menu
menu

連載

三羽省吾「共犯者」 vol.1

【三羽省吾「共犯者」】死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 #10-1

三羽省吾「共犯者」


これまでのあらすじ

弱小週刊誌『真相 BAZOOKA』のエース記者・宮治和貴は、岐阜の死体遺棄事件を追っていた。富山県警の管理官で幼馴染の鳥内には、布村留美という女性が取調べ後に子供を残して姿を消していると明かされ、特に裏のない事件だと取材の中止を促される。さらに無関係のはずの父親からも取材を咎められ、不思議に思った宮治が問い詰めると、事件の被害者は宮治の弟・夏樹の実の親であると明かされる。

四(承前)

 二十七年前、おおがき市で八歳の男児と五歳の女児が保護された。
 二人は腹違いのきょうだいで、生まれはさいたま県だった。就学年齢に達していた兄が居所不明児童だったために、埼玉の教育委員会と児童相談所が所在を捜していた。
 父親は服役中、母親はほかの男のところに転がり込んで数日に一度しか帰宅しない状態で、アパートに放置されていた二人は、家賃の催促に来た大家によって発見された。
 母親とはすぐに連絡が取れたが、夫が服役し自分には仕事がない、経済的にも精神的にも子供を二人も育てるのは無理、しかるべき施設で預かってもらえるならそうして欲しいということを、「喜んで」「どうにでも」「シンケン親権ってなに?」「馬鹿でも分かるように言えよ」といった言葉を織り交ぜながらヒステリックにまくし立てた。
 子供達に会おうともしなかったし、二人がどこでどうしているのか気にする素振りも見せなかった。「そもそも上のガキは私の子じゃねぇし」とも言ったが、実子である下の女児は出生届すら出されておらず、無戸籍だった。
 きょうだいの身柄は、ひとまず岐阜県の児童福祉施設に保護された。
「じゃあ、そこでそのはいじまさんって人が?」
 十分ほどみやなつの話を黙って聞いていたジュリアが、たまらずという感じで口を挟んだ。
「いや、配島さんが現われたのは、俺達が福祉施設から『光の家』に移されてしばらくってからだ」
がわ県の職員なんでしょ? なんで岐阜の養護施設に?」
 古くたりの悪いそのアパートは、訪ねる度にきれいになっていた。窓や床ばかりでなく、換気扇やカランや便器まで新しいものに取り替えたかのようにピカピカになっている。
 訪れてすぐにトイレを借りた夏樹がそのことに感心すると、ジュリアは悪いことを見付かったみたいに「やることないから、つい」と肩をすくめた。
 部屋がきれいになるのと同様に、冷蔵庫の中の作り置きそうざいも来る度に増えていた。この日も、小さな食卓の上には酢の物や昆布締めなどの小鉢料理が、所狭しと並べられていた。
 ただ、ジュリアの箸はさっきから止まったままだ。夏樹はしやべりながら食べ続けていて「それ食べないなら、貰っていいか」と、ジュリアの前に置かれた野菜のよごしに箸を伸ばした。
「お前はまだ五歳だったし、なにも知らなくても無理はない。俺だって八歳だったけど、成人した頃におや……ひらつかの養父が教えてくれたんだ。配島さんは養父の元教え子で、仕事上のことで意見やアドバイスを求めることもあったみたいで」
「へぇ……」
 保護されたきょうだいの身体からだには、明らかにぎやくたいを受けているこんせきがあった。兄は左だいたいこつに骨折、妹は右半身の広範囲に火傷やけどの痕があり、どちらも医師の診療を受けず自然治癒したようだった。体重も同年代の子供と比べて二割から三割ほど軽く、ネグレクトも疑われた。
 現在であれば、両親は罪に問われるところだろう。だが二十七年前のこの件については確たる証拠がなく、当の二人が口を閉ざしてしまっている以上、警察沙汰にするのは難しかった。そして結局、二人の身柄は児童養護施設『光の家』に移され、他の入所児童と同様に扱われた。
 この頃、三十歳を過ぎたばかりだった配島は、神奈川県庁の県民局次世代育成部という部署にいた。業務上ふと感じる疑問や思い付いた改善方法を黙っていられないたちで、特に児童虐待に関することには手間も時間もいとわず、時には上司の判断を無視して個人的に動くようなこともあった。
「先見の明とでも言うのかな。当時は子供の人権なんかより養育権の方が圧倒的に幅を利かせてたのに、虐待を疑われる事案があれば親がなんと言おうと生育環境を調べ上げて、児相や家裁に乗り込むこともあったらしい。逆に訴えられるなんてこともあったみたいだけど」
 配島は児童福祉施設、児童相談所、加えて教育委員会や民生委員、家庭裁判所など、横のつながりをより密にしようと奔走し、その行動範囲は県内にとどまらず休日や有給休暇を使って他県にまで及ぶ。
 そうして二十七年前のある日、岐阜県の児童福祉施設で「ある特異な事例」として、きょうだいの存在を知ることとなる。
