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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.1

【カドブン連載第1回 夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」】遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 真成に託された役目とは果たして――。

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」


これまでのあらすじ

遣唐使の井真成は、黄金の杯を奪い合う殺し合いに参加する。真成は椿麗、天籟、夢蘭を仲間にするが、椿麗が攫われてしまう。その首謀者・銭惟演は奇妙な神女像を信仰していた。真成は、鼠公と名乗る鼠が呼び出した黄雲雕と共に椿麗を救出し、神女の館に向かう。そこに銭惟演も現れるが、雲雕の剣でついに息絶える。そして、殺し合いは終わりを迎えるも、生き残った十二名に、闘いの主催者・陳範礼は、三日後に現れる“あの方”を待つように告げる。

   十五章 杜子春とししゅん

(五)承前

 三日目の朝食をすませ、しんせいたち五人は、草の上に座って休んでいた。
 休むとはいっても、この後何があるのか知らされているわけではない。真成の緊張は、持続している。
 身体からだの疲れも、残っている。
「今日が、ちんはんれいの言っていた三日目だな……」
 思い出したように、こううんちようが言った。
「そうだな」
 てんらいがつぶやく。
〝三日後には、あの方がおいでになる。それまで、ゆっくり休め……〟
 陳範礼がそう言ったのは、三日前だ。
 その言葉は、真成も覚えている。
 これまでも、何度か、真成たちの間で〝あの方〟のことは話題になっている。
〝あの方〟がやってきたら、また何か始まるのだ。
 それは、真成たちだけでなく、生き残った者たちほぼ全員が、口にはせずとも確信していることであった。
「夜、馬でも奪って逃げるかい?」
 雲雕が声をひそめてつぶやき、心の中をうかがうように皆の顔を眺めた。
 その言葉に、誰も答えなかったのは、
「集合、集まれ!」
 兵士の叫ぶ声が聴こえて、どうが大きく打ち鳴らされたからであった。
「集まれ、急げ!」
 真成が立ちあがり、椿ちんれいが立ちあがり、全員がそこに立ちあがっていた。
 銅鼓が打ち鳴らされているのは、あの天幕の前であった。
 金糸銀糸で飾られた、あの大きな天幕の前だ。
 生き残った者たちだけでなく、それぞれに作業をしていた兵士たちや、下僕たちも集まってゆく。
 全員が、そこに集まった。
 兵士たちの集団と、十人に余る下僕たち、そして、城での闘いで生き残った者たちが、それぞれに分かれて集まった。
 その集団の前に、三人の人間が立っていた。
 陳範礼、とうせい、そして、今号令をかけた兵士──はくえいしんであった。
「今朝、未明に、お着きになった……」
 陳範礼が、皆を見回しながら言った。
〝お着きになった〟
 というのは、もちろん〝あの方〟のことであろうと思われた。
「開けよ」
 陳範礼が言うと、白英信が、
「はっ」
 と頭を下げて退がり、天幕に駆け寄った。
「お開けいたします」
 中に向かって声をかけ、天幕の扉を引き開けた。
 その中からあらわれたのは、場違いなほど着飾った女であった。
 頭からは薄物をかぶり、のものと思われる衣装を身につけていた。
 首からは、ラピスラズリを金細工で囲んだ飾りを下げ、左右の手首には、金の腕輪を幾つもめ、それぞれの腕輪には、トルコ石、エメラルド、サンゴなどの、種類の違う宝石を嵌め込んでいた。
 ほう……
 というめ息が、集まった者たちの間かられた。
 その女が、扉から半歩出たところで、後方を振り返り、右手を中に差しのべた。
 その手を、中から握ってきた手があった。
 女にうながされ、天幕の中から、ひとりの男が出てきた。
 まばゆいほどの、白い装束に身を包んだ男であった。
 それは、ふくであった。
 穿いているのは、胡人のズボンであり、足には長靴を履いていた。
 左の腰に、宝石をちりばめた剣を下げている。
 若い。
 長い黒い髪を、頭の後ろにまわし、赤いひもで束ねている。
 腰のベルトは、革だ。
 その革が、金で飾られている。
 年齢は──
 二十五、六歳であろうか。
 女をそこに残し、男は前に歩んで、陳範礼の横に並んだ。
 晴ればれとした顔で、一同を見回し、天を見あげた。
 青い空を、一片の雲が悠々と動いている。
 異様な静寂が兵士たちを包んでいた。
 その時──
 男が、足を踏み出した。
 一歩。
 天へ向かって。
 まるで、そこにに見えぬきざはしがあるかのように、宙に男の身体が浮きあがる。
 兵士たちの間に、どよめきが沸きあがった。
 一歩。
 もう一歩。
 また一歩。
 天に動く一片の雲に向かって、男の身体が登ってゆくのである。
 空中に、男が止まった。
 風が、男の着ている白い胡服をなびかせる。
「杜子春さまである」
 陳範礼が言うと、兵士たちの間から、
「おおう」
 という声があがった。
「我らの真のあるじぞ!」
 陳範礼が声を大きくすると、
「おおおおお」
 と、兵士たちが、ほとんど叫び声と同様の高い声をあげた。
「我らは、これから旅に出ねばならぬ」
 陳範礼が、さらに声を大きくする。
「地のいやはて、時の弥終への旅ぞ」
 兵たちが、
 おう、
 おおう、
 ほおおう、
 と、声をあげる。
「危険な旅じゃっ!!」
 おう、
 うおおおう、
 兵たちが叫ぶ。
生命いのちを賭けよっ!」
 おうっ!
 おうっ!
「よもや、これから逃げようとする者はあるまいなっ!!」
 ござりませぬ。
 逃げるものか。
「生命を捨てよっ!!」
 捨てます!
 捨てます!!
 捨てます!!!
 狂信的な、絶叫に近い声であった。
「ゆけるのは、総勢で、四十九人!」
 陳範礼が叫ぶと、
「なんと……」
「なんと……」
 がっかりしたような声が洩れる。
 杜子春は、上から兵士たちを見下ろしながら、満足気な笑みを浮かべ、ゆっくりと宙を踏みながら地上に降り立った。

>>第 2 回は、8/27(火)公開です。
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

※本記事は、「カドブンノベル」2019年9月号に掲載された「蠱毒の城――月の船――」第 80 回を分割して転載したものです。


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8月10日 配信

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