。

>>#11-1へつづく ※9/11(水)公開

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「カドブンノベル」2019年9月号収録「共犯者」第 10 回より


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