menu
menu

連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.15

遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 真成に託された役目とは果たして――。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#88〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

>>前話を読む

 仙人──時には神仙、しんじんとも呼ばれる。
 仙人になれば、この天地とよわいを等しくし、雲に乗り、天界に遊び、老いることなく永遠に生きることができると考えられていたのである。
 では、仙人になるためにはどうしたらよいのか。
 ある書によれば、方法は、三つ、あると言われている。
 それは、
 天丹法──
 地丹法──
 人丹法──
 の三つである。
 天丹法というのは、呼吸とめいそうにより、天地の気を体内に取り入れ、しようしゆうてんというやり方によって、背骨にそって存在する気道にこの気を送り込み、体内を循環させて、七つある気の中継点、上から順に、でいがんいんどうぎよくちんたんちゆうきようせきたんでんを活性化させる方法である。
 天竺ではヨーの技法において、この七つの中継点はチヤクラと呼ばれ、その七つの部位にはやはり名がつけられており、上から順に、サハスラーラ、アジナー、ヴィシュッダ、アナハタ、マニプーラ、スワディスターナ、ムーラダーラと呼ばれている。
 地丹法というのは、食事──つまり食べものによって、自分の肉体を制御し、仙人となる方法である。
 人丹法というのは、別の呼び方をすれば、房中術のことである。
 異性とまぐわうことによって、つまり性交をすることによって、相手の陽気を吸収し、その陽気をめて仙となる技術のことである。
 これもまた、天竺の左道密教の中に、同様の技法が存在する。
 さらに記しておけば、中国には、れんたん術と呼ばれるものもある。
 この煉丹術、大きく分ければふたつの技法があり、それぞれ、ないたんほうがいたんほうと呼ばれている。
 内丹法は、天丹法とほぼ同様で、呼吸や瞑想により、身体からだの中にきんたんと呼ばれる不死の仙薬を作る技術のことである。
 外丹法というのは、水銀や薬草などを使って仙薬を作り、これをむことによって仙人となる法──技術のことである。
 人はこれらの法や技術によって仙人となるわけだが、その仙人にも、位がある。大きくは三つに分けられており、
 てんせん──
 せん──
 かいせん──
 がそれである。
 このうちの、最も上級なものが天仙であり、これはつまり、生身の肉体を有したまま、仙人となり、虚空を飛び、雲に乗って天に遊び、永遠の命を持つ存在である。
 地仙は、天に昇ることこそできないものの、やはり生身の肉体を有したまま仙人になったもので、その肉体は不死となっている。
 一番位が落ちるのが、尸解仙である。
 生きた生身の肉体を有したまま仙人になれずに、死してその魂のみが仙人となったものが尸解仙である。尸解仙となった後は、死体が地上に残ることになるが、これは、言うなれば脱けがらであり、死体とは別ものであるということになっている。
 いずれにしろ、仙人になりたい者は、何らかの修行なり努力なりの末に、その結果を得ようとしたのである。
 しかし──
 歴代の王たちは、自ら修行をせず、仙人になろうとした。
 仙人を探し出し、その仙人から仙薬をもらいうけて、その仙薬を吞むという方法──つまりは外丹法によって仙人になろうとしたのである。
 そのひとりは、漢の七代皇帝、ていである。紀元前一五六年に生まれ、前一四一年から前八十七年まで在位した。神仙道を信じ、人を使って不死となる法を求めさせたが、結局、仙人となることができずに、紀元前八十七年に七○歳で没した。
』を書いたせんは、武帝の時代を生きた人物であり、若い時には諸国を旅して回り、武帝との関係も浅くなかった。神仙思想にとりつかれた武帝が、ほうぜんの儀式をとりおこなった時にもこれに同行している。たいしよ元年に太初暦を制定したおりにも司馬遷は中心的役割をにない、二十四節気をこれに取り入れることになったのも、彼がいたからこそ実現したと言っていい。司馬遷が、大著『史記』を書き出したのもこの太初元年であった。
 司馬遷の友人で軍人であったりようが、漢の敵であるきように降伏した時、武帝は激怒した。そして、李陵の一族は、全員が武帝の命によって処刑されてしまうのである。誰もかばう者がいない中で、ただひとり、司馬遷だけが李陵を擁護したのだが、これが武帝の怒りを買って、司馬遷は宮刑に処せられてしまった。宮刑──腐刑とも呼ばれる、男根を取りのぞかれてしまう刑のことだ。
 司馬遷が自ら死を選ばなかった理由は、ただひとつ、『史記』を完成させるという仕事があったからである。
 その司馬遷が、『史記』の「武帝紀」を記す際、次のような一文から始めているのは、武帝という人物について考える時、何かの指針となるであろう。

武帝は即位したそのはじめより、はなはだうやうやしく鬼神のおまつりをした。

 武帝は、この世に怪異のあることを信じ、不死なる者のあることを信じていたのである。
 げんてい四年(前一一三年)に武帝のつくった「しゆうふう」という詩がある。

秋風起って 白雲飛び
草木黄落して 雁南へ帰る
蘭に秀有り 菊に芳有り
佳人をおもうて 忘るるあたはず
樓船を浮べて 分河をわた
中流に横たはりて 素波を揚ぐ
簫鼓鳴りて 棹歌を發す
歡楽極りて 哀情多し
少壯幾時ぞ 老いを奈何いかんせん

 この時、武帝、四十四歳。
 栄華のただ中にあって、忍びよる老いと死を、その身に深く感じていたのであろう。

 さて──
 ここに、煉丹術の大家にして、自ら仙となった、しようくんと呼ばれる人物がいる。
 自分で仙薬を作り、それを吞んで仙人になったとも、鬼神を使役することによって若がえったとも言われていた。
 この李少君、武帝と同時代の人間であり、武帝とは浅からぬ縁を結んだ人物であった。

#89につづく
◎第 88 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年4月号

「カドブンノベル」2020年4月号


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年6月号

5月10日 配信

怪と幽

最新号
Vol.004

4月28日 発売

小説 野性時代

第199号
2020年6月号

5月12日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP