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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.17

【連載小説】遣唐使・井真成が、生死を賭けた試練に挑む! 真成に託された役目とは果たして――。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#90〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

遣唐使の井真成は、閉ざされた城内での殺し合いに参加する。そこで椿麗、毛天籟、夢蘭、黄雲雕の仲間を得、立ちはだかる敵・銭惟演を打ち破る。殺し合いの後、杜子春と呼ばれる青年が現れ、真成ら生き残った十二名を含む四十九名で旅に出ると告げる。真成は、城内でかつて人間を贄に使った蠱毒という呪法が行われたこと、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったことを知る。旅への出発前夜、皆が寝静まった中で、真成は椿麗に声を掛けられる。

十八章 不死王

(二)承前

 こうていは、これを許し、じよふつばくだいな費用を手にして、そのまま行方をくらませてしまったのである。
 これが、始皇の二十八年の時である。
 この年には、始皇帝は、不死の霊山でもあるたいざんに登ってほうぜんの儀をとり行ない、あちこちに石碑を建てて自分の徳をそこに刻ませている。始皇帝がろうさんに琅邪台を作り、そこに三万戸を地方から移したのも、この碑を建てたおりのことである。
 その儀のおりに、徐市は始皇帝のもとにやってきたのである。
 次に、徐市が始皇帝の前に現われるのは、九年後、始皇帝の三十七年の時である。
 それまでの九年間、始皇帝は様々のことをなしたが、その多くは、不死に関わることであった。
 始皇の三十二年、始皇帝は、えんじんの道士せいに、仙人のせんもんこうを捜させている。
 始皇三十四年、始皇帝は、国中の書を集め、医薬、ぼくぜい、農業などの実用書以外の書を全て燃やしてしまった。これが「ふんしよ」である。
 この「焚書」によって地上から消え去った貴重な書は、万巻を下るまい。
 始皇の三十五年──
 盧生は、仙人を捜すことができず、次のように始皇帝に言った。
「仙薬や、しんじん(仙人)をこれまで捜してまいりましたが、どうしても見つかりません。これは、あるものが邪魔をしているようでござります。あるものというのはあくでござりまして、これは、いくら、あなたさまがその身を清らかにしておりましても、あなたさまの居所を人臣が知りますと、彼らの俗情が、自然にあなたさまにいて、これが妨げとなって、真人は、あなたさまのもとにやってこようとしないのです。どうか、陛下のおいであそばす宮殿を、人に知られぬようにして下されませ。さすれば、真人は現われ、不死の薬は手に入りましょう」
 このとぎばなしを、たやすく始皇帝は信じてしまった。
 始皇帝がやったのは、かんようの近傍の宮殿、楼観、合わせて二百七十を、ようどうや複道でつなぎ、ちようや鐘鼓や美人をその建物の中に入れて、移動できぬようにしたことであった。宮中の者たちの居場所を登録させ、自分が行幸する日や、いる場所を口にする者がいれば死罪にした。
 ある時、始皇帝がりようざん宮に行幸したおり、山上からじようしようが移動するのを見た。その時、丞相の供まわりの車騎が多いのを見て、これが気にさわった。
「どうもあれはよろしくない」
 すると、丞相の供まわりの車騎が減った。
 これは、自分が山上で口にしたことを、誰かが丞相に告げ口したにちがいないとして、誰がそれをしゃべったのかを調べさせたがわからなかった。
 それで、始皇帝は、自分の回りの者全てを捕えさせてこれを殺してしまったのである。
 始皇帝に対して、自分の考えるところを告げる者は、これで完全にいなくなってしまった。
 始皇帝は、狂ってしまった。
「もはや、始皇は、臣や民に死罪を与えて自分の威厳を示すことだけを楽しみとするようになってしまった」
 こうして、盧生は逃げてしまったのである。
 これで、さらに始皇帝は激怒し、国中の学者を捕え、咸陽において穴埋めにしてしまった。
 その数、四百六十余人。
 これが「こうじゆ」である。
 始皇帝の怒りは、徐市にも及んだ。

徐市ついやすこときよまんもつかぞふれども、つひに薬を得ず。

 徐市たちは、巨万の金を費したにもかかわらず、不死の仙薬を手に入れることができなかったのである。
 始皇帝が、また、琅邪の地にやってきたのは、始皇の三十七年である。
 始皇帝の怒りをおそれた徐市が、またそこへやってきたというのである。
』は、次のように記す。

   方士徐市等、海に入りて神薬を求め、すうさいなれども得ず。ついえ多し。められんことを恐れ、すなはいつはりていはく、ほうらいの薬、し。しかれども常にだいこうぎよに苦しめらる。ゆゑに至ることを得ざりき。願はくは、く射るものをひてともともにせん。あらはれなばすなは連弩れんどを以てこれを射ん、と。

「神薬を求めて海に出ましたが、蓬萊に近づくと、大鮫魚が現われて、近づくことができませぬ。願わくば、これを射るための連弩をいただきたいのですが……」
 あれほど、だまされていたのに、この言葉にまたもや始皇帝は騙されてしまうのである。
 これには、多少の説明がいる。
 この頃、始皇帝がたまたま夢を見たというのである。
 それは、海神と戦う夢であった。
 そして、その海神は人の姿をしていた。
 めてから始皇帝は、この夢についてせんはかに問うた。
 すると、占夢博士は次のように言ったのである。
 ──水神は見るからず。
「水神を見ることはできません。かわりに、大魚、こうりゆうをもって、その兆候といたします。いま、陛下のとうさいは、欠けるところなく備わり謹んでおられますのに、この悪神が現われたということでござりますから、当然戦ってこれをとりのぞくべきでありましょう。そして初めて、善神がやってくることができるのです」
 これで、始皇帝は、連弩を持って、琅邪から海に沿って北上したのである。
 途中、というところで巨魚を見つけ、連弩で射て一魚を殺した。
 そして、この旅の途上で、始皇帝は病み、死ぬのである。
 享年、四十九。
 始皇帝が、死のまぎわに言ったのは、
「わしの死は咸陽にもどってから人の知るところとなせ」
 ということであった。
 始皇帝は、その晩年、徹底的に、不老不死という見果てぬ夢によってもてあそばれた。
 おそらくは、その死のまぎわまで、始皇帝は、不死を信じていた──いや、信じようとしていたのではないか。
 その死は隠されて、死体はおんりようしやに乗せられたまま、咸陽までの数千里をまるで始皇帝が生きているかのごとくにして運ばれたのである。
 時に、夏──
 熱気のため、すさまじい臭気が満ち、その臭いを隠すため、塩漬けの腐った魚を山のように轀輬車に詰め込んでの移動であった。
 中華の歴史上、最大の権力者の死体は、その最後に、腐った魚に囲まれて移動したのである。
 そして、始皇帝は、自らのために作られた陵墓に葬られたのであった。

後編につづく
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