menu
menu

連載

三羽省吾「共犯者」 vol.6

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#11-2

三羽省吾「共犯者」

>>前話を読む

 弘貴のショートホープが、指を焦がすくらいのところまで来ていた。慌てて灰皿でみ消しながら、弘貴は「さっきから回りくどいな」と苦情を言った。
「順を追ってご説明しているつもりなんですが、すみません」
「おう、そうか……すまん」
「自分は捜査本部に詰めているわけではなく、富山県警で報告を受けるだけです。自分がこの動画を見た直後、捜査本部は夏の監視を中止しました。理由は、これです」
 鳥内はまた十秒ほど巻き戻し、再生した。僅かに左足を引き摺りながらATMのブースを出て行こうとする男が、左手で軽く右肩に触れた。粗いモノクロ画像でも、小さな影のようなものが肩から落ちるのが視認出来た。
「この落下物には捜査本部の誰もが気付いたそうです。深夜のうちに福井県警に応援を要請し、翌朝スーパーが開く前に現場を封鎖のうえ、鑑識にブース内の指紋と残留物を採取させました」
 扉やタッチパネルから採取した指紋は、今のところ任意提出に応じたスーパーの従業員と近所の住民のものばかりだ。しかしブース内を掃除機で隅々まで掃除すると、爪、皮膚片、毛髪がいくつか採取出来た。その中から新しいものを選び出し、岐阜県警の科学捜査研究所へ鑑定を依頼。防犯カメラに映っていた男のものと思われる毛髪は出入り口付近に数本落ちており、その中の二本には毛根も残っていた。
「あのブースはスーパーの開店前に、かなり丁寧に掃き掃除と拭き掃除がされています。つまり採取した残留物はあの日の利用者のものと見て、ほぼ間違いない。映像の男のものと思われる毛髪から採取したDNA型を佐合と布村のものと比較しましたが、血縁関係はナシという結果でした」
 そこまでの説明を聞いて、弘貴は一つ息を吐いた。だが、まだ完全に納得したという感じではない。
「もちろん、その毛髪が映像の男のものとは断定出来ません。しかし捜査本部の見解としては、先生が一番気にしていたこと、夏がこの事件に関わっているのか否かについては、無関係との判断を下しました」
 弘貴が、二本目のショートホープの煙を深く吐き出した。それを見て、鳥内が「みませんか?」と瓶ビールを差し出した。
 弘貴は「あぁ」とグラスを手に取った。
「まだ心配ですか?」
 がれたビールを吞もうとしない弘貴に、鳥内が問う。
「じゃあ一つ、先生に確認です。これは捜査本部でも気にしていたことですが、彼らが先生に確認するわけにはいかない。和にも、おばさんにも、もちろん夏本人にも」
「なんだ」
「夏は、布村留美と連絡を取り合っていたんでしょうか?」
 弘貴はグラスを置いて、鳥内の背後のちやだんを見詰めた。違い棚に茶器が飾られている。視線を鳥内に戻し、更に数秒。そしてやっと「いや」と答えた。
「それはない。俺と母さんは妹の存在をはいじまから聞かされていたが、話題にしたことはない。夏の口から、妹のことを聞いたこともない。和、お前は聞いたことがあるか?」
 宮治は「いや」と短く答えた。
 ほんの少し醬油を付けた甘エビを素手で口に運び、鳥内は安心したようにゆっくりとうなずいた。
「ほらね。捜査本部も同じ見解です。夏と布村留美は連絡を取り合っていない。布村の携帯電話の履歴も確認済みです」
 鳥内のその説明で、弘貴はやっと安心したらしい。ビールを吞み、お造りを食べ、鮎の塩焼きにかぶりついた。更に、お品書きを手に取って「お勧めの地酒はどれだ」と鳥内に訊ねた。
 最もメジャーな地酒『かちこま』を冷やで注文すると、クラッシュアイスに埋まった広口の瓶としやくちよ三つが運ばれて来た。
 宮治は勧められるがまま食べ続け、吞み続けた。酔いに任せて忘れてしまおうとするのだが、脳のある部分が酔うほどにみるみる冷静になっていくのが分かる。
 夏樹の兄として安心するのと反比例して、事件記者としての思考に『しかし』『なぜ』『例えば』といった言葉がいくつもよぎる。
 遠くから、打ち上げ花火のような重い音が聞こえていた。
 鳥内が「週末に夏祭があるんで、その告知を兼ねた花火です。この店の前にもぼんぼりが並んでいたでしょう」と説明しているのを聞きながら、宮治はさっき弘貴が見詰めていた茶簞笥の違い棚に目を向けた。
