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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.19

【連載小説】遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 殺し合いを生き抜いた真成に次なる指令が下される。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#91〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

遣唐使の井真成は、閉ざされた城内での殺し合いに参加する。そこで椿麗、毛天籟、夢蘭、黄雲雕の仲間を得、立ちはだかる敵・銭惟演を打ち破る。殺し合いの後、杜子春と呼ばれる青年が現れ、真成ら生き残った十二名を含む四十九名で旅に出ると告げる。真成は、城内でかつて人間を贄に使った蠱毒という呪法が行われたこと、自分たちの殺し合いもまた蟲毒であったことを知る。やがて、出発の朝を迎えた。目的地を告げられぬまま、一行は旅立つ。

十九章 旅する死者

(一)承前

 一行は、北上し、すいへ出た。
 その後は、渭水の流れに沿って東へ向かった。
 これは、ちようあんからやってくる時に使った道である。このままずっと東へ向かえば、やがて長安に着く。
 長安にもどるのか?
 誰もがそう考えた。
 しかし、そうではなかった。
 四日目に、南から流れてきたせいきようが、渭水と合流する所までやってきて、そこから右手へ折れたのである。清姜河の右岸を──つまり、清姜河を右に見るかたちで、上流方向へ南下したのだ。これで、長安へは向かわないということがわかったのだが、では、どこへゆこうとしているのか。
 右手へ折れて、清姜河沿いに歩きはじめた途端、前方に大きな岩山が見えてきた。
 どうやら、しゆんは、その岩山に向かって進んでゆこうとしているらしい。
 山肌の途中までが森で、しばらく森が続き、その森が途切れたところから山頂までは、き出しの岩だ。山というよりは、巨大な岩がそこに転がっていて、その裾野が森になっているようであった。
 山腹の途中からは、傾斜が急になり、岩の急斜面では岩の透き間に根を生やしてしがみついている松などのが、ところどころに生えているだけである。
 異様であったのは、その山が、頂から、ふたつに裂けていることであった。
 岩山がふたつに割れており、その間は、切り立った岩壁であり、裂け目の下方には森が侵入していた。
 歩いてゆく道の左右には畑があり、あちこちに家があって、畑の横にも、家の周囲にも樹が多かった。
 右手に広がる畑と森の向こうが、清姜河であると見当がつくが、流れの水のおもてが見えているわけではない。畑の面より、河の水面の方が低いのである。
 ほどなく、森の中に、大きな屋敷があるのが見えてきた。
 土塀に囲まれた広い敷地の中に、いくむねもの瓦屋根が見えている。
 東の壁に、門があった。
 門の前まで進んだ時、先頭にいたちんはんれいが、馬を返して、
「追って沙汰をする。おまえたちは、ここでしばらく待て──」
 そう告げた。
 陳範礼、とうせいはくえいしん、杜子春が、馬に乗ったまま門の中へ入ってゆく。
 そのまま、しんせいたちと三十三名の兵士たちは、門の前で待った。
 しかし、すぐに沙汰は下されなかった。待つうちに、門の中から、白英信が出てきた。すでに馬から降りており、であった。
「いいぞ、入れ」
 門の近くにいた真成たちが、先に門の中に入った。
 後から、三十三人の兵士たちが入ってくる。
 真成たちは、近くにいた者から順に、それぞれに入っていったのだが、兵士たちは隊列を崩さない。
 兵士たちが後から入ったのは、もちろん、真成たちの誰かが逃げ出さぬよう見張るためである。
 門をくぐった時、
 くくくくくっ……
 きききききっ……
 という、何かの笑い声のようなものを、真成は耳にした。
 来た……
 来たぞ……
 待ったぞ……
 百年?
 五百年……
 千年!
 ついに……
 ついに……
 それは、かすかで、顔に吹いてきた風がのうぶ毛をそよがせる音と聴きわけられぬほどの、小さな声であった。
 しかし、真成は、確かにその声を聴いたように思った。
 だが──。門をくぐって数歩ゆくと、もうその声は聴こえなくなった。
 椿ちんれいを見やった。
 今、何か聴こえなかったか──
 視線でそう問うたが、椿麗は、
 どうしたの?
 そういう顔をしただけだ。
 こううんちようぼうらんもうてんらいにもかわった様子は見られない。
 すると、自分の気のせいであったか。
 いや、気のせいですませられるようなものでないことはわかっていた。すでに、この旅では、人の想像を超えた出来事に多く出会っているからだ。
 門をくぐった先に、広い庭があった。
 どこからか水を引いているのであろう。池があり、樹が生えていて、奥の方には畑らしきものまで見えた。
 木造土壁の建物があり、その前に、四頭の馬がつながれていた。
 杜子春たちの乗っていた馬とわかったが、彼らの姿はない。
 全員が門内に入ったのを確認して、
「今夜の宿はここだ」
 白英信が、声をかけてきた。

▶後編につづく
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