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連載

三羽省吾「共犯者」 vol.15

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#13-3

三羽省吾「共犯者」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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「マイナンバー制度は違憲だってことで、各地で訴訟騒ぎになってますよね? あれ、もっと大きく報道されてもいいと思うんですよ。宮治さんのDNA型データベースに関する記事にも通じることですけど、あたしも各地の訴訟をもっと深く掘ってみたいなって」
「俺は入国管理局の施設でハンストしてる外国人や、難民認定のハードルの高さについて。ほら、今って日本を褒め倒すテレビ番組が異常に多いじゃないですか。あれ、なんか気持ち悪くて。金を落とす観光客以外の外国人に対して、この国がいかに冷たいか書いてやろうかなと」
 会議で提案した企画が一度も採用されたことがない二人は、次にじように載せようと個人的に取材しているネタについて宮治に説明した。
 石塚がネット検索で見付けた、竪町の片隅にある古民家をリノベーションしたバーでのことだった。西側の大きな窓からは、ライトアップされた金沢城の堀と石垣が見える。
「自国の文化を海外に発信するのに税金ぎ込むのはいいとしても、それを自分でクール・ジャパンって名付けるのって、全っ然クールじゃないし……宮治さん、聞いてます?」
「あぁ、うん、そうだな。俺も前々からそう思ってたよ」
 宮治は石垣の深い陰影を見詰めたまま、そう答えた。ホームページによると秋の紅葉が最も見応えがあるとのことだったが、真夏でも堀周辺のイチョウの枝が石垣に揺れる影を落とし、変化に富む借景となっている。
 バーボンのダブルロックをんでいた玉田がオリーブをかじり、不満そうに「ちょっと宮治さぁん」と唇をとがらせた。ちなみにそのオリーブは、長ったらしい名前のカクテルを吞んでいた石塚のグラスに入っていたものだ。
「さっきからずっと、心ここにあらずって感じじゃないですかぁ。あたしらの相手、そんなにメンドいんですかぁ?」
 長いつまようで宮治を指す玉田の手を押さえ、石塚が「やめろよ。すみません、宮治さん」と謝った。
 宮治も「俺の方こそ、いといてすまんな」と謝った。
「二人とも目の付けどころは面白い。BAZOOKAが扱うネタとしては硬いんで、幡野さんがなんて言うか分からないけど、俺は好みだ」
「えへへ~、でしょ~……う、ちょっと失敬」
 おでん屋で生ビールを二杯、日本酒をグラスで五杯、このバーでも三十分でダブルロックのバーボンを二杯吞んでいた玉田は、爪楊枝をくわえたままトイレに立った。
「すみません。あいつ、普段は強いんですけど。たぶん、一発リバースすれば静かになるんで」
 なおも謝る石塚に、宮治は「別に怒っちゃいない」と答えた。
 控え目なボリュームでジャズが流れる、いかにも石塚好みの店だった。客の半数ほどは外国人で、カメラやスマートフォンで窓の外の風景を撮影している。宮治達は窓のそばのテーブルなので、少し落ち着かない。
「ところで、話は変わるんですけど」
 合計二百キロくらいありそうな白人カップルがいなくなるのを待ってから、石塚が妙な話を始めた。
 学校でも塾でもピアノ教室でも、石塚の回りには名前に「タマ」が付く同級生が必ずいた。たまだまたまなどがいないと思ったら、まるという者や、下の名前がたまという女子がいたりした。
 彼らは、たいてい「タマちゃん」と呼ばれる。そして小学四年生くらいになると、頭の悪そうな男子が彼らをデリカシーの欠片かけらもないあだ名で呼ぶようになる。その「タマちゃん」が男子であれば、それほど大きな騒ぎにはならないのだが、女子だったりするとちょっとした騒動になってしまう。
 すると教師も塾講師もピアノの指導者も、馬鹿男子をたしなめる延長で「玉石こんこう」という言葉を持ち出した。タマ・イコール・キン◯マとはなんたる短絡的な発想か、タマはギョクを意味し、日本では古来うんぬんカンヌン……という流れだ。
 教師達に悪意はないと思うのだが、それにより石塚は頭の悪そうなやつらに「お前はただの石コロなんだな」「わいそうに」「お~い石コロ、カレーパン買って来い」などと言われるようになる。
「俺がタマなんとかで、回りに必ずイシなんとかがいるのなら、まだ分かるんですよ。けどその逆って、日本人の名前のパターンとしてけっこう低い確率でしょ? アメリカで日本人学校に通ってた時なんて、一学年に十五人しかいなかったのに、イシが俺一人でタマが三人もいやがったんですよね」
 面白くないわけではなかったが、改まって披露するような話とも思えず、宮治は「すまん、話が見えない」と正直に言った。
「あ、すみません。昨日、猿田さんと可児さんに会って、サルカニ合戦の話を思い出しちゃって」
「あぁ、あれか」
「あの話をしてた時、宮治さんは偶然に意味なんかないって言ったじゃないですか」
「うん、言ったような気がする」
「俺のイシとタマの話も、ただの偶然です。どれだけ確率が低かろうが、そこに意味なんかないんだと思います」
 宮治が「だろうな」と答えた直後、玉田がフラつく足取りで戻って来た。
 窓辺で写真を撮る中東系男性に「ふえぁ・あ~・ゆ~・ふろぉむ?」としなだれ掛かる玉田を支えつつ、石塚はりゆうちような英語で謝って、彼女を椅子に座らせた。
「ですけどね、宮治さん」
 テーブルに突っ伏したままモゴモゴ言っている玉田を無視し、石塚は続けた。
「俺にとってはすごく大きなことだったんですよ。小学生の頃から繰り返しそういうことがあって、俺は石だ、玉にはなれない人間なんだって、思い込むようになったんですよね」
「うん、まぁ、分からないでもないが……で、つまり、どういうことだ?」
「偶然も、受け取る側の考え方次第ってことです」
 このバーに来て一時間近く経っていたが、石塚のカクテルグラスは殆ど減っていなかった。宮治はお勧めの地酒のお代わりをオーダーしつつ、石塚がおでん屋でもあまり吞んでいなかったことを思い出していた。
 彼も酒に弱いわけではない。ビールは苦手なようだが、カクテルやワインなら何杯吞んでも乱れない印象だ。
「あともう一つ、いいですか?」
 一緒に吞んだことはそれほどないので、セーブしているのか否かまでは分からない。そんなふうに考えていることを見透かされたように、石塚から訊かれた。
「あぁ、なんだ」
 石塚は天井を指差して「例えばこれ、分かります?」とたずねた。
「〝これ〟って?」
「今流れてる、これです」
「音楽か? いや、まったく分からん」
「『オール・ザ・シングス・ユー・アー』、ソニー・ロリンズです」
「そうなのか」
「えぇ。アルバム名は『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』。ピアノレスのスリーピースバンドで、ハード・バップの最高傑作とも評されるライブ盤です」
「へぇ」
「オリジナルのブルーノート一五八一番には六曲しか収録されていませんが、これは後年発売された十八曲入り。いわゆるコンプリート版ってやつです」
「なるほど。で、それがどうした?」
「ヴィレッジ・ヴァンガードでは、ビル・エヴァンスやジョン・コルトレーンも有名なライブ盤を残していますが、一番最初に録音されたのが、このアルバムだったんです」
「だから、それがどうしたんだよ」
 石塚はそこで目を伏せ「宮治さん、いらってます?」と訊ねた。
 確かに、入社二年目の若造になにかを試されているような気がして、宮治は少しばかり苛立っていた。だがここは敢えて「なんで俺が苛立つんだよ」と笑って答えた。
「つまり、こういうことなんです」
 やっと訊きたかった内容に入る。そう感じて宮治は「聞こうか」と背筋を伸ばした。
「俺、企画提案の話をしている時から、一九五七年十一月三日、ニューヨーク、エルビン・ジョーンズ、アルフレッド・ライオン、ここのロリンズのフレーズたまんねぇとか、考えちゃってたんですよね」
 またもや回りくどい。そう感じて「だから……」と言い掛けた宮治だが、石塚は「つまりですね」と声のボリュームを上げた。
「つまり、宮治さんにとってはただのBGMかもしれないけど、俺は下手に知識があるから、話に集中出来ないでいた」
 宮治はクールに火をけ、窓の外へ目を向けた。石垣が黒くれている。気付かぬうちに、外では音もなく霧雨が降っていた。
 石塚が言わんとすることは、なんとなく分かった。しかしそんなたとえ話を持ち出す理由までは分からない。
「知識を、情報と言い換えましょうか」
 黙り込んでいると、石塚が言葉を継いだ。
「時と場合によって、必要のない情報ってあると思うんです。今この状況では、ジャズに関する情報は俺にとって邪魔なものです。大切な仕事の話をしているのに、集中力をがれるわけですから。分かります?」
「いや、分からんな」
「じゃあ例えばここがスポーツバーで、サッカーの試合を中継していたとしましょう。きっと宮治さんは、俺達との会話に集中なんか出来ませんよね?」
「まぁ、そうかもしれないが……それでも、必要のない情報だと言ってしまうのは、やっぱり違うよ。これから先、お前はこの曲を聴いて今日のことを思い出すかもしれないよな。すると時間を経た分、今日とはまた違った考えを持つかもしれない。そういうことを、俺は無駄だとは思わないぞ」
 石塚は「そういうことじゃなくて……」とつぶやいて、何事か考え込んだ。それから、何年か前にあった誘拐事件について話し始めた。小学生が行方不明となり、十日ほどして保護された事件だ。未成年者略取誘拐の容疑で三十歳代の男が逮捕されたが、事件に関する詳細は報道されなかった。裁判の経緯や判決も、紙媒体に小さく掲載されただけだ。身代金の要求などはなく、動機はいたずら目的だった可能性が高い。裁判ではそういったこともつまびらかになるが、被害者の人権保護という意味もあり、詳細は報道されない。
