menu
menu

連載

三羽省吾「共犯者」 vol.9

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#12-1

三羽省吾「共犯者」


前回までのあらすじ

弱小週刊誌『真相BAZOOKA』のエース記者・宮治和貴は、岐阜の死体遺棄事件を追っていた。富山県警の管理官で幼馴染の鳥内は、布村留美という女性が犯人でほぼ間違いないと取材の中止を促す。大手週刊誌が布村を犯人と決め付け報道する中、父から事件の被害者は宮治の弟・夏樹の実の親だと明かされた宮治は、捜査状況を知るため、父と共に再び鳥内を訪ねる。鳥内は夏樹の事件への関与を否定するが、宮治は違和感を覚えていた。

 五(承前)

 二週間がった。
 各地で三十五度を超える気温が観測され、二つの大型台風が立て続けに九州から中四国地方を縦断し、阪神タイガースはこうえん球場を高校球児に提供した。
 ニュースやワイドショーが扱うネタにも、外交問題や政治家の不適切発言などに混ざり、天気と高校野球の情報が増えていた。
 そんな中、東海キー局のワイドショーでしらかわむら殺人死体遺棄事件に関する特集が組まれた。CMを含めて約三十分、大半の内容は『週刊ホウオウ』の記事を元に構成されていたが、最後の五分ほどが「一方、こういう報道もあります」と『真相 BAZOOKA』が掲載した、公に出来ないDNA型データベースに関する情報に割かれていた。
 それが呼び水となったのか、数日前から全国ネットのワイドショーやニュース番組でも、データベースに関する報道を流し始めた。
 ゴシップ誌の記事をそのまま使うのは難しいのか、『真相 BAZOOKA』編集部には各メディアからの問い合わせ、確認、取材依頼、苦情などの電話とメールが殺到。宮治だけではとても対応し切れず、編集部全体の通常業務が完全にストップしてしまうほどの忙しさとなった。
 編集長のはたは、そんな状況を招いたことへの嫌みを込めて、みやを「大エース」と呼ぶようになった。
「今日日の甲子園がどうだろうが、お前には五百球くらい投げさせるからな」
 五百球でも千球でも投げ続ける気だった宮治は、ひらつかに帰ったあの日以来、休みを取らずに働き続けている。
 宮治には、ひろとりうちも恐らく捜査本部も知らない、この事件の全体像が見え掛けていた。きっかけは実に小さなことで、鳥内に言えば「推理じゃねぇか」と笑われるようなものかもしれないが、どうしてもその考えを拭い去ることが出来ないでいる。
 この二週間、宮治はごうおんと佐合じゆが一時的に保護されていた『光の家』や、さいたま市のすず家、ちち市に残るひき家の親戚筋などを訪ね歩いている。
 事件とは直接関係のない施設や人々を訪ね、記憶と記録を掘り起こしてもらい、得られた情報は小さなものばかりだ。だがその小さなものの蓄積が、遺体損壊のしつようさ、中途半端な遺棄方法、直接の死因ではない後頭部の殴打痕、そしてぬのむらが逃亡を続ける理由につながっているように思われてならない。
 これもまた、鳥内に言わせれば「そんなのは印象だろ」といったところかもしれない。
 だが事件記者ならば、大胆な仮説も推理も印象も、充分に記事にする動機になり得る。
 問題は、DNA型データベースの件でここまで盛り上がっている現状から、どのタイミングで事件の全体像の記事へシフトチェンジするかだ。
「すみません。凶器のネタを無理矢理ねじ込んで貰ったのに、テレビじゃウチばかり扱われちゃって」
『まぁ、テレビだからな。凶器の謎なんかより、警察の不祥事の方がウケると判断されても無理ないさ』
 とうようしんぽう支局のさるが、電話の向こうで笑った。
 凶器の一つと思われる鈍器がよく分からない形状をしていることは、東洋新報の全国版で取り上げられた。『真相 BAZOOKA』先週号が出たのと同じタイミングだったのだが、鈍器の謎の方はテレビで取り上げられることがなかった。ただ、ほかの全国紙でも鈍器に関する記事はいくつか散見されるようになっている。
『それよりいいのか? テレビの扱いは別として、凶器もしいネタだろう』
「いえ、凶器の謎なんてネタ、BAZOOKAに掲載したところで反響は知れてますから。ウチは真っ当な新聞じゃ扱えない警察サクラ絡みのタブーに切り込んで、凶器の方は猿田さんにお願いしたってわけで」
『それならほうおう出版の元同僚にも情報を……ってわけにはいかねぇか。同じヤマを扱ってる以上、一応はライバル誌だもんな』
