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連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.6

サバゲーサークルの部室を開けた日野は、衝撃の光景を目の当たりにして…… 渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」#4-1

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」

※この記事は、2020年3月10日(火)までの期間限定公開です。



前回までのあらすじ

ゲームオタクの大学生・日野は、偶然訪れたサバゲーサークルの新歓イベントで、かつて熱中していたゲームのヒロインにそっくりな宮城絵茉(エマ)に恋をした。二度告白するもフラれ、今後は遠くから見守ることを決意するが、その折彼女のSNSのに誹謗中傷のコメントが付けられる。中傷犯の尻尾を摑むべく中学時代の同級生・ザラキと、サークルの友人・ヤマグッチに協力を頼むが、同一人物からサークルのSNSに、エマを賞賛する不可解なリプライが届く。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

   四

 そのとき、部室の前にはさかきさんがひとりで立っていたのでした。
 榊さんは俺を見つけると、「お疲れさまです」と笑みを浮かべ、丁寧な会釈をくれました。あ、お疲れさまです、と答えながら、俺は彼女の左目の下に泣き黒子ぼくろがあることに、このとき初めて気がつきました。
 しらさん、榊さんの女子ふたりが入部してから一週間。俺は基本的に初対面のひとの目を見てしやべれないシャイボーイですので、このときようやく彼女の顔をきちんと見ることができたのだと思います。
「あれ、えっと、どうしたんですか?」
「部室、誰もいないみたいで。私まだ鍵もらってなかったので、誰か来ないかなーと思って」
「え! すみません、そうだったんですね。今開けます、すぐ開けます」
「ありがとうございます」
「いやあそういうときはもう、グループラインとかでね、おい誰か今すぐ開けろこの役立たずども、って言ってもらって大丈夫ですよ」
「いえでも、五分も待ってないですよ。それに私、ぼーっとしてるの苦にならないんで」
 榊さんは穏やかな声でそう言ってくれましたが、俺は薄暗い廊下に後輩をひとり立たせていたことが申し訳なく、一秒でも早く鍵を開けんとして逆にもたついていました。
 部室の鍵は部長がマスターキーを持ち、部員全員にスペアが配られるのがうちのサークルのならわしです。しかし学割の利くなじみの鍵屋と部長の都合が合わず、新入部員への鍵の配付が後回しになっていました。
「お待たせしました、どうぞ」
 焦るほどに動きの鈍くなる太い指でようやく開錠し、扉を押し開けたときには、俺は額にじんわり汗をかいていました。
「ありがとうございます」
 榊さんはにっこり笑って部室に足を踏み入れました。俺は彼女の、つま先の丸い、小さなリボンのついたわいらしい靴のあたりに視線を落としました。
 榊さんの今日の服装は、袖のところにレースのついたシャツに、細かな花柄の入った長いスカート。それが一般的にオシャレな服装なのかどうか俺には判別できませんが、なんだかとにかく女の子らしい感じだなというのはわかります。大人しく物静かな、ザ・女の子、いわゆる「しずかちゃんタイプ」的な女の子の雰囲気とでも言いましょうか。
 榊さんに続いて部室に入りながら、俺は自分が無駄に緊張していることを自覚していました。榊さんのパーソナリティーにはまったく無関係なところで申し訳ないのですが、俺はこういうザ・女の子的な女子が少々苦手なのです。幼少の頃より「ドラえもん」のことは親友だと思っていますし、その友人である「しずかちゃん」に対しても負の感情は一切持ち合わせていないのですけれど、それが現実の女の子となると、どうも。
 まず、「大人しく物静か」な女子となにを話していいか、どう接していいかがわかりません。こういうタイプの子がなにを面白いと感じるのか、なにを不快だと感じるのかもまったく謎です。しかしこういうタイプの子を知らない間にうっかり不快にでもさせてしまったら、それは瞬時に学年中の女子に知れ渡り俺には弁明の機会も与えられぬまま針のむしろとなる……とまあ、経験則にる苦手意識です。
 俺は前を行く榊さんと一定の距離を保ち、彼女のパーソナルスペースに侵入することのないよう気を配りながら、閉じた扉の近くに立ちました。
 だから、机の上に広がるそれを最初に見つけたのは榊さんでした。
「うおっ」
 のどの奥から声帯を素通りして出てきたような、太く短い叫び。
 しずかちゃんらしからぬその声に俺は一瞬あつにとられ、しかしそれを発したのが榊さんだということはすぐわかりました。部室内には俺らふたりしかいませんからね。俺はちょっと動揺しながら、彼女の背中に「どうしました?」と声をかけました。
「え、いやあの、これ」
 榊さんはいびつな弧を描くように曲げた人差し指で、部室中央の長机を指しました。雑誌やレジュメ等が雑に散らかっていることの多い机の上ですが、今日は一段となにか、大量のなにかが……。
 そこに散らばっているのは、写真でした。散らばっているというか、広げられているというか。ほとんど机一面を覆うような物量の、写真。つるりと光沢のある表面が窓からの光を白く跳ね返し、何が写っているのかすぐには判別できません。俺は一歩近づき、目を凝らしました。紙の写真、なんていうものを久しぶりに見ました。
 二秒ほどで、気がつきました。
 そこに写っているのは、みやエマさん。彼女でした。
「え」
 俺の口からも、短く間抜けな音が出ました。
 宮城さん。机一面の宮城さん。それは俺がよく目にするような、カメラにぐっと近づいてその大きな目をこちらに向けた自撮りではなく、雑誌に掲載されているような、指先からつま先まで計算しつくされたポーズを決めたポートレートでもなく、街中の雑踏、学校の校舎の影に紛れた、ふとした瞬間を切り取り時を止めたような、彼女。
 美しい、という純粋な感嘆と、その物量に圧倒される気持ち、そしてこの異様な状況に対する混乱が混ざり合い、俺は再び「ああ」と意味のない声を発しました。
「これって……」
「え、あ、なんでしょうね、これ」
 そのとき、背後で扉が開きました。現れたのは、今日も迷彩柄のヘアバンドを額に巻いたタケ部長。「おはよーっす」というのんな声が、俺と榊さんの間に流れる微妙な空気を乱しました。
「部長」
「ん?」
「あの、これ」
「え、なにこれ」
 ずかずかと部室に足を踏み入れた部長は、俺たちが見下ろしていた机の上、広がる写真に気がつきました。数秒の後、彼はその目を俺に転じました。
「なにこれ?」
「え、いや、わかんないっす。俺らも今来て」
「宮城さんじゃん」
「はい。そうですよね」
「なんか、え、なに? これ。これ……隠し撮り?」
「そう、ですよね。そうですよね」
 机一面に広がる写真、そこに写る彼女の視線が一枚たりともこちらを向いていないことに、俺も気がつきました。カメラを見ていない写真。これってなんだか、ありがちな、ありがち? なんて表現でいいのかわかりませんが、とにかく一般的な、一般的というのもどうかと思いