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連載

三羽省吾「共犯者」 vol.5

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#11-1

三羽省吾「共犯者」


前回までのあらすじ

弱小週刊誌『真相BAZOOKA』のエース記者・宮治和貴は、岐阜の死体遺棄事件を追っていた。富山県警の管理官で幼馴染の鳥内からは、布村留美という女性が犯人でほぼ間違いないと取材の中止を促される。大手週刊誌が布村犯人と決め付ける報道をする中、疑問をもった宮治が取材を続けると、父から事件の被害者は宮治の弟・夏樹の実の親であると明かされる。捜査本部がどこまで突き止めているか確かめようと、宮治は父と共に再び鳥内を訪ねる。

五(承前)

「いくら先生の頼みでも、捜査情報を漏らすわけにはいきません」
 座椅子の脇に正座したとりうちこうろうが、神妙な面持ちで言った。
 ひろはなにも言わなかった。みやも黙って、鳥内の言葉の続きを待った。
「ですが自分はこれから、独り言をしやべります。少し長くなりますが、質問は差し挟まずに一通り聞いてもらえますか」
 市民が警察に情報を提供するという体で設けられた席ではあるが、その言葉の裏、捜査情報に触れるところも含めて事件の全容を教えてくれという弘貴の願いは、鳥内に届いていた。
 独り言というのは、職務に対する忠誠心と恩師からの頼みをてんびんに掛けた結果導き出された、ギリギリの折衷案といったところなのだろう。
 弘貴が「分かった」と答えると、鳥内は大きく息をいて座椅子に戻った。
「せっかくの料理だ。俺達も食べようか」
 鳥内に促され、宮治は思い出したように箸を手に取った。弘貴が焼物と温野菜に箸を付けただけで、二人はビールしか口にしていなかった。
「まず、捜査本部がどういう経緯で宮治なつの存在に辿たどり着いたのか……」
 そう言いながら鳥内は、慣れた手付きであゆの塩焼きから串を抜き、尾ヒレを折り取った。腹と背の数ヵ所を箸で押さえてほぐした後、エラの辺りを固定して左手で頭をつかむ。その手を横に引くと、うそみたいにきれいに背骨が抜けた。
ごうゆうの遺体が発見されたのは昨年の十一月二十五日。現場は山の中ですが、発見の前日まで一週間近く雨が降り続けていたために、タイヤ痕も下足痕もメーカーを特定出来るほどのものは採取されませんでした。被害者の身体からだや衣服から、本人以外の体液や指紋も採れていません」
 喋りながら鮎の半身をあっという間に平らげると、鳥内は残りの半身にスダチとしようを少量垂らし「それでですね」と続けた。
 佐合優馬の携帯端末は見付かっていないが、通信履歴を辿ると死の直前までぬのむらと頻繁に連絡を取り合っていたことが分かった。更に、やまたかおか市内の防犯カメラから、二人が一緒にいる姿も確認された。
 そこで捜査本部は、布村留美に任意で事情聴取をした。遺体発見から三日後のことだ。布村は携帯の履歴を見せても防犯カメラの映像を見せても「変な電話は何度かあった」「たまたますれ違ったところが映っているだけでは」と、佐合とは会ったこともない旨を主張するだけだった。
 彼女以外にも、佐合が連絡を取り合っていた人物は複数いた。そのうち、佐合が養子となった老女の遠い親戚は「ババアの介護費用を出せ」と脅され、前妻の親戚は「手切れ金を出さないと一生付きまとうぞ」と脅されていた。
 そのほかにも、佐合優馬を知る多くの人から「いつか誰かに殺されると思っていた」「死んでくれてホッとしている」といった声も聞かれた。
「佐合には、おおがき市での住居侵入と窃盗容疑のこともあったし、布村留美よりも明確に殺害動機がありそうな人物が大量に存在していたわけです。それらを一つ一つ潰していく作業に忙殺されていたこと、更には佐合の女性関係が派手だったこともあり、捜査本部では令状を取ってまで布村の身柄を拘束しようとしませんでした。ところが……」
 事情聴取の数日後、布村留美は行方ゆくえをくらませた。
 その直前、彼女は息子と二人で住んでいた賃貸マンションを解約。家具や家電製品はほとんど売り払い、必要最低限の衣類や家財道具を実家に送る手配も済ませていた。
 実家に届いた荷物には、息子の衣類に紛れ込ませるように現金百万円が入っていた。やがて、息子が身一つでやって来た。彼は、布村留美から託された手紙を持っていた。そこには、迷惑を掛けるがしばらくこの子の面倒を見て欲しいとだけ書かれていた。
 こうなると、重要参考人として行方を追わざるを得ない。
 荷物の中に留美の持ち物はなかったが、実家には、たまに泊まりに来る時に使っていた化粧用具と歯ブラシが残されていた。捜査本部はそれらを任意提出して貰い、布村留美のDNA型を採取した。
「失踪後の痕跡を辿る為に採取したものですが、ここから意外なことが判明します」
 鳥内はそこで言葉を止め、箸を置いた。明らかに次の言葉を口にすることを躊躇ためらっている。
 宮治は黙ったまま続きを待った。弘貴もさっきからズワイガニの足の身をかき出していて、本当にたまたま相席になった客の独り言を聞いているような態度だった。
 鳥内は居住まいを正し、
「佐合優馬と布村留美が、親子関係にあることが判明しました」
 静かな声で、そう言った。
 宮治も、弘貴から佐合優馬と夏樹の関係を聞かされた時から、その可能性は漠然と思い描いていた。
 もしそうなら、ネット上の無責任な発言や『週刊ホウオウ』のきくはらけいすけが考えている事件の構図は、まったくの的外れということになる。
 だが同時に、宮治自身が考えて来たものとも違ってくる。
 川魚は食べ慣れないのに鳥内の骨抜きをようとして、宮治の鮎は無惨な姿になっていた。その状態と同じくらい、宮治の頭の中もグジャグジャだった。
「え?」
 そう言ったのは、鳥内だった。宮治も弘貴もまったく驚いていないことに、驚いているようだった。そして、独り言という前提を自ら破った。
「知っていたんですか?」
 弘貴はその問いには答えず、「独り言は済んだのか?」とたずねた。
 鳥内は「いや、まだ三合目くらいでしょうか」と答え、続きを話し始めた。
 DNA鑑定では、父子関係は母子関係よりも精度が落ちるが、佐合優馬と布村留美は第一度血縁関係、血縁上の父と娘であることはほぼ間違いない。
 それから三ヵ月弱の間、布村が北陸の温泉街を転々としていたことは分かったが、今年の二月末頃からプッツリと足取りが途絶えた。清掃会社から無くなった車はNシステムに掛からず、ホテルやネットカフェなどを泊まり歩いている形跡もない。
「そうなると捜査本部では、自殺か協力者の存在を疑います」
 捜査本部では、被害者と重要参考人が親子関係にあることが判明してすぐ、佐合優馬の身元をより詳しく調べ直した。そしてひきりようすず亮二という以前の名前、更に死亡時の戸籍謄本には記載がなかった布村留美の存在を確認する。それと同時に、宮治夏樹の存在にも気付いた。
「これは、通常の捜査手順です」
 弘貴の酢醬油の小鉢は、カニの身でいっぱいだった。山盛りのカニをぜいたくに頰張ると、弘貴はまるで旬ではないズワイガニがいかのように口元をゆがめて「言い訳はいい」と言った。
 夏樹の名前が出て、鳥内の独り言という条件は弘貴の中で消し飛んだようだった。
「もういいだろう。普通に話そう。捜査本部はその重要参考人の実の兄が、逃亡の手助けをしているとにらんでいるということか?」
「正確には睨んでです」
 弘貴が「ん?」と鳥内を見詰める。
「捜査本部としては、なつの存在を気にして当然ですよね」
「あぁ、それについてどうこう言うつもりはない。過去形なのはか、それをいているんだ」
 捜査本部では布村留美の行方を捜すと同時に、宮治夏樹の動向もひそかにうかがっていた。しかし捜査本部の規模が縮小されたタイミングと重なったこともあり、四六時中張り付いているわけにはいかなかった。
「だから夏が本件とまったく無関係とも言い切れなかった。しかもそのタイミングで、自分の耳には夏が暮らすコーポで女の存在を感じたという情報も入りました。かずからの情報です」
 口紅の付いた湯飲みを見たという話をした時、鳥内が「確かか?」と訊いたことを、今更になって宮治は思い出した。
 態度にも表情にも出さなかったつもりだが、鳥内は宮治に「心配するな」と言った。そして「ところが、ですよ」とかたわらのショルダーバッグからノートPCを取り出した。
「まず、これを見て下さい」
 お造りの大皿を脇に退かし、宮治と弘貴の方へ向けられたディスプレイに二つの静止画が映っていた。鳥内がスペースキーを押すと、その二つが同時に動きだした。
「先週の木曜、つまり『週刊ホウオウ』の前号が発売された翌日の夜、ふくかつやま市内のスーパーに併設されたATMで佐合優馬名義のキャッシュカードが使用された時の映像です。右が正面からの広角レンズの映像を補正したもの、左が上方からのものです」
 二つともモノクロの粗い画像で、コンマ数秒ごとにコマ送りのように動く動画だった。映っている人物は目深にキャップをかぶり、襟を立てたジャンパーのジッパーを上まで上げている。男性であることは間違いなさそうだが、人相はおろかおおよその年齢も分からない。
 正面からの映像は宮治も見たことがあった。但し静止画だ。動画が見られるニュースサイトでも、静止画しか掲載されていなかった。ただ、捜査本部がえて公表しないのも珍しいことではない。
「いいのか? こんなものを持ち出して。メディアにも伏せているんだろう」
 弘貴が問うと、鳥内は「先生と和には確認すべきことがあるので」と、よく分からない言葉で答えた。
「この映像から分かったのは、身長が百八十センチ前後、体重は七十キロ前後、性別は男性、年齢は二十代から四十代、以上です」
「身長と体重はともかく、年齢は幅が広過ぎるな」
「えぇ、先生。ただ、この次を見て下さい」
 鳥内はそう言って、一時停止していた動画を再スタートした。男が、ATMから去って行くところだった。
「もう一度、いいか」
「はい。では、十秒戻します」
 一度目はなにも気付かなかった宮治が、その二度目の再生で「あ」と声を漏らした。
 コマ送りながら、ATMから離れて行く男がほんの少しだけ左足を引きっているように見えた。
「自分も最初にこの動画を見た時は驚きました。捜査本部では誰も気付かないくらいわずかな引き摺り方ですが、自分はすぐに夏を連想しました」
 宮治から夏樹のコーポの話を聞いていたこともあり、鳥内は動揺した。
 事件の犯人なら監視されていることを承知でカードを使うのはおかしい、たまたま拾った者がいちかばちかで使った可能性が高い、というのが捜査本部の見解だった。
 だがもう一つ、逃亡の協力者が捜査を混乱させる意図でカードを使った可能性もあると気付いた。
 夏樹は布村留美をかくまっている。そればかりか、佐合優馬のキャッシュカードを使った。
 そうとしか思えなくなった。
「お前はそれを、捜査本部に報告しなかったのか?」
「えぇ。と言うより、あれこれ迷っているうちに、その必要がなくなったんです」

>>#11-2へつづく

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※第11回全文「カドブンノベル」2019年10月号に掲載されております。


「カドブンノベル」2019年10月号

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