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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.20

【連載小説】遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 殺し合いを生き抜いた真成に次なる指令が下される。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#91〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

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(二)

 大きな屋敷であった。
 まだ、真成はその全貌を見たわけではないが、屋根の位置などから、多少の想像はできた。
 敷地の中央のやや北よりに寝殿があり、そこに繫がって、東の対、西の対、ふたつの棟がある。東門から入った真成たちが正面に見たのは東の対の建物ということになる。
 寝殿のさらに北側に北の対があり、南側には池がある。
 東の対、西の対の建物から、それぞれ南に、両腕をさしのべるように塀が伸びていて、池の半分を、その両腕の間にはさんでいる。
 他に、馬や牛を入れておく小舎もあり、この屋敷で働く者たちが住むための棟が幾つか。
 さらに、北の対の東に、何をまつっているのか、堂のようなものまであった。
 真成たちには、ひと棟があてがわれた。
 建物の内部は、全て土間になっていたが、屋根と壁はあった。
 部屋の隅に、大量の乾いたわらが置いてあったので、それをしとねとせよということらしい。
 陳範礼が気を使ったのか、その建物に入ったのは、真成、椿麗、夢蘭、天籟、雲雕の五人であった。
 他の七名は、隣りの棟に入った。
 兵士たちは、池の周囲に天幕を張り、その中で休むことになったが、半数近くは外で眠ることになった。
 城の中で、互いに殺しあった真成たちが優遇されているのか、あるいは逃亡せぬようにするためか、それはわからない。おそらくは後者であろう。
 食事は、兵士たち自身が荷馬車と牛車で運んできたものを、調理して食べる。旅の間にそうしてきたのと同じやり方であった。
 屋敷から料理が出されたり、もてなされたりするわけではない。
 兵たちに指揮をしているのは、白英信で、陳範礼は時おり顔を出すだけで、すぐに屋敷の奥にひっこんでゆく。
 杜子春と蘇東成は、奥に入ったきり、外に出てこようとしない。屋敷の門をくぐってから、ふたりは、真成のに留まる場には一度も姿を現わしてはいなかった。
 おそらく、杜子春、蘇東成、陳範礼の三人は、屋敷のどこかに、自由にくつろぐための部屋を用意されているのであろう。
 ここにいる間に、わかったことがあった。
 それは、この土地の名である。
 じようよう──というのが、この土地の呼び名で、向こうに見えている山が、常羊山だった。
 兵士たちの誰かが、この屋敷の使用人に会った時にたずねて、教えてもらったらしい。
 それを、誰かに語ったのが広まって、真成たちの耳にも届いたのである。
 わかったことが、もうひとつあった。
 それは、この屋敷のあるじの名である。この屋敷の当主は、名をきようげんめいというらしい。どのような人物で、いったいどうしてここにこのような屋敷を構えているのか、そこまではまだ明らかになっていない。
 真成が呼ばれたのは、食事が済み、五人であてがわれた建物の中にもどって、それぞれが耳にした、土地のことや屋敷のことについて、皆で話をしている時であった。
 建物の中央に、石で囲って炉を作り、その炎を囲んで、食事の時に耳にしたというこの土地の名と、当主の話を天籟が語り終え、その後、
「姜玄鳴、何者だい、そいつは──」
 黄雲雕が、天籟が口にしたこの当主の名を、もう一度繰り返した時、建屋をおとなう者があったのである。
 最初にその気配に気づいたのは、椿麗であった。
「誰か来たわ」
 椿麗が言った。
 それで、皆が口をつぐんだ時、
「真成、いるか」
 そう声がかかって、陳範礼が入ってきたのである。

(三)

 真成がその部屋に入ってゆくと、酒の匂いがした。
 卓を囲んで、四人の人間が、酒を飲んでいたのである。
 一番奥の、北側の椅子に座しているのは、老人であった。
 髪もひげも白い。
 八十歳ほどであろうかと思われた。
 すでに、外は暗くなっている。
 西の空に、ほんのりと明りが残っているだけだ。
 そのため、部屋にはあかりがともされていた。
 人の背丈ほどの燈台が四本立てられ、それぞれに灯りが点されている。
 老人の顔のしわは深く、燈台の灯りも、その皺の間にまでは入ってゆかなかった。
「真成を連れてきました」
 陳範礼が言った。
 そこにいた四人全員の視線が、真成に集まった。
 奥に座した老人の左──西側の椅子に座しているのが、杜子春である。
 南側の椅子に座して、身体からだをねじり、後方を見ているのが、蘇東成だった。
 東側の椅子に座して、右手に玉の杯を持って真成を見ているのは、四十代後半か、五十代になったばかりと見える、黒い髭を蓄えた男だった。
 この男と、老人が、真成とは初対面であった。
「正面におられるのが、この常羊を差配なさっている姜玄鳴さまじゃ」
 陳範礼が言った。
 さっき、聞かされたばかりの名であった。
 老人──姜玄鳴は、顎を小さく引いて、無言でうなずいた。
「そこにおられるのが、三男のめいさまじゃ──」
 黒髭の男は、杯を持っていた右手を軽く持ちあげて、
「姜亀鳴だ」
 そう言ったのである。

▶第92回(前編)につづく
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