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連載

三羽省吾「共犯者」 vol.16

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#13-4

三羽省吾「共犯者」

※この記事は、2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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 少しは観光をしたいと言うので金沢で一泊したのに、石塚と玉田はけんろくえんにも茶屋街にも行かず、ホテルをチェックアウトしてすぐに北陸新幹線で東京へ戻ると言った。
 残りの公休日、石塚はさいたま市とちち市へ遊びに行き、玉田はマスコミで働いている同級生を集めて吞み会を開く予定だと言う。どちらも本件の取材目的だと分かったが、宮治は特になにも言わずに二人を金沢駅まで送った。
 一般車駐車場にめたSUVの中でスマホを取り出すと、着信履歴があることに気付いた。『週刊ホウオウ』のきくはらけいすけからだった。留守番電話にメッセージは残されていない。
 ホウオウも合併号が出たばかりで、長期休暇に入っている筈だった。
 履歴は、ほんの数分前のものだった。無視しようかとも思ったが、宮治は登録名『キク』に折り返し電話を掛けた。
「元嫁も子供達も会ってくれなくて、暇なんすか? 俺も遊んであげる時間はないですよ」
 名前も告げずにそう言うと、菊地原も名乗るより早く『うっせぇ、馬鹿』と答えた。用件は分からないが、バツ二の菊地原が寂しい長期休暇を過ごしているという部分は図星だったらしい。
『今、どこだ』
「詳しくは言えませんが、東京ではないです」
『また取材か。熱心なことだな』
「いや、プライベートですよ」
『まぁいいや。で、ウチの合併号は読んだか?』
「えぇ。与党議員のパワハラ・セクハラ・モラハラの記事、とても面白かったです」
『おちょくるな。白川村の記事だよ』
「あぁ、そっちは相変わらず掲示板とSNS頼りの内容だったんで、斜め読みです」
『そうか、読むには読んだんだな』
「えぇ」
『お前に報告する義理はないんだけどよぉ』
 菊地原はそこで言葉を切った。ライターを擦る音が聞こえたが、煙草たばこに火を点けるだけにしては長い沈黙が続いた。
 一般車駐車場からは、木製の巨大なモニュメント『つづみもん』が見えた。その後方の駅舎メインエントランスは、ガラスと鉄パイプの大屋根に覆われている。雨は昨夜のうちに上がり、ガラス越しに見える空はきれいに晴れ上がっていた。
 夏の強いしに鼓形のモニュメントは深い陰影を見せ、ガラスはところどころでまぶしく光る。何年か前、ここが海外の旅行雑誌で美しい駅に選定されたことを宮治は思い出した。
『ウチはあれで最後だ。白川村殺人死体遺棄事件に関する記事は、もう掲載しない』
 唐突な話の再開と意外なその内容に、思わず「はぁ?」と間の抜けた声が出た。
『上からの御達しだ。しょうがねぇだろ』
「〝上から〟って、編集長ですか?」
『編集長ごときで俺が退くかよ』
「ですよね。てことは、幹部クラスですか?」
『もっとはるかに上だよ。つまり社外、俺なんざ知る由もないが、恐らくさつちよう関係だろうぜ』
「警察庁……菊地原さんって、そういうところにもはっきりものを言う記者だと思ってましたけど」
『嫌みな野郎だな。俺だって、しがない勤め人だぞ』
 直感的に噓だと思った。
 宮治が知る菊地原圭祐という記者は、良くも悪くも上から圧力が掛かると逆に燃えるタイプだ。
 自らの意志で取材──そう呼べるほどのものはやっていないだろうが──と記事の執筆をめる。その言い訳を、上からの圧力ということにしているだけだ。
 そうとしか思えない。
『俺もったよ。お前の知らない、社内的な立場ってものもあるしな』
 宮治に考えさせまいとするかのように、菊地原は話し続ける。
『このとしになれば下の者の面倒も見ないといけないし、つまりその、分かるだろ? それとも、ゴシップ誌の記者じゃ分かんねぇか?』
 宮治はなにも答えず、スピーカーモードにしたスマホをダッシュボードに置いてハンドルにもたれ掛かった。
 かは分からないが、それまで美しいと感じていた木製のモニュメントとガラスの大屋根とのコントラストが、人工的にわざわざ違和感を創り出しているように見えた。ルーブル美術館前にあるガラス張りのピラミッドにも、同様の違和感を覚えたような気がする。尤もそちらは、実物を見たことはないのだが。
 美しいと感じていたわけではなく、美しいと評価されていることを知っていただけだ。木と鉄とガラスを見上げながら、宮治はそんなことを考えていた。
『別に、敗北宣言ってわけじゃないからな』
 宮治の長い沈黙の意味をどう捉えたのか分からないが、菊地原は唐突にそんなことまで言いだした。
『お前ももう、止めた方がいい。てか、お前こそ止めるべきだと俺は思うね』
 菊地原の真意がつかめないうちは黙っていようと思っていた宮治だが、気付いたら「〝お前こそ〟って、どういう意味ですか?」と訊ねていた。
『どういうもこういうも、そういう意味だよ』
 まるで、佐合優馬と布村留美の関係ばかりか、夏樹の存在と宮治家の関わりまで知っているような物言いだ。
 これは以前も考えたことだが、『週刊ホウオウ』編集部が本気で取材を進めれば、宮治が一人でいくら頑張ったところでち出来ない。ひょっとしたらその取材の過程で、この事件を取り巻く戸籍と血縁のすべてを把握したのではないか。
 だがもしそうなら、なおさら菊地原が取材と執筆を中止する理由が分からない。宮治が知る菊地原なら、それこそ不謹慎に面白がりあおりに煽るようなネタだ。
 ひょっとしたら記事の掲載を止めるというのは噓で、この電話は宮治夏樹の戸籍上の兄への取材なのかもしれない。
『なぁ、宮治』
 考え込む宮治に、菊地原が妙に懐かしいトーンで語り掛けた。
『あの公務員の件、こんな俺だって少なからずトラウマになってる。トラウマなんて軽々しく使う言葉じゃないが、とにかく引きってはいるんだよ。その俺が言うんだ。この白川村の件は、あれ以上に厄介だ』
「その話はやめましょう。あの件は、持ち出しちゃいけない。あんたとホウオウ編集部には、その資格がない」
 言った後で、すぐに気付いた。それで宮治は慌てて「もちろん、俺にも」と付け足した。
 数秒黙った後、菊地原はおおにあくびをした。不遜極まりない態度だが、宮治にはこれが彼の反省の態度だと分かってしまう。
『とにかく、伝えたからな』
 訊きたいことはまだ山ほどあったが、宮治は「はい」と答えて電話を切った。
 昨夜と今朝、立て続けに白川村殺人死体遺棄事件の取材を中止するように言われた。鳥内も含めれば三人だ。
 まさか三人が、申し合わせているなどということはないだろう。それぞれが異なる立場、異なる角度から事件を見て、これは記事にするようなものではないと感じているということか。
 宮治が把握しているものと同等の事実を摑んでいるとしたら、石塚は──あの泥酔が芝居であれば玉田も──宮治が無関係ではないことを案じてのことだろう。鳥内の場合は、宮治本人というよりも父・ひろと母・ゆうの心中をおもんぱかってのことだ。
 最も分からないのは菊地原圭祐だ。あの公務員一家の無理心中の話を持ち出したことも気になる。報道によって、その対象者の周辺の人間まで不幸に陥れる可能性があるということだろうか。
 上体を起こしクールに火を点けると、高校生の頃の隠れ煙草みたいに頭がクラクラした。
 今回の小松訪問はアポなしではなかった。夏樹とは夕方に会う約束をしており、細かい時間と場所は今日の昼過ぎに電話で相談することになっている。
 時刻はまだ、午前九時を少し過ぎたところだった。夕方まで、時間はたっぷりある。
 宮治は煙草一本分考え続けてから、SUVを小松市とは逆方向へ出した。

#14-1へつづく
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 第 13 回全文はこちらに収録→「カドブンノベル」2019年12月号


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