「〝一応〟ってなんすか。まぁ確かに、戦車にたけやりかもしれないですけど」
 そう応じて笑った宮治だが、実は『週刊ホウオウ』のきくはらけいすけにも猿田と同じ情報を流していた。捜査本部が思い描く事件の全体像は伝えず、ただ凶器の謎についてのみ伝えたのも、猿田と同様だった。
 すぐに「面白い」とい付いた猿田に対して、菊地原は「考えといてやる」と答えただけだった。二週間が経ち、『週刊ホウオウ』最新号には相変わらずネット掲示板やSNS上にあふれる不確かな情報を元に、佐合ゆうが方々で起こしていたトラブル、Nこと布村留美の奔放なシングルマザー像が、裏を取ることもなく掲載されているだけだった。
 しつこく情報源をたずねる菊地原に、宮治は「あんたの見込みは全部ハズレだ」と答えた。その一言で、逆にかたくなにさせてしまったのかもしれない。
『おい宮治、聞いてるか?』
「あ、すみません。聞いてます」
『だからな、俺としては面白いネタならいいだろうってスタンスなんだが、やはり上からは〝どこからそんなネタをつかんだ〟ってかれるわけさ。それはやっぱ、言えないのか?』
 猿田も、遅ればせながら情報源を気にした。
「えぇ、すみません。全部カタがつくまでネタ元を言えないってのはゴシップ誌でも同じなんで。けど、確かな筋からの情報ってことだけは確約しますよ」
 猿田は『それだけ聞ければよしとしようか』と笑い、次いで『近々とうきように行く予定がある。そん時はたっぷりおごってくれよ』と告げて電話を切った。
「おい宮治ぃ。大手新聞社様が、お前に確認を取りたいってよぉ。七番だ」
 外線電話を取っていたベテラン記者のしろが、受話器を振った。
「あぁ、すみません。その手の電話は全部断わっちゃって下さい」
 宮治のその答えに、八代は「はいはい了解ぃ」と再度受話器を振った。
「すんません、五分ほど休憩します」
 誰にともなく告げて給湯室に向かい、宮治はしようなんベルマーレのロゴ入りマグカップに本日三杯目のコーヒーをれた。
 デスクに戻る途中、天井からるされたテレビが目に留まった。この時期は毎年のことだが、音声を消したテレビには高校野球の中継が映し出されている。選手権大会は二回戦に入っていた。五日後には、最も盛り上がると言われる準々決勝四試合が行なわれる予定だ。
「戻りましたぁ~」
 濃いブラックコーヒーを飲みながらテレビをる宮治に、いしづかが言った。シャワーでも浴びたのかというくらい髪がれ、その先端から汗が滴り落ちている。胸に『verve』と書かれたグレーのTシャツも、首の周辺が濡れて黒くなっている。
「エアコンの効いた部屋でベースボール観戦とは、羨ましい限りっすね」
「嫌みを言うな。で、どうだった」
「色々と調べましたけど、けっこうな数あるもんで、まとめるだけで苦労しましたよ」
 やまから戻ってすぐ、宮治は石塚に二週間と期限を切って調べものを命じていた。
 外部の人間が閲覧可能な大手新聞社・出版社・テレビ局のアーカイブ、図書館の検索サービス、国立公文書館を利用して調べさせたのは、過去のあらゆる事件の中で、被害者と加害者が血縁上の家族だが戸籍上は他人というケースがどれほどあるかということだった。
「戸籍上は親子で血縁上は他人っていうケースは、平成以降に絞って調べただけでも三十件以上ありました。そのすべてが保険金詐欺です。けどその逆、戸籍上は他人だけど血縁上は親子ってケースは、昭和三十年代までさかのぼってもゼロです」
 半ば思っていた通りの結果だった。
 百を下らない数の事件を取材し、裁判を傍聴し、裁判記録にも目を通して来た宮治も、佐合優馬と布村留美のような被害者と加害者の関係性は聞いたこともない。
 だが、過去にそのような事件が一件もなかったとは考えにくい。
 宮治はテレビを見上げたまま「ご苦労さん」と答えた。
「これって、白川村の件に関係あるんすか?」
「あぁ、大いにある」
「じゃあ、佐合と重要参考人が……ちょっと、宮治さん」
 やはり、鳥内が言っていた「これは、第三者が興味本位でいじくっていい事件じゃありません」という言葉の通りなのか。だが果たしてそれは、認められるべきことなのだろうか。
 そんなことを考えながらデスクに向かっていると、今度はたまが悲鳴に近い声で「あっぢ~、溶ける~」と言いながらお使いから戻って来た。
 石塚を押し退け、玉田は「これでいいですか?」とパンフレット数冊をデスクに置いた。「石塚くんだけじゃなくて私にも仕事回して下さいよぅ」と言う彼女には、野球用品のパンフレットを出来るだけ多く貰って来るように頼んでいた。
「今どきのスポーツ用品店って、野球コーナーがすごい小ちゃいんですね。しん宿じゆく大ガードのそばに野球専門店があったんで助かりましたよ。で、これって事件に関係あるんですか?」
 ウェットティッシュで汗を拭いながら、玉田も石塚と同じことを質問する。
 自分のお使いの方がマシかも、とでも思ったらしい。話に割り込まれて不満そうだった石塚は、黙ってパンフレットを見下ろしていた。
 パンフレットはメーカー別に七冊あった。宮治はそれぞれのバットのページを開き「教えてくれないか」と二人に訊ねた。
「高校野球じゃ、こういう金属バットは使ってないよな。これ、なんなんだ?」
 打球面、いわゆる芯の部分が柔らかい素材で出来ているバットが、七冊のうち三冊のパンフレットに掲載されていた。
 石塚と玉田も野球にはうといようで「さぁ、なんすかね」「音を抑える練習用とか?」と首をひねった。
「軟式用だよ」
 そこを通り掛かった中堅記者のむらが、宮治のデスクをのぞき込んで言った。玉田が「あ、そうだ。村田さん草野球やってるんだ」と手をたたいた。
「やっぱり練習用ですよね。音を抑えたり、あんまり飛ばないようにしたり」
 玉田の問いに、村田は「よく読め」と笑って三冊の中の一つを手に取った。開かれた規格説明のページには、飛距離を示すグラフやバットの断面図が掲載されていた。
 野球の軟式ボールはゴム製で中が空洞になっている。硬いもので叩くと潰れ過ぎて、反発力が落ちる。そこで打球面を発泡ポリウレタンなどの柔らかい素材に変えたものが誕生。素材や面積はメーカーごとに様々だが、総じて複合バットと呼ばれ………。村田はそんなことを説明した。
「確かに音は抑えられるけど、飛距離は逆。めちゃめちゃ飛ぶんだわ、これ。音が〝ボコン〟て感じだから、外野手は一歩目が遅れるしな。ただ打った時の手応えも〝ボコン〟て感じなんで、俺は使わない。やっぱ〝カキーン〟て、かっ飛ばしたいじゃん?」
 石塚と玉田が「へ~」「ほ~」と大きくうなずき、宮治は残る二冊のパンフレットを開いて規格説明ページを探した。それぞれに、柔らかい素材を取り除いたバットの写真が掲載されている。
 通常の金属バットの芯にあたる箇所が大きくえぐれ、細い棒でヘッド部を支えている。棒はシンプルな円柱形もあれば、平たいものも十字形のものもある。それぞれボールに与えるエネルギーが微妙に異なるらしい。だがいずれも、ヘッドの下部が鋭くとがっている点は共通している。
「この柔らかい面で頭を殴ったら、どうなると思う?」
 三冊のパンフレットを見下ろしたまま宮治が言うと、石塚が「あ」と声を上げた。続いて玉田が「後頭部の殴打痕」とつぶやく。
「なんの話だよ」
 訊ねる村田に対し、玉田が逆に「どうなるんですか?」と訊いた。
「う~ん……柔らかいといったって、金属部分に比べれば柔らかいというだけでフニャフニャってわけじゃない。がいこつにもヒビくらいは入るんじゃないか? その奥、脳の損傷は相当なものだと思うぞ」
 村田は更に、もっと柔らかいボクシンググラブで頭部を殴られた場合でも、頭蓋骨そのものに損傷がなくても脳が重篤なダメージを受ける場合があるだろう、と例を出して説明した。
 宮治は深く息を吐き、村田に「なるほど。どうもありがとう」と礼を言った。
「後頭部の殴打痕が、この手のバットによるものってことですか? どこで気付いたんですか?」
 村田がいなくなるのを待ってから、玉田が興奮して訊ねる。
「それって、まだどこも摑んでない事実ですよね? ウチで抜くんですか? てか、抜きましょうよ」
 石塚も、興奮していた。
「すまん。俺の中でもまだ整理が出来ていないことなんだ。まとまったら、真っ先に教えるから」
 宮治はそう言うと、煙草たばこを手に席を立った。

▶#12-2へつづく
※第12回全文「カドブンノベル」2019年11月号に掲載されております。


「カドブンノベル」2019年11月号

「カドブンノベル」2019年11月号


第10・11回は→「カドブンノベル」/第 9 回以前は→「文芸カドカワに収録。


関連書籍

おすすめ記事

カドブンノベル

最新号 2019年12月号

11月10日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP