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連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.7

盗撮写真がまき散らされた部室を見た日野は、犯人を特定しようとするが……。渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」#4-2

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」

※この記事は、2020年3月10日(火)までの期間限定公開です。

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『べたなことするね』
 俺の報告を聞き終えたザラキは、まずそんな感想をらしました。
 それから、『その部長が怪しいって可能性は?』と、淡々とした声で続けました。俺は二秒ほど考え、答えます。
「ないと思うな」
『なんで?』
「うーん……。部長って、そういうタイプじゃないんだよね。その、なんていうの? ホームを汚すタイプじゃないっていうか。サバゲのときも自陣守るのにこだわってなかなかセンターより前進したがんないし」
 俺の脳裏には、行きつけのサバゲーフィールドのセンターライン上に設置されたドラム缶の陰に身を隠し、ラインを越える動線の見張りに情熱を燃やす部長の丸い背中が浮かんでいました。
『いやその例えはわかんない』
 へいたんな調子で返すザラキの声に、モノレールの到着を知らせるアナウンスがかぶります。俺は、とりあえずそっち着いたらもっと詳しく説明するわ、と早口で伝えた後、昨日から何度か繰り返していた質問を、最後にもう一度だけ口にしました。
「てか、ほんとに大丈夫そう? その、外出……」
 電話の向こうから鼻で笑う空気がノイズとなって届いた後、ザラキは答えました。
『大丈夫。俺、別に外がダメなタイプの引きこもりじゃないから。では』
 では、の声とほとんど同時に通話は切れました。到着したモノレール、俺は窓際一人掛けのお気に入りの席に収まり、発車を待ちます。
 昨日の夜、俺はザラキに簡単なLINEを送りました。宮城さんのストーカーと考えられる人物が部室に出たこと。そのことについて、今日ヤマグッチとファミレスで対策、作戦会議を計画していること。ヤマグッチが宮城さんの中傷犯退治の仲間に加わってくれたことについては、既に報告済みでした。ザラキはその仲間一号ですから、報告の義務があると思ったのです。今回LINEを送ったのも、会議が終了次第詳細を伝えるよ、とただの事前連絡のつもりだったのですが、意外なことにザラキからは『俺も行っていい?』との返信が来たのでした。
 え、ザラキって外出れるの?
 驚いてすぐに返信したその文面は、よく考えればだいぶ失礼、というかしつけな物言いだったかもしれません。しかしザラキは特に気分を害した様子も見せず(LINEの文面から察するのみなので定かではないですが)、『うん』とシンプルな返事をくれました。
『下のコンビニならたまに行くし』
 ザラキのマンションすぐ隣、マンションの敷地から五メートルほど出た先にあるコンビニ。あそこを外出にカウントしてしまう彼が本当に電車に乗ってファミレスまで出てこられるのか。俺は不安になり、『それ以外で外出るのっていつぶり?』と、また少々踏み込んだ質問をぶつけました。
『二年くらい』
 ザラキの答えに、俺はついつい「オーゥ」と独り言を洩らしました。ザラキが学校を辞めたのも二年前。十七歳のとき。
 どうしてザラキは学校を辞めたのか。一度だけ、それとなく尋ねてみたことがあります。ザラキの答えは「飽きたから」という、おまえ人生をなんだと思っているのだねと言いたくなるようなふわっとしたものでしたが、俺にはなんとなくその気持ちもわかるような気がしました。
 中学のときからやつは学校を休みがちでした。俺たちは別に珍しくもない、学校を愛せない、学校にも愛されない、学校にいる間はとにかくハッピーな気持ちになれないの肌荒れの中学生でした。居心地が悪いばかりの日々をやっと三年間乗り越えた先の高校でも同じような毎日が続いたとすれば、特に大きな出来事がなくとも学校なんて飽き飽きして辞めてしまっても不思議はないと思うのです。
 実際のところ、ザラキがほんとうに慢性的な飽きにより退学を決めたのか、もっと具体的で決定的な出来事があってそれを語ることを避けているのかはわかりませんが、俺はそこのところは深く掘り下げないことに決めました。
 なんとなく、中学以来久しぶりに会った俺がぐいぐいぐいぐい尋ねていいことではないような気がしましたし、あえてそこを尋ねないことで、お前の現状がどのようなものであろうと俺らの友情は変わらないぜマイフレンド、的なアピールをしているつもりでもありました。
 そんなわけで、具体的なことをなにも知らない俺が言えることではないのですが、二年って長いよね。二年引きこもってるひとをこんなに急に外に連れ出しちゃって大丈夫なものなのかな。なにかもっと外に出る際の安全な手順がマニュアルとしてあったりしないのかな。具体的になにが大丈夫なのかなにを気にしているのかといえば、それはもちろん、心とかの話です。でも同級生に心とかの話を真剣にされるのってけっこう嫌じゃないですか? ザラキはそういうの嫌がりそう。心についての熱いディスカッションとかザラキはけっこう嫌いなタイプ。ヤマグッチはけっこうそういうの好きなタイプなんですけど。
『オーケー。迎えにいくぜ』
 一瞬でいろいろと考えた結果やっぱり心配だったので、とりあえず迎えにいくことにしました。そして今に至る。
 動き出した窓の外を眺めながら、なんでザラキ急に外出る気になったのかな、と考えます。それはもちろん今日の作戦会議に現地参加するためで、ザラキはそんなに真剣にストーカー確保に取り組もうとしてくれているのか。ありがたい話です。
 なぜそんなに真剣にストーカーを捕まえようとしているのかといえば、それはもう宮城さんのため、でしょう。宮城さんのためにザラキは今日二年ぶりに外界に出ることになるわけで、これはザラキにとってももしかしたらとてもポジティブな一歩となるかもしれないわけで、やっぱり宮城さんっていう存在は人間たちをあまねく照らし幸福を与える、これはもう完全に女神だな、という結論が出ます。
 女神を害するなんて絶対に許されないことなんだよ。
 ストーカークソ野郎にはそのことを十分に理解してもらう必要があります。俺は腹の奥、昨日発生した新鮮な怒りがまだ熱をもち、今朝食べたベーコンエッグと共にうごめいているのを感じていました。

