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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.16

遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 真成に託された役目とは果たして――。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#89〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」


前回までのあらすじ

遣唐使の井真成は、閉ざされた城内での殺し合いに参加する。そこで椿麗、毛天籟、夢蘭、黄雲雕の仲間を得、立ちはだかる敵・銭惟演を打ち破る。殺し合いの後、杜子春と呼ばれる青年が現れ、真成ら生き残った十二名を含む四十九名で旅に出ると告げる。真成は、城内でかつて人間を贄に使った蠱毒という呪法が行われたこと、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったことを知る。旅への出発前夜、皆が寝静まった中で、真成は椿麗に声を掛けられる。

十八章 不死王

(一)承前

 しようくんは、おそろしく長生であった。
『史記』は、次のように記す。

  の時、李少君有り。またそうこくどうきやくろうの方を以てしようまみゆ。上これたつとぶ。

 李少君は、祠竈、穀道、卻老の術に通じていたというのである。
 祠竈というのは、かまどの神をまつって福をまねくことである。穀道というのは、穀を断つ、つまりこくを食さず、健康を保つ術のことだ。卻老というのは、歳月を重ねてもとしをとらぬ術のことである。
「齢は七十である」
 常にこのように言っていたという。
 鬼神を使い、その方術は広く諸侯の知るところであった。
 かつて、あんこうでんぷんの酒宴に列席したおり、そこに九十歳になる老人がいた。
 この老人に向かって、
「わしは、その昔、あんたのじいさんとよく狩に行ったもんだよ」
 そう言って、狩をした場所のことを、これこれのところであったなあ、と細ごまと語った。
 老人は、祖父に連れられてよくその場所へ出かけていたので、李少君の言っていることが噓ではないことがわかったので、これにはおおいに驚いたという。
 そうして、いよいよ李少君と武帝は出会うことになる。
 出会ったおり、武帝は、古い銅器を持っていたので、これを李少君に見せて、問うた。
「これを何と見る」
「この銅器、わたしの記憶によりますれば、せいかんこうが、その十年に、はくしんだいに陳列せしものでありましょう」
 その後、この銅器の刻文を細かく調べてみると、はたしてその通りであったという。
 このことについては、

  一宮ことごとおどろき、少君を以て、しんにして数百歳の人なりとす。

『史記』はこのように記している。
 李少君は言う。
かまどをお祀りになれば、鬼物を招致することができましょう。鬼物を呼ぶことができれば、丹砂を化して黄金に変えることもできましょう。この黄金で器を作り、これで飲食すれば、寿命をのばすこともできます。さすれば、海中にあるほうらいの仙人とも会うことができましょう。仙人と会ってほうぜんを行なえば、不死を得ることもできましょう。まさにこうていはかつてこのようにして不死を得ました──」
 さらに李少君は続ける。
「私は、その昔海上に遊び、あんせいと出会ったことがございます。その時、安期生はおおきな爪のごとなつめを食べておりました。安期生は仙人で、蓬萊中を自由に行き来しております。気が合えば人に会い、合わねば会いません」
 これを聞いた武帝は、自ら竈の神を祀り、方士を海へ使わして、蓬萊に安期生を探させたのだが、見つけることはできなかった。
 李少君が病で死んだ時、武帝はこれを信じなかったという。
「李少君はきよして仙人となり、天へ昇ったのである」
 念のため、死後、しばらくしてからひつぎをひらいてみると、中にはただ衣冠のみがあったと『かんじよきよ』は記している。
 この後も死ぬ間際まで、武帝はあわれなほどに不死を求め続けている。
 多くの方士と会い、その言を信じ、不老不死をようとして、ることができなかった。
 それが、『史記』にはしつこいくらいに延延と書かれている。武帝のことを記述した「孝武本紀」には、この皇帝がどれだけ激しく不死を求めたか、そのことしか記されていないと言っていい。
『史記』という書全体を見渡した時、その意味において、この「孝武本紀」は、一種の奇観である。風景として異様なのである。
 武帝に近づいてきたあまたの方士たちは、神人を祀ったり、海に入って蓬萊を求めたりしたが、誰ひとりとしてそれを手に入れてもどってきた者はなかった。

  天子、ますます方士のかいたいえんす。しかれどもついして絶たず。

 武帝は方士たちの奇怪な物語をうとましく思うようになったが、不死への思いを断ち切ることができず、
しんはんことをこひねがう
 と『史記』にある。
 それで、ますます、武帝に神を祀ることを言ってくる者たちが増えたというのである。

  然れどもしるしし。

 しかしながら、その効果がなかったことはすでにみた通りである──『史記』はあっさりと、そう断じている。
 七十一歳という年齢で、武帝は死んだ。
 この時期、世界一の権力を持っていた男が、不死を求めてそれを得ることができなかったのである。

後編につづく
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