 飾られている茶器は、金継ぎされたものだった。ベースとなっているのはたに焼とおぼしき、色鮮やかで光沢のある陶器だ。V字型に大きく破損した箇所があり、そこに別の陶器から呼び継ぎが成されている。
 呼び継ぎに使われているのは、えちぜん焼のようだった。ゆうやくを用いない素朴な土の風合いと、灰が作る計算出来ない模様が特徴的な陶器だ。
 赤と白と青の色彩が印象的な茶器に、稲妻のような金色のラインを境界として、色合いも風合いも異なるパーツが人為的に付け足されている。
 土もかまも作者も異なる陶器が、一つの器としてそこにあった。
 宮治は過去に何度か美術品やこつとう品にまつわる事件を取材した経験があり、最低限の知識はある。だがそれは仕事に必要だったから身に付けた知識であり、審美眼という意味ではまったくのしろうとだ。
 この茶器を見ても、誰でも触れられる場所に飾られているのでそれほど高価なものではないのだろう、という程度の感想しか持てない。
 決して自然な状態ではないこの茶器は、果たして美しいと言えるのだろうか。ひょっとしたら弘貴もさっき、同じようなことを考えていたのではないだろうか。
 そんなことを考えながら、宮治は長いこと継ぎはぎだらけの茶器を見詰めていた。
「宮治家の長男としてじゃなく、事件記者として訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
 気付いたら、そんな言葉を口にしていた。
 宮治にはアサリの炊き込みご飯が、弘貴と鳥内にはだいのほぐし身が乗ったそうめんが運ばれていた。
 そうめんをっていた鳥内が、目も上げずに「なんだ」と答えた。
「捜査本部では、布村留美を黒で間違いないと見てるんだろう。なんで指名手配しないんだ?」
 手繰ったそうめんを一息ですすると、鳥内は箸を置いて「警察だって鬼じゃない」と話し始める。弘貴も「ん?」と箸を止め、鳥内の言葉を待った。
「指名手配しない理由は、三つある」
 一つには、捜査本部では状況を鑑みてこの事件は突発的な事故か過剰防衛によるものと睨んでいること。犯罪行為に慣れた者が死体損壊と遺棄の時効を待って逃亡しているのならば、ちゆうちよせず指名手配する。しかし本件は、どう見てもそんな類いではない。
 二つ目。本件の場合、無差別殺人の可能性はなく次の犠牲者が出る可能性はほぼゼロ。身柄確保を焦って指名手配すると、重要参考人をパニックに陥らせ自殺に追い込んでしまうかもしれない。
「そういう場合、重要参考人を被疑者とせず、自首が成立する要件を残しておいてやることが例外的にあるんだよ」
 宮治は思わず口を挟みそうになったが、弘貴がそれを制して「三つ目を聞こうか」と鳥内に言った。
「三つ目は、さっきも言ったこの事件の構造そのものです。被害者と重要参考人が、血縁上は父と娘だが戸籍上は他人。このややこしい状況をわざわざ公にすべきではない、というのが捜査本部の基本的な姿勢です」
 宮治が「まさか」と首を振った。すると即座に、鳥内が「なんだよ〝まさか〟って」と反応する。
「そんな恩情たっぷりの捜査、聞いたこともない」
「聞いたことがなくて当然だ。過去の例も含めて、外部には漏らさないよう厳命される捜査なんだから」
「初耳だな、そんな捜査があるなんて」
 鳥内は音を立てて猪口を置き、「だから言ってんだろうが」と声を荒らげた。
「記者クラブに顔も出せねぇゴシップ誌の記者風情が、警察のやり方に偉そうに意見してんじゃねぇぞ」
 懐かしいけんモードに入ったと判断した宮治は、片膝を立てて鳥内を睨み付けた。
「やめろ。二人とも、もういい大人だろうが」
 早々に鯛そうめんを平らげた弘貴が間に入り、その場はなんとか治まった。宮治は立てた膝を戻して食事を続け、鳥内は手酌で何杯も冷酒を吞み、弘貴は胃の辺りをさすってゲップを我慢しているようだった。
 無言の数分を見計らったように女将おかみがやって来て「これはサービスやさけ、良かったら食べてって」と皿を置いた。
「きときとやないけどぉ、こっちの名物やさけ」
 九谷焼の大皿の中で、サービスと呼ぶには多いブリ大根が湯気を立てていた。鳥内と弘貴は礼を言ったが、宮治は振り返りもせず冷酒を吞み続けた。
 弘貴は「そうだ」と言ったが、はら一杯のようだった。鳥内は「美味いっすよ」と箸を伸ばした。そして、