 マンションのエントランスに現れたザラキの姿に、俺は強い既視感を覚えました。
 それもそのはずで彼が着ている長袖の灰色のシャツはどう見ても彼が中学のときによく着ていたのと同じものでした。ザラキいっつもそれ着てんなー、と十四歳のときの俺がったのを覚えています。その生地は当時より色も質感も薄くなりはかなげな古着感が増していて、加えて奴の雑に伸ばしっぱなしの前髪や俗世に溶け込めきれてないヒッキー的雰囲気とも相まって、今日のザラキはなんだかそういう風体のセンシティブなアーティストのようでした。
「なんかすごく良く言うと陰のカリスマって感じだね」
「いや、意味わからん」
「やっぱなんつーかさ、ハッキングとか得意そうだよザラキ。そういうスキル持ってそう。いいなあ」
「持ってないって」
「でも残念ながら俺と並ぶと普通にただの二人組のオタクだぜ」
「うんいいよそれで」
 ザラキは俺に先立ってエントランスを出て、迷いのない足取りで駅の方へと歩き始めました。俺は、あ、駅がどっちか知ってるんだ……という言葉を飲み込み、その猫背の背中に続きました。
 数十メートルをごくごく普通に進んだとき、ザラキはふと足を止めました。薄く雲がかかった白い空をまぶしそうに見上げ、かすれた声で言います。
「空めっちゃ広くない?」
 空。
 急に出てきた空の広さの話題に俺の頭はいまいちついていけず「そう? いつも通りじゃない?」と愚鈍な答えを返しました。ザラキはぐるりと首を回して周囲を見渡し、それからもういちど空を仰いだ後、「グラフィックすげえな」とつぶやきました。いやグラフィックって。これグラフィックじゃないからねザラキ。ただの世界だから。
「世界って美しいんだよ」
 俺は良い声で良い発音で言いました。
 再び歩き始めたザラキは、三呼吸ぶんくらい無音で笑ってくれました。

#4-3へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


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