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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.2

遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 真成に託された役目とは果たして――。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#80-2

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

「天のしちよう……」
 杜子春が、静かに声を発した。
 兵士たちが静まりかえる。
 七曜とは、すなわち、木星、火星、土星、金星、水星に、太陽と月を加えた、天に輝く七つの星のことだ。
「北斗の七つ星……」
 北斗の七つ星とは、すなわち北斗七星のことである。
「北斗の七つ星は、死をつかさどる星である」
 兵士や真成たちの耳に、杜子春の言葉が静かに注がれてゆく。
「木星、火星、土星、金星、水星、太陽に月──この七曜と、北斗七星のてんすうてんせんてんてんけんぎよつこうかいようようこう、これを掛けてしちしちの四十九。人が死してあの世にゆくまでの間、ちゆうにとどまるのが四十九日。したがって、我が旅の道連れは四十九人。すなわちこれは死へ向かう旅です……」
 杜子春が、兵士と真成たちを見つめている。
「いずれにしろ、人というものは、もともとこの世に生まれ落ちた時から、旅人なのです。誰もが平等に、生まれ落ちたその日から、死へ向かって旅を始めるのです……」
 杜子春は、ここで一度、言葉を止め、そこにいる者たちの心に浮かぶものを眺めてでもいるように、沈黙した。
 兵士たちも、言葉を発しない。
けんぎゆうおりひめが、年にただ一度だけ会えるのも七月七日……」
 杜子春のその顔に、一瞬、かげりが浮かぶ。
「日が翳り、月が翳る。日が闇にわれ、月が影に蝕われる。この時、人々は太鼓やを打ち鳴らし、ばく竿かんを鳴らす。これは、大きな音を出して、てんこうを追い払うためです……」
 天狗とは、かつて、羿げいの飼っていた犬のことである。
 この天狗について語るには、まず、羿とじようの物語のことを記しておかねばならないであろう。
 羿は、弓の名人であった。
 空を飛ぶすずめを弓で射て、しくじるということがない。矢を十本放てば十本、百本放てば百本、万本放てば万本全てが雀を貫いてあやまたない。
 嫦娥は羿の妻であり、ふたりとも天帝に仕える天神であった。
 ぎようという帝がいた。
 以前の王であり、ちなみに、夏とは堯の後を継いだしゆんの後の帝であるによって打ち立てられた国である。
 この堯の時、太陽は十あった。
 東の地に、そうという巨大ながあって、これに十の太陽が宿っている。この十の太陽は、いずれも天帝の子であり、毎朝、金色の三本足のからすによって運ばれ、次々に空に昇ってゆく。
 当初の頃は、空に昇ってゆく順番が決められていて、一定の秩序を保っていたのだが、この順が守られなくなり、常に天空に十個の太陽が輝くようになった。
 このため、地は焼け、かんばつが絶えず、国は疲弊した。
 このままでは作物は実らず、植物、動物に限らず、人も含めた全ての生き物がこの地上から死に絶えてしまう。
 なんとかして欲しいと堯が祈った。
 天帝は、子供たちである十個の太陽に、昔のように秩序ある運行をすることをさとしたのだが、子供たちは言うことをきかない。
 ここにいたって、しかたなく、天帝が人間の窮状を救うため、羿を地上に遣わしたのである。羿の妻である嫦娥も一緒であった。
 この羿が、天をゆく太陽を運ぶきんを九つ、九羽射落としてしまったのである。金烏を射殺された九つの太陽は、いずれも地に落ちて死んでしまった。
 もちろん堯は喜んだのだが、おさまらなかったのは天帝である。
「何も我が子たちを殺すことはあるまい。金烏の翼を射て脅してやれば、もとのように順番を守って天へ出てゆくようになったはずじゃ。おまえたちが天へ帰ること、まかりならぬ──」
 このため、羿と嫦娥は天へ帰ることができなくなり、地上に残ったのである。
 羿は、地上で人として暮らすことに喜びを覚えたのだが、嫦娥は違った。
 思うのは、天上での楽しい暮らしのことばかりで、毎日、ふさぎ込んでいる。
 ある時、嫦娥は次のようなことを口にした。
「ねえ、あなた、西のこんろんさんに住む西せいおうさまなら、不老不死の薬を持っているというから、なんとかそれを手に入れてきてちょうだい。その薬を飲めば身体が軽くなって天へ昇ってゆくこともできるという話だわ」
 そこで、羿は崑崙山まで出かけてゆき、西王母に会って、不老不死の薬をもらって帰ってきたのであった。

つづく 

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「カドブンノベル」2019年9月号収録「蠱毒の城――月の船――」第 80 回より


カドブンノベル

最新号 2019年10月号

9月9日 配信

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