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連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.2

彼女を遠くから見守るのは、俺の役目。憧れと狂気が交錯する、青春物語! 渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」#3-2

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」

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 野菜ジュースの残りをすすりながら、俺は首をかしげました。
 サークルのツイッターにリプライ? よくわからないけれど……、俺じゃありません。しかしそう返信する前に状況を確認しようと、俺はツイッターを開きました。我らがサークル『クライス』はツイッター上にアカウントを持っています。サークルの活動内容を公開することで、新歓に参加しなかった新入生や二年生三年生にも入部への興味を持ってもらったり、外部のサバゲーサークルとの交流や情報交換を行うことを目的としています。その更新は主に部長の役割ですが、前部長はあまりSNSの活用に興味がなかったようで、昨年はこれといった投稿を見た記憶がありません。
 しかし新たにその任を引き継いだタケ部長は、なにかと小まめに部の情報を更新しては我らサークルの魅力を世界にアピールしようと努力しているようでした。部室の様子を写した画像を上げてみたり、貸し切りでゲームを行った際の動画を上げてみたり。弱小サークルをどうにか盛り上げようと努めるそんな彼の様子にそこはかとないあわれみとおかしみを感じた俺は、気が付いたときには「いいね」のボタンを押して応援の気持ちを表したりもしていました。しかしながら、リプライ機能にてコメントを付けたことはなかったはず。
 自分のアカウントのホーム画面を開くと、すぐに『クライス』のツイートが現れました。そして俺は、野菜ジュースを吸い込んでいた息を止めました。そこに投稿されていた写真が宮城さんの姿を捉えたものだったからです。
 一瞬、ついにおれはすべての写真の中に宮城さんの幻を見るようになったのかな? とハッピーな考えが思い浮かんだのですが、違いました。それは昨日の新歓サバゲーのときの宮城さん。そういえば、昨日部長はちょっとした合間にスマホを構えてはその様子をカメラに収めていたようでした。あれはSNSに上げる用の写真を撮っていたのですね。
 写真は全部で四枚載せられていて、ゴーグルを付けてゲームに興じている新入生諸氏や我々のショットが三枚、休憩室でゴーグルを外している宮城さんのソロショットが一枚。うーん……。なんか露骨な物を感じるのは俺だけでしょうかね。あー部長ついに部員集めに宮城さんのぼうに頼りだしたぞ、なんていうのは邪推ですかね。まあ、もちろん彼女がこれを許可しているのであれば俺が口をはさむことではないのですが……。
 と、複雑な気持ちで彼女のニューショットを堪能していた俺の目が、そのリプライ欄に留まりました。コメントを付けているのは、見覚えのあるアイコン。それは……。
 シ!
『シ』が、サークルのツイートにリプライを付けている!
 ゴホっ、と、気管に入った野菜ジュースにむせました。俺は画面を凝視し、そして、考えました。こいつは間違いなくあの『シ』。なぜそう言い切れるかといいますと、俺はもう『シ』の名前やアイコンだけではなくそのユーザーIDをも暗記してしまっているからです! 有名大学の百数十人規模のサークルならともかく、超弱小サークルかつ昨年はさっぱり動きのなかった『クライス』アカウントの投稿を、まったく無関係な人間が偶然見つけるなんてことはまずないはずです。ファッキン『シ』の野郎は宮城エマさんがうちのサークルに所属していることを知っていて、このツイートを見つけて、リプライを付けた。なんてふてえ野郎でしょう! 宮城さんの所属先のSNSをすべて監視していたりするのかな? だとすれば『シ』はやはり、気まぐれにただ目に入った美しい女の子を中傷したいだけのクソ野郎ではなく、彼女個人に対してなかなか強い執着を持っている人間……。
 最初の動揺が落ち着いた俺はふんふんと色々なことを考えながら、さあではこの野郎は今度はどんな素っとんきようないちゃもんをつけてきやがっているのだと、そのコメントに目を凝らしました。そこには、

『エマちゃん、この世で一番かわいい!』

 エマちゃん、この世で一番かわいい、なんてあり得ない中傷が……ん?
 ちょっと待ってください。
 エマちゃん。この世で、一番、かわいい。それはこの世の真理です。なにも間違っていない。もちろんぼうでも中傷でもない。いやいやいや。なんで? なんで『シ』の野郎が世界の真実を語っているのだ? いや、だってこいつ、つい五、六時間前ザラキの部屋で見たときは、宮城さんの投稿に「キモい」って……。
 俺は自分が見ているものが信じられず、その投稿を、二度見、三度見、七度見くらいしました。何度見てもそこには『エマちゃん、この世で一番かわいい!』とぐうの音も出ない正論がつづられており、しかしそのリプライを付けているのは紛れもなく『シ』。なんだ? どうした? 『シ』は改心したのか? この数時間で?
 そこでふと、先ほどタケ部長から届いていたLINEの内容を思い出しました。『サークルのツイッターにリプライしたのって日野?』という。思い出すと同時に、ああ、とに落ちました。タケ部長は『この世で一番かわいい』というこの文面を見てその投稿主が俺ではないかと考えたずねてきたわけですね。なるほど。まったく、違いますよ。だって『シ』のアカウントホーム画面には数時間前の「キモい」や数日前の「死ねビッチ」のコメントがいまだ残されているわけですよ。俺がそんなこと言うわけない。俺が『シ』なわけがない。
『違います』、と若干の憤りを込め部長に返信を打って顔を上げると、いつのまにかホームに着いていた俺の乗るべき電車の扉が目の前で閉じていきました。

 生協で買ったカスタードプリンタルトを手に、俺は講義棟大教室の重い扉を開きました。昼休みをあと十数分残して、教室は昼食を取る者と次の講義の準備をする者が半々くらい、まばらに席を埋めていました。ちょうど中ほどの列に空いているスペースを見つけ、俺は長机と折り畳みの椅子の間に身体を滑り込ませました。この大教室の備え付けの席はちょっと机と椅子との間隔が狭いのです。中学時代の俺だったら途中でつかえて泣いていたかもしれません。
 なんとか席に落ち着きプリンタルトを堪能していると、右隣にやたら大荷物の男が座りました。顔を上げると、ヤマグッチ。
「よー」
「おー。おはよう。なにその荷物?」
かわしまくんにあげる服」
「服? 川島くん?」
「ああ。迷彩のやつ」
 迷彩の服。サバゲー用の服か、と理解しました。しかし川島くんが誰なのかさっぱりです。俺の顔を見て、ヤマグッチはそれを察したようでした。
「新歓に来てくれたじゃん、ほら、最初に同じチームになった子」
「あ、あー? うん」
「俺らの他ふたり女子でさ。唯一男子だった」
「あー……」
「宮城さんに撃たれてうれしそうにしてた子」
「あ、わかった。彼ね。うんうん」
「おまえって宮城さんが関わる記憶しか保てないの?」
「へへ……。や、あの子入部してくれたの?」
「おう」
 一昨日、新歓サバゲー後の食事会を俺は極度の精神的疲労のため欠席したわけですが、そこで川島くんを含む何人かの新入生が入部の意思を示してくれたそうです。ありがたいことです。俺もピエロを演じ無防備かつ愚鈍な動きでほぼ的のような役割を貫いたかいがあったというもの。いや、ほんとにね、サバゲーってヒットがとれないとその面白さがわかりづらいから、最初の一回でただボコられるだけという経験をした初心者はその一回きりでやめちゃうことも多いんですよね。サバゲークソだなっつってね。俺も中学時代に体育の授業で経験者に囲まれてバスケをやったときは、バスケってマジで一ミリも面白くない欠陥スポーツだなって思ってました。今も思ってます。
「川島くんがさ、やたら酒飲みたがって大変だったよ。怒られんの俺らだからやめろって言ってんのに、いや、大丈夫です俺飲めますから、みたいな」
「へー。そういう感じの子だったっけ」
「あー、まあやっぱ食事会のときの方がみんなリラックスしてたからね。みんなサバゲー初めてだからゲームのときは緊張してたし。ゲームのときはさ、宮城さんもいたし」
「ああ……」
 俺は深くうなずきました。宮城さんの放つこうごうしいオーラは、ふつうの人間をどうしても萎縮させてしまうもの。彼女を前に、緊張しないことなど不可能です。それはもう、誰にも、どうしようもないことなのです。と、宮城さんの美貌を思い浮かべた俺は、昨日のタケ部長からのLINEを思い出しました。それから、サークルのツイッターアカウントに接触してきた、『シ』。
「ヤマグッチさ、昨日のサークルのツイート見た?」
「おー。新歓のときのやつでしょ。見たよ」
「あれってさ」
「あれってさー、いいのかな。部長、絶対宮城さんに許可とってないでしょ」
「え」
 ヤマグッチはコーヒーのペットボトルのキャップをひねりながら確たる調子で言いました。許可とってない? SNSに顔面丸出しの写真を載せるにあたって? そんなことってあるでしょうか。我々って一応、ネットリテラシー教育全力世代の若者なのに。
「いや、さすがにとってるんじゃない?」
「だって俺らはなにも言われてないじゃん。まあ俺らは装備で顔隠してるけどさ。それでもひと言くらいあってもいいのになーとか」
「まあ……そうか」
「だからさっそくちょっと変なリプライついてんじゃん。見た? 『この世で一番かわいい!』ってやつ」
「見た見た見た。そいつさ」
「俺あれ一瞬お前かと思ったし」
 いやいやいや、と抗議の声を上げながら、部長にもヤマグッチにも同じことを言われる俺の周りからの認知ってつまりそういう感じの人格なのか、と妙に納得しました。いや、実際の俺はそんな本人の目に留まる可能性のある場で「かわいい!」なんてため口でフレンドリーなコメントを発せられる立場にないときちんと己をわきまえているのですが。それに、
「俺じゃない、違う。違うんだ。そいつさ、ヤバいやつなんだって。そのリプライ付けてきてるやつ。めっちゃヤバいやつなの、ほんと」
「え、なに。知り合いなの? なんかの仲間? 同族嫌悪的な」
「違う違う。そういうアレじゃなくて、マジな話。聞いて聞いて」
 手ごたえのないヤマグッチの反応にもくじけず、俺は『シ』の危険性について、やつが初めてその存在を現した先週にさかのぼり説明しました。「あれは俺が宮城さんのSNSアカウントをチェックしていたときのことなんだけど」から始まるストーリーは俺としても積極的に語りたい話ではありませんでしたが、いたしかたありません。こういうことは最初から順を追って包み隠さず打ち明けていかないと、後々混乱が生じる可能性があります。幸いヤマグッチはそこの導入については特に突っ込んだりせずにただ「あー」と聞いてくれました。ですよね、あえて口にしないだけで、普通にみんな見ますよね、好きなひとのアカウント。
「でさ」
 俺は『シ』の一連のあれこれ、つまり昨日ザラキに話したのと同じあれこれをヤマグッチにぐいぐいぐいぐい説明しました。
「それで、その匿名での誹謗中傷ってのもキモいけどさ、俺は気づいちゃったわけよ。こいつってもしかして宮城さんの身近な人間の可能性もあるなって。見て、ほらこれ見て」
 ハイライトはもちろん、『シ』が宮城さんが自撮りした場所を即言い当てていることからやつが実は身近な人間なのではないかと俺が超えた推理にたどり着いたあたりです。ヤマグッチは俺のスマホをのぞき込むと、眉を寄せて頷きました。
「あー、うん。なるほど。まあそうも言い切れない気はするけど……、わかった」
「それで昨日よ。ついにこいつ、宮城さん本人だけじゃなくてその所属機関であるうちのアカウントにまで突撃してきたわけよ」
「え、でもさ、サークルのアカウントに来てたのは『かわいい!』って内容じゃん。『この世で一番』とか言っちゃって。なんで?」
「そう! それが謎なんだよ! 意味わかんないよね? 怖くない?」
