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連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.15

愛する彼女に浮上した疑惑に、日野が出した答えとは……。 憧れと狂気が交錯する、青春物語! 渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」#6-1

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」


前回までのあらすじ

ゲームオタクの大学生・日野は、偶然訪れたサバゲーサークルの新歓イベントでかつて熱中していたゲームのヒロインにそっくりな宮城絵茉(エマ)に恋をした。二度告白するも振られ、今後は彼女を遠く見守ることを決意するが、彼女のSNSに中傷コメントがつけられ、盗撮写真が部室にばらまかれる。泣くエマを見た日野は犯人を見つけ出そうと、部室に監視カメラをしかけるが、その後の作戦会議で、エマに複数人彼氏がいることを聞く。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

   六

『わたし、信じてた』
『きみならきっと来てくれるって』
 崩れゆく塔の上。
 頭上には、残酷なほどに美しい、満天の星。
 いたいけなほほみをたたえたエリナの瞳からも、一粒のきらめきがこぼれ落ち。
 俺は彼女に手をのばしました。
『さあ、一緒に行こう』
 エリナが俺の手を取ります。
 俺は彼女を力強く抱き留め、塔の上から飛び立ちます。
いにしえの力」によって目覚めた両翼を羽ばたかせ、仲間の操縦する飛行機へ。
 腕の中、彼女の細い肩が、震えているのが伝わる……。
 守らなくてはいけない。
 彼女だけは、なんとしても。
 そのとき、突然画面が暗転し──。

 俺は自室のテレビ画面に映る、自分の顔を正面から見ました。
 それで急速に現実を思い出しました。その日俺は、学校でひどく不快な思いをしたのでした。
 休み時間、ザラキの席で、俺たちは話をしていました。ザラキの席は廊下側の後ろから二番目。俺は壁に背中をついて、確かそのときも、エリナの話をしていたように思います。エリナがイベントによりパーティーから一時離脱してしまって、俺は回復スキルをすべてエリナ頼りにしていたからボス戦がつらい、とかなんとか。ザラキは今と同じ、ほとんど両目の隠れるような長い前髪。俺は今よりも、さらに十キロほど体重が重かった。
 ゲーム終盤のイベントシーンについて一段と話が盛り上がったとき、通りかかったおかむらが「ヒノックス邪魔」といきなり俺のすねを蹴りました。ヒノックスというのは、当時の俺の、あだ名。
「え、ああ」
 俺が岡村の進路をふさいでいたのは事実です。でも、わざわざ俺をどかさなくたって机の間をすり抜けて前に出るルートはいくらでもあるし、俺をどかすにしたって脛を蹴る必要なんてないし、蹴るにしたって、もう少し優しく蹴ることだってできるだろ。俺以外にならそうしたんじゃない? 岡村、こいつはなにかと俺を雑に扱う。
 色々な思いが混ざり合って、俺はとっさに気楽に謝ることもできなければ反論することもできず、「あ、え、おう」とうなずき、のろのろと進路を譲りました。通り抜けざま、岡村はそんな俺をちらりと振り返ると、「キョドりすぎ、きめぇ」と吐き捨てるように言いました。
 それを聞いていた近くの席の女子グループが小さな笑い声を上げ、岡村はどこか満足そうな顔をして去っていく。俺はそれにも、なにも、言葉を返すことができませんでした。表情のうかがえないザラキに向き直り、なにも気にしていないふりで、話を再開させ──。
 なぜ、こんなどうでもいいことをいまだに覚えているのでしょう。
 ザラキの机の位置、蹴られた脛の痛み、脳が空まわる感覚、岡村の「キョドりすぎ」の声のトーン、得意げに上がった口角、笑い声の鋭さ。
 こんなの、ぜんぶどうだっていいじゃないか。次の休み時間には、きっと俺以外の全員が忘れ去ったはずの、できごと。どうして俺はそのすべてを、五年もった今でも事細かに覚えているのでしょうか。
 蹴られたことも、言われた言葉も、たぶん問題ではないのです。ただ、俺を明らかに「下」の存在として扱う岡村。俺をそんなふうに扱うことをごく自然に許している教室の空気。そんなやつらに、真っ当なことも気の利いたこともなにも言い返せなかった自分。なにもなかったことにした自分。自分。
 そう、俺が覚えているのは、とにかく自分への失望、歯がゆさ、恥ずかしさ。
 俺はあのとき、なにかうまいことを言いたかったのです。俺ってそういうとき、うまいことを言える人間だと思っていた。
 体育の授業で活躍できなくても、制服の洒落しやれた着こなしができなくても、一目置かれるような学力がなくても、楽器が弾けなくても。腹の立つ岡村や一度も話したことのない女子たちを、ちょっと意外がらせて、ほんのすこし、笑わせることができるような、なにかを言える人間だと。
 でも違いました。俺はうまいことを言えずうろたえながらうつむいて、なにごともなかったかのように誤魔化す男。
 俺の自尊心は、こんなどうでもいい、誰もが一瞬で忘れるような、ささやかな、何気ないことで傷ついて。
 でもエリナが。
『わたし』
『わたし、信じてた』
『きみならきっと』

「俺はみやさんを信じるよ」
 ザラキの報告を聞き終えた俺は、考えるまえにそう口にしていました。
 ザラキはテーブルの上で抱え込むようにのぞき込んでいたスマホから顔を上げ、俺を見ます。両手を頭の後ろで組み、ソファ席にのけ反りながら話を聞いてたヤマグッチが、次いで口を開きました。
「俺もに賛成かな」
「おお、ヤマグッチ」
「いや、なんつーか、ここまで聞いた話だけだと、ちょっとソースが弱い気がするんだよね」
 いや、調べてくれたザラキ氏には悪いんだけど、と、ヤマグッチはテーブルの上で手を合わせます。
「なんか、調べ方の問題じゃなくてさ。そういうネットとかに上げられてる情報って、個人の、その、感情とか? 私怨によるとこもでかいじゃん。だからまあ、みにするのは危険っつーか」
「そうそうそう、それ。なんか、逆恨みとかでうそ書かれてるのかもって」
「な、エマさんくらいのビジュアルになるとね。絶対ほら、女同士の嫉妬とかもあるし」
「そう、それ」
 俺は深く頷き、すっかり気の抜けていたメロンソーダで喉を潤しました。ザラキの話を聞いている間、つい水分を取るのを忘れていた。
「そう、それにね、その、その話がすべて事実であっても、関係ないよね、俺らには」
「え、いや事実だったら関係あるだろ」
「え?」
「いやいや、事実だったら問題っしょ。そんな」
 すっかり同じ意見だと思っていたヤマグッチの反論を受け、俺は動揺し隣のザラキを見ました。自分の調査結果を俺らふたりから否定される形となったザラキは、しかしあいかわらず特に感情の見えない表情で静かにテーブルについています。
 エマさんに、現在彼氏が三人いる。
 それはザラキが、彼女に恨みを持つ人物の調査を行う過程で発覚したことだといいます。SNS上できらきら系女子大生になりすましたザラキが、エマさんのご友人や周辺の人物の鍵アカウント、裏アカウントにまで潜入して探った情報。
 他にも、彼女が過去にも男性関係でトラブルを起こしていただとか、女子の間ではいわゆる「いじめ」を行っていただとか、その悪行を物語るエピソードが古今東西ごろごろ出てきた、と、ザラキはへいたんなテンションで粛々と報告したのでした。いやいやいや。そんなの、ねえ。
「だってさ、もしその話が本当だったら、もう犯人の事情もわかったようなもんじゃん。ボランティアサークルのやつか、雑誌のカメラマンか、K大学のやつ? その中の誰かが浮気に気づいてストーカー化したってことじゃん。そんなん自業自得すぎて知ったこっちゃねえよって」
 ヤマグッチはやや投げやりに、吐き捨てるようにそう言いました。
「や、でも」
「でもさ、やっぱその情報微妙だって。カメラマンとかなんかいかにもミーハーなやつがうわさにしそうな感じだし、K大のやつも、合コン? それに参加してた女が言ってるだけって、もう、もろ逆恨みじゃん」
 なんだか、ヤマグッチはちょっと気が立っているように見えました。「合コンにエマさんが来たら他の女とかいらないもん」と笑うその顔が、どこか神経質に、引きつっているような。
「だからさ、俺もエマさんを信じるよ」
「うん……うん、だよね、そう」
 頷きながら、俺はヤマグッチとの若干の見識の違いを感じていました。エマさんを信じるという、その気持ちは同じ。しかし、その根元にあるなにかが違うような。
「えっと、ザラキは? ザラキはその、どうなの?」
 俺は隣のザラキにあいまいな質問をぶつけました。ザラキはかすかに身じろぎし、「俺は情報集めるだけだから。判断はそっちで」とつぶやきました。
「かっけー。プロだな」
 ヤマグッチが先ほどよりやや語気を和らげ笑みを浮かべます。「じゃあ引き続きその、犯人候補四人をマークする感じでいいんじゃない」
「ああ、うん。だね」
ふるしまさんとかはさ、俺らも会ったら、かまかけたりしてみよう。定例会あそこで組んで」
「おう」
 それで、なんとなく今後の動きが決まりました。ザラキの情報を頼りに、犯人候補の身辺調査。同じ手順でもたらされた情報のうち、犯人に関する方のみを信じエマさんに関する方を信じないとする方針について思うところがないでもないのですが、とりあえず今のところ、我らチームから反対意見はでていないわけで。
「あと俺は、廊下のカメラをだね」
「あー、やっぱそここだわるか。まあ、任せるけどさ」
 俺は、すでに仕掛けた部室のカメラを確認してみるつもりです。

#6-2へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年4月号

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