「そういうことだって、あるでしょう。取材で知り得たことをすべて公にするなんて、報道する側のごうまんだと思いますよ」
「〝そういうこと〟って……」と言い掛けて、宮治は言葉を吞んだ。ふと、鳥内が言った「世の中には、世間一般に詳細を知らせなくてもいい類いの事件がある」という言葉を思い出した。音楽の例は報道を受け取る側の姿勢、誘拐事件の例は報道する側の姿勢について言っているような気がする。
 宮治からはっきり告げたわけではないが、佐合優馬と布村留美が戸籍上は他人で血縁上は親子という特殊な関係にあることは、石塚も玉田も薄々勘付いている可能性が高い。だが取材している事件の被害者と重要参考人がそうだったからといって、「必要のない情報」「報道する側の傲慢」などという話を持ち出すだろうか。それも、こんな回りくどい言い方で。
 第一、鳥内があんなことを言ったのは、夏樹の存在があってのことだ。これは幡野にも言っていないことであり、石塚が知っている筈はない。
『だったらこれは、どういうことだ?』
 そんな考えが頭をよぎると同時に、まるで安全装置が働くかのように『考えるな』とブレーキが掛かる。
 一人で考えても答えが出ないことに時間を費やすな。それなら答えを導き出す為の質問を考えるなり、いくつかの可能性を想定してストックしておくなりするだけでいい。それも出来ないなら、忘れ去ってしまう方がマシだ。
「そういうことじゃないだろう」
 意識的ではなく、気付いたらそんな言葉が口を突いて出た。記者生活の中で知らず知らずのうちに身に付いた己の反射神経に対して言ったものだが、当然のことながら石塚はそうは受け取らない。
 テーブルに突っ伏し、なにやらブツブツ呟く玉田に目を向けていた石塚が「え?」と顔を上げた。
「情報に無駄なものなんかない。俺はそう思いながら、この仕事をやっている」
 宮治が言った。頭で考えるよりも早く、別の反射神経でしやべっているような感覚だった。
「さっきの誘拐事件の例と、白川村の件はまったく別物だ」
「いや、俺だってそれは分かってますけど……」
 宮治は指先にクールを挟んだ右手を上げて、石塚の言葉を遮った。
「被害者、それも子供が生存しているケースを引き合いに出すのはおかしい。そもそも、これは報道する、これは報道しない、そんな判断を誰が下すんだ。それを出来ると思っているなら、それこそ傲慢だと思うぞ」
 玉田の前にあったチェイサーに手を伸ばし、一息に飲み干す。ロックグラスの中で、氷がカラリと音を立てた。
「俺達は知り得た情報を記事にするだけだ。その情報が必要か不必要かは、受け取る側が考えればいい。さっきお前が言った、なんの意味もない偶然に対する考え方と同じ。受け取る側次第だ」
「それはそうかもしれませんが……」
「誰にでも知る権利というものがある。しかし受動的にしろ能動的にしろ、ある情報を得た者にはそれを自分の頭の中でどう解釈し処理するかという責任が生じる。いわゆるメディアリテラシーってやつには、そこまで含まれるべきだ。だがこの国では、情報を得てしまった者の責任があまりに軽い」
 話しながら、宮治は自分に対して言い聞かせているような感覚に見舞われていた。『だったら、お前自身はどうなんだ?』という言葉が、幾度も宮治の思考の邪魔をする。
『お前は今まさに、自分が知り得た情報をどう解釈し処理すべきか迷っているじゃないか』
 幸い石塚は、宮治から目をらしていた。冷房が強過ぎると思ったのか、背もたれにあったトラックジャケットを取り、玉田の肩に掛けてやっている。
 テーブルに突っ伏した玉田が「あ~、ムカつくわ~」と呟いた。
「気持ち悪いのか? トイレ行くか?」
 石塚が言うと、玉田はくぐもった声で「そうじゃなくてぇ」と答えた。
 ふと、玉田の泥酔振りが芝居のように思われた。
 なんらかの理由で、石塚と玉田は宮治の取材を止めようとしているのではないか。それでこの出張への同行を志願したのではないか。感情的になりがちな玉田は酔った振りをして石塚に任せたが、あまりに回りくどい話につい「ムカつくわ~」と呟いたのではないか。
 そんな考えが、宮治の脳裏を過った。
「お前ら、取材を止めようとしてるのか? ひょっとして、幡野さんからなにか頼まれたのか?」
 石塚が視線を戻し、久々に自分のカクテルに口を付けた。恐ろしく甘そうなピンク色の液体を吞み込みながら、しかし石塚の口元は苦そうにゆがんだ。
「すみません、変な話をしちゃって。俺もちょっと吞み過ぎたみたいです」
 質問に対する答えにはなっていない。だが宮治は「そうか」と呟いて、窓の外へ目を向けた。
 霧雨は、いつの間にか本格的な雨になっていた。

#13-3へつづく
◎第 13 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2019年12月号


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