「うん。なんか……サイコっぽいね」
「だろ!」
 ヤマグッチの同意を得られたあんから、つい大きな声が出ました。二つ前の列に座っていた女子がちらっとこちらを振り返るのが見えたので、俺は謝罪の意を込めにこりと笑顔で頭を下げました。女子はすぐに前を向きました。
「ボロクソにけなしといて、数時間後にこの世で一番かわいい、ね」
「おかしいよね。矛盾してるとかのレベルじゃなくて、もう、完全にバラバラでしょ、意思が」
「なんだっけ、そういうのさ、一年のとき心理学の講議でちらっとやんなかったっけ」
「そうそれ。俺もそれを思い出してた」
 俺もヤマグッチもオタクですから、心理学は大好きです。一年のとき、選択科目である心理学の講議を俺たちは一緒に受けていました。ですから、ヤマグッチが今言及しようとしている内容は昨夜俺が『シ』の投稿を見た後に考えたこととおそらくは同じはず。
「理想化と脱価値化」
 理想化は相手をとにかく素晴らしい、自分にとって理想的で完璧な人間であると信じ崇めること。脱価値化は相手をとにかく最低で最悪で無価値な嫌悪すべき人間であるとさげすむこと。一部の精神障害をもつひとや、そうでなくても精神的に未熟であったり不安であったりするひとは、他者に対してこの理想化と脱価値化をおこしやすいのだそうです。
 人間なんて複雑なもの、100%の善人も、逆に100%の悪人もまずいるわけがなく、善性と悪性を併せ持っているのがふつうですが、他者のそんな複雑さを許容できない、許容するのが苦手なひともいる。他者を白と黒とにはっきり分けたがる。そしてそういうひとの中では、理想化していた対象がちょっとでも自分の理想と外れた行動をとったりすると、著しく攻撃的な脱価値化が行われたりするのです。あれです、清純派アイドルが茶髪にしただけで途端にキレてアンチに転ずるオタクとか。
「過度な理想化と攻撃的な脱価値化を繰り返すって、こいつ、その典型っぽいよね」
 ヤマグッチは『クライス』のツイートが表示されている俺のスマホをあらためて眺め、目を細め言いました。「だろ!」と、今度はちゃんと声をひそめて俺は頷きました。
「でもさあ、たかだか数時間で脱価値から理想に転じるってヤバくない? 逆ならまだなんかわかるけど。一瞬で幻滅することってまああると思うけど」
「そう。だからさ、マジで超不安定なやつなのかなって、こいつ」
「日野は常に安定してるもんね。理想化に」
 え? と、俺は首を傾げました。しかし一瞬の後すぐに理解しました。ははん。なるほどね。ヤマグッチはこう言いたいわけです。俺の宮城さんへの崇拝は、いわゆる「理想化」によるものだと。
 チッチッチ、ヤマグッチ、それは違うよ、と、俺は余裕の笑みを浮かべました。だって宮城さんは実際に素晴らしく完全にパーフェクトで世界一可愛い至高の存在じゃないですか。俺がこのおろかな脳で理想化するまでもない。100%の完璧な人間なんてまずこの世にいるわけがないけれどいた! 宮城さんがいた! 宮城さんは100%の存在です。この世界ではときとしてあり得ないことが起こるからこそ「奇跡」なんて言葉が存在するわけで、俺が直面しているのはそんなミラクルであり理想化ではありません。
 というようなことを語り始めた俺にヤマグッチはふんふんとどこかつれない相づちを打ち、俺がちょっと息切れしたタイミングを見計らうように言いました。
「まあとにかくそんなヤバいやつなら早めにブロックした方がいいんじゃん?」
「んー。ああ」
 確かに、ヤマグッチの言うことも一理あります。ツイッターは、任意のユーザーをブロック──自分のアカウントの詳細やつぶやきを閲覧できないようにする機能が備えられています。ほんの数回画面をタップして設定するだけで、任意のユーザーからの視線を永遠にブロックすることができる。しかし、
「でもそういうのしちゃうとさ、余計に逆恨みしてきたりしないかな。こういう粘着質なタイプって」
 投稿もホーム画面も見られなくなるわけですから、当然相手は自分がブロックされたことに気がつきます。こういうストーカータイプって、そういうの、やたらと恨んだりしそうじゃないですか。この俺をブロックするなんてひどい、許せない、みたいな。あるいは逆に、この俺をブロックしてきたということは俺の存在を意識しているんだ! イエーイ! なんて明後日あさつての方向に喜んじゃったりとか。
「あー、確かにね」
 そこで、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴りました。いつのまにか既に登壇していた教授が「はーいご飯食べてるだけのひとは出てってね」とマイクを手に話し始めます。俺は話に夢中でおろそかになっていたタルトの最後のひとかけらを口に放り込みゴミをまとめました。とりあえず話は持ち越しです。今日ヤマグッチはどうやら川島くんに迷彩服のおさがりを渡すためサークルに出るらしいですから、俺もついていくことにしましょう。『シ』のヤバさについて部長とも共有しておきたいですし、ていうか部長、宮城さんの写真とかちゃんと掲載許可とってますよねまさか勝手に載せたりしてないですよね大丈夫ですよね、という確認もしておきたいです。それまで話は持ち越し。
 ただ、今どうしても伝えておきたいおもいが。
「俺はさ」
 超高速でしやくしたタルトをのみ込み、教授の視線を避け、うつむき気味に声をひそめながらも俺は確固とした気持ちで言いました。
「こいつを捕まえて、やめさせたいんだ。彼女を傷つけるようなことは」
 俺は彼女を守りたい。
 なに言ってんねん、とか笑われるかなと予想しました。俺ごときが彼女を守るだなんて、そんな大それたこと。ちゃんちゃらおかしいとわらわれたって仕方ないと、自分でも思います。構いません。それでも俺は、彼女を守る。
「手伝うよ」
 顔を上げ隣を見ると、ヤマグッチは静かな笑みを浮かべ、小さく頷きました。その瞳に俺をうような色はなく……俺はまたひとり、仲間を得たのでした。

#3-3
◎第3回全文は、「カドブンノベル」2019年10月号に掲載されております。


「カドブンノベル」2019年10月号

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