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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.12

遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 真成に託された役目とは果たして――。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#86〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※この記事は、期間限定公開です。

>>前編はこちら

 この城、広さから考えて、住人は、千人、一万人ではなかったはずだ。数万人はいたことであろう。
 その住民を蟲として、蠱毒をここでやったということか。
 馬鹿な。
 それだけの人間を、ここで戦わせ、互いに啖いあわせたというのか。
 いったいどうやって──
「何のために!?」
「さあねえ……」
 杜子春は、首を小さく傾けたが、まだ、その眼にも口元にも微笑が残っている。
「何のためなんだろうねえ……」
 ここで、真成は気づいた。
「おれたちもか。おれたちが、この城の中でやらされたことも、その蠱毒という呪法のためなのか?」
「──」
「あんたか、あんたがやらせたのか、杜子春。い、いや、あいつだ。あの、ふくげん──おまえ、李復元を知っているんだろう。あいつだな。あいつがやらせたんだ。こんなことを。そうじゃないのか!?」
「そういうことになるんでしょうねえ」
「何者だ。何者なんだ、あいつは。あんたなら知ってるんじゃないのか」
 真成の脳裏には、あのしわだらけの、年齢すらさだかでない老人の顔が浮かんでいた。
「李復元──あのじじいのことなら、むろん、知っていますよ」
「いったい、どういうやつなんだ。あいつは!?」
「哀れな老人ですよ、あの李復元は──」
 杜子春は、不快そうに、その言葉を吐き捨てた。
「この世の不幸と権力を持っている。けれど……」
「けれど?」
「あいつが持っているものは、全て金で買えるものばかりだということです」
「金!?」
「幸福も、不幸も、人の命でさえ、あいつが持っているものは、いずれも金で買えるものばかり………」
 口の中にあるけがらわしいものを吐き出すように、杜子春は言った。
 さらに問おうとする真成の言葉を遮るように、
「陳範礼よ、見つかりましたか?」
 杜子春が問う。
「まだです。おそらくは、神女像のすぐ下あたりであろうと思っているのですが……」
 陳範礼が答える。
「では、すぐにその作業にとりかかりなさい──」
 杜子春が言うと、
「さっき、見当をつけておいた場所だ。そこを掘るんだ!」
 陳範礼が、そこにいた兵士たちに命じた。
「はい」
 兵士たち五人がすぐにうなずき、手にくわすきを持って、まだ手つかずであった、神女像の載せられた台座のすぐ手前の石畳を何枚かひっくり返して、そこを丁寧に掘りはじめた。
 そこからも、幾つもの人の骨が出てきた。
 しばらくすると、
 かつん、
 と、鉄の鍬の刃先が土の中で何かにぶつかる音がした。
「何かあります!」
 その鍬を握っていた兵士が声をあげた。
「慌てるな。丁寧に掘るんだ」
 はくえいしんが言う。
 真成は、鍬が掘り下げてゆく刃の先を見つめている。
 いったい、そこから何が出てくるのか。
 鍬が、丁寧に土をのけてゆくと──
 見えた。
 鍬の刃がのけた黒い土の中に、鮮やかな青い色が見えたのだ。
「これですか!?」
 鍬を握っていた兵士が言った。
「そうだ。あとは手で作業しろ」
 陳範礼が言うと、その兵士は鍬を捨てた。
 もうひとりの兵士も鍬を横に置いて、素手で、直接、湿った土をきのけはじめた。
 ふたりの兵の手作業で、だんだんと土がのけられ、その下にあった青いものが姿を現わしてゆく。
 幼児の見る夢に出てきそうな、澄んだ青い色──
 掘り出してみると、それは、高さが一尺余りの、青い壺であった。
「そうです。それを我が手に──」
 杜子春が、穴の縁から両手を伸ばす。
 その手に、青い澄んだ空の色をした壺が渡された。
 その上に、同じく青い色の蓋が載せられていた。蓋には、持ちあげやすいように、小さな大豆ほどの大きさのがついていた。
「おう……」
 杜子春が、声をあげた。
「ついに、ついに、ようやくこの壺を手に入れた」
 感極まった表情が、その顔に浮いていた。
「その中に、何が入ってるんだい」
 真成が問う。
しるべじゃ」
 そう言ったのは、とうせいであった。
「これが、我らを目的の地まで運んでくれるのだ」
 杜子春が言う。
 そうして、杜子春は、その壺を抱えて、頭よりも高い場所まで、それを持ちあげたのであった。

#87(前編)につづく
◎第 86 回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


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