「特に珍しい事例というわけではなかったと思うけどな。ただ、福祉施設や児相が状況を把握した……把握せざるを得なかった、なんらかの対処をしなければならなかった事例という意味では、特異だったのかもしれない。それで、首都圏で似たような事例に対処した経験のある配島さんが、意見を求められたらしい」
 母親には二人を育てる意思がないし、別の男を作っている。父親が出所したとしても、まともな生育環境など望めない。出所して施設にり込むようなことがあるかもしれないが、決して二人を引き取らせてはならない。の痕を理由にすれば、多少の無理は通る。それでもゴネるようなら、傷害で訴えるとでも脅せばいい。あのきょうだいはなにも言わないが、兄の骨折も妹の火傷も、両親のいずれか、あるいは双方によるものと見て間違いないのだから。
 配島は、そう主張したという。
「公務員が〝脅せばいい〟はヤバいよな。けどこの判断は、今みたいに法整備が行き届いてなくて良かった部分なのかもしれない。考えようによっては、これもまた逆に先見の明ってやつかな」
 冗談めかして言ったつもりだったが、ジュリアはちっとも笑わず「それで?」と続きを促した。
 シミュレーションを繰り返し、はらくくって来たつもりだったが、いざ話し始めると夏樹は何度もちゆうちよしてしまった。
「うん、まぁ、それで結局……」
 父親の国選弁護人と家庭裁判所に事情を説明すると、両者とも配島の意見に同意した。そして収監中の父親が最も心を許していた、前回の出所時に身元引受人となった人物に頼んで、親権を放棄するよう進言して貰う。何度かの説得を要したが、最後は「子育てには金が掛かるんだぞ」という言葉に渋々了承したという。
「にしても、今から思えば岐阜の児相も福祉施設も『光の家』も、過剰な反応だったような気がするけど」
 その後の半年で兄は二回、妹は三回、知らない人の家に週単位で預けられる。普通の家庭環境に慣れる為のいわゆるお試し外泊だが、二人の外泊回数は他の児童と比べて圧倒的に多かった。施設にいる様々な事情を抱える子供達の中にあって、自分達は特別扱いをされたのだと今になって兄は思う。
「特にお前は六歳未満だったから、特別養子縁組をする為に急いだんだろうな。それから、これは配島さんの考えかどうか俺には分からないけど……」
 夏樹はそこで言葉を切り、湯飲みに手を伸ばした。空であることを示すように軽く振ると、ジュリアはかたわらのポットから急須に湯を注いだ。
 妹は、彼女がどういう状況下で育ったのか詳細を知らないやまたかおか市の夫婦と特別養子縁組をした。一方の兄は逆に、事情をよく知る神奈川県平塚市の夫婦と普通養子縁組をした。
 当時、二人は八歳と五歳。大人達から見れば、五歳児ならば自分がなにをされたのかほとんど記憶に残っていないという判断だったのかもしれない。
「そもそもだけど、なんで今になってそんな話を?」
 止めていた箸を食卓に置いてしまい、ジュリアは膝を抱えて前後に揺れていた。
 夏樹は急須に手を伸ばし、自分の湯飲みに薄くなった番茶を注いだ。
「そんなの、今更じゃない?」
 答えない夏樹に、ジュリアがたずねた。少し怒気がこもっている。
「気を悪くしたなら謝る。けど、お前はまだ幼かったし、ご両親も詳しいことは知らないって聞いてたから。こういう経緯、お前も知っておきたいことじゃないかと思って」
 夏樹のその言葉に、ジュリアは少し考えてから「そうだね、ごめん」と謝った。
 きょうだいが別々の養家に引き取られ最初にされたことは、ファーストネームを変えることだった。現在では比較的普通と言われるような名前かもしれないが、妹のじゆ、兄のおんという名前は当時としては目立つものだったし、元の両親が二人の居場所を捜す手掛かりにする危険性もあった。
 樹里亜は、高岡の養父母によってと名付けられた。礼音は平塚の養父母に夏貴と名付けられそうになったが、九歳になったばかりだった彼は「貴」という字は「樹」にして欲しいと、引き取られて初めての自己主張をした。
「名前といえばついこの間、気が付いたよ。ほんの数ヵ月しか過ごしてないけど、『光の家』はお前にとって初めての安息の地だったんだよな」
 今回はちっとも笑わせようとしていなかったのだが、夏樹のその言葉にジュリアは「なにそれ」と笑った。
 夏樹も「俺の考え過ぎか?」と、微笑で返した。

>>#10-2へつづく ※8/21(水)公開
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

「カドブンノベル」2019年9月号収録「共犯者」第 10 回より
○第 1 回から第 9 回は「文芸カドカワ」でお楽しみいただけます。


関連書籍

おすすめ記事

カドブンノベル

最新号 2019年9月号

8月10日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP