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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.17

遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 真成に託された役目とは果たして――。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#89〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

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(二)

 ここに、えいせいという男がいる。
 武帝が生まれたのより、一〇三年前に、この世に生を受けた人物だ。
 中華のほぼ全てを統一してのけ、紀元前二二一年に全中華の王となって、始皇帝を名のった人物である。
 この始皇帝も、不死を願い、これを求めた。
 そのこと、武帝に勝るとも劣らない。
 このふたりに共通していることと言えば、ふたりとも、その生涯の前半においては、冷静な思考ができたということだ。民を苦しめるということはあったとしても、歴史的に見て大きな仕事を成しとげている。これは、両名がある程度の客観性をもった判断や政治的な行動ができたということを意味する。だが、その生涯の後半において、不死というものに焦がれる余り、奇怪な説やあやしげな方士たちに、ふたりともその精神を死ぬまで振り回されてしまった。
 始皇帝は、中華を統一しただけでなく、万里の長城を築いたり、度量衡を定めたりと、王として歴史に刻まれるべき幾つかの大きな仕事をしているのだが、すでに記したように、生涯の後半は不老不死という幻想に惑わされた。これについては、始皇帝は、ふたつの事業を行なっている。
 ひとつは、生前から工事が始まっていた始皇帝陵の建設である。
 もうひとつは、じよふつという方士を使って、不老不死の仙薬を求めさせたことである。どちらにも、国家予算のかなりの額をさき、始皇帝陵建設では、人民に強制労働をさせたため、民は疲弊し、十軒ある家のうち、七軒までは逃げ出して、国が滅びるもとを作ってしまったと言える。
 同様に人民に強制労働をさせた万里の長城の建設について言えば、きようから国を守るという大義があったが、不老不死の仙薬探しと陵墓の建設には、大義がない。
 極論を言ってしまえば、始皇帝の不死への憧れが、秦という国家を滅ぼしてしまったと言えるかもしれない。
 このふたつの事業以外にも、真人(仙人)と出会うため、他人から姿を見られぬよう、特別な自分のためだけの専用通路なども、始皇帝は造っているのだが、ここでは始皇帝陵と不死の仙薬探求について触れておきたい。
 始皇帝陵の建設が始まったのは、始皇帝がまだ生きている時、始皇帝が秦王に即位した前二四七年のことである。このこと事体は、寿陵といってよくあることで、珍らしいことではない。
 ただ、その規模と内容がすさまじかった。
『史記』は記す。

  始皇、初め位にくや、ざん穿うがち治む。天下をあわすに及びて、天下の徒のそうけいする者七十余万人なり。三泉を穿ち、銅を下にしてかくを致す。宮観百官、ちんかい、蔵をうつしてこれに満たす。たくみをしてを作らしめ、穿ち近づくところの者あらば、すなわちこれを射る。水銀をもって百川・江河・大海をつくり、もてあいかんす。かみは天文をそなえ、下は地理を具う。人魚のあぶらをもってしよくとなす。えざることこれを久しくするをはかればなり。

 この陵墓をつくるのに、徒刑者七十余万人が使役された。水脈を三層掘りぬいて、その下に墓室が設けられ、銅を敷きつめた上に棺が安置されたというのである。
 さらに百官の席を設け、運んできた様々な珍奇な器物でここを満たし、墓をあばかれぬよう、匠に命じてからくりじかけの弩矢で侵入者を射るようにした。つかの天井には天文を描き、下には地上を再現した。百川、江河、大海を作り、ここに水銀を満たし常にそれが巡るようにした。人魚の膏を燭にして坑内を照らし、永久に消えぬようにした。
 始皇帝は、死後もその地下において生きられるよう、地下宮殿を造ったのである。
 そして、自分を守るため、兵馬のようを作ってこれを陵の周囲に埋めた。
 空然の規模であった。
 何故水銀が使われたのかと言えば、水銀、つまりたんは、古来、不死の仙薬を作る時に欠かせぬものだったからである。
 陵墓ができあがった時、始皇帝の後宮にいた女たちで子をなさなかった者たち、そして、この工事に関わった人夫や匠たちの全ては、この陵墓にとじ込められて殺されてしまった。
 後に、陵墓の財宝は、こうによって略奪されることになるのだが、その量がまた凄まじかった。
 ほくれきどうげんの『すいけいちゆう』によれば、

  三十万人、三十日を以て物を運ぶもくすあたわざる。

 とある。
 三十万人の人間が、三十日かかって運び出したが、運び出しきれなかったというのである。
 始皇帝が、不死と死後の世界について、どれだけ執着していたかがわかる話である。
 他にも、始皇帝が不死を求めることどれだけ甚だしかったかを知るための話が『史記』には幾つも記されている。
 ここでは、斉の道士、徐市についてとりあげておきたい。
 始皇帝が、中華を統一したのは、前二二一年である。
 その翌年、前二二〇年から始皇帝は天下巡遊を始めている。始皇帝が、その奇怪なる道士、徐市と出あうのは、その翌年、前二一九年のことだ。
 場所はさんとうろうさん、東に海を望む地である。
 ここにいる始皇帝のもとにやってきたのは、徐市という道士であった。
 徐市は言う。

  海中に三神山有り、名づけて蓬萊、ほうじようえいしゆうふ。せんにんこれる。請ふさいかいして童男女数千人を発し、海に入りて僊人を求めしむ。

 意訳すれば、
「海の彼方に、蓬萊、方丈、瀛洲という三つの神山があって、ここに仙人がいると言われております。ここへ、童男、童女数千人とともに出かけていって、仙人に会い、不老不死の仙薬を求めてまいります」
 徐市はこのように、始皇帝に告げたのである。

#90につづく
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