「政治家や芸能人やスポーツ選手が絡む事件なら」
 ハフハフ言いながら大根を頰張り、宮治に目も向けずに話し始める。
「ある程度は、メディアが面白おかしく書き立てるのもしょうがありません。しかし世の中には、世間一般に詳細を知らせなくてもいい類いの事件があるんです。和にだって、思い当たる事件はあるはずですよ」
 まるでこの場に自分がいないような物言いにカチンと来たが、反面『確かにある』と宮治は思った。
 日本では表向き、言論の自由と報道の自由が憲法で保障されているが、メディアタブーというものが厳然として存在する。それは時に、いくつかの国にある報道規制法などよりも強烈に、報道する側のブレーキ、あるいは外部からの圧力となる。
 だが鳥内も、そんな大きな話をしているわけではないだろう。
 業界内の暗黙の了解を抜きにしても、田舎いなかの小さなコミュニティー内でのえんこん絡み、閉ざされた団体内部での抗争、異常な集団心理が招いた悲劇。これらに起因する血なまぐさい事件は、亡くなった人がいかに多くても、その内実がいかに異常なものでも、第三者から見れば経緯も動機も結末も理解不能なものが多く、どのメディアも報道をフェイドアウトさせる場合がある。
 かつて起きた連合赤軍の内ゲバや、洗脳と強迫観念から親族間で殺し合いが行なわれた事件なら、原因究明が第三者の今後に多少なりとも役立つかもしれない。
 しかしそんな中にも、原因を究明したところで物好きな人々の暇潰しにはなっても、大多数にとって毒にこそなれ薬にならないケースが存在する。裁判では詳細が明らかになるが、それを傍聴すればするほど『これを世間一般に公表してなにがどうなる』『掘れば掘るほど加害者側も被害者側も残された親族や関係者が傷付くだけ』、そう思わされるケースが確かに存在するのだ。
 そんな事件は、記事にしている側もむなしさが残るだけだ。
 このしらかわ村殺人死体遺棄事件も、そういう類いの事件ということか……。
「先生」
 宮治が黙って考え続けていると、鳥内が弘貴に言った。午後九時を過ぎ、花火の音は聞こえなくなっていた。
「これまでの話を踏まえて、先生のご長男に頼みたいことがあります」
「知らんよ。目の前にいるんだから直接言え」
 宮治は顔を上げたが、鳥内は目を合わせようとせずに話し始めた。
 捜査本部では、この事件を静かに終わらせたいと願っている。しかし『週刊ホウオウ』の記事やネット上の騒ぎによって、新聞やテレビでも報道が再過熱しつつある。布村留美の自首、或いは身柄確保によって、その騒ぎはより大きくなる可能性が高い。
「これは、第三者が興味本位でいじくっていい事件じゃありません」
 だから、今のうちに世間の耳目を布村留美かららさせるすべはないものか。岐阜県警の管理官からも、鳥内のところにそういうメールが届いている。
「捜査本部も、ここ一週間ほどの再過熱で焦っているんでしょう」
「素人考えだが、そういうのは報道協定とかいうやつで、なんとかならないのか?」
 弘貴のその問いは、鳥内も想定していたらしい。「報道協定というのは」と即答した。
 人質がいる誘拐事件、立てこもり事件、ハイジャックなど、或いは不特定多数を標的とした毒物混入事件などの場合、警察は捜査の進捗状況を逐一メディアに報告しつつ、報道は控えるように依頼することがある。
 しかしそれは、解決した暁にはすべてを報道してよいという前提があっての協定だ。
「今回のケースでは、解決後こそ詳細の報道を自粛して欲しいんです。分かって頂けますか?」
 ブリ大根の皿に残っていたはりしようつまみながら、弘貴まで宮治がそこにいないみたいに「なるほど。それで、うちの長男に出来ることがあるのか?」と訊ねた。

>>#11-3へつづく ※9/25(水)公開
※第11回全文「カドブンノベル」2019年10月号に掲載されております。


「カドブンノベル」2019年10月号

「カドブンノベル」2019年10月号


※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。


関連書籍

カドブンノベル

最新号 2019年11月号

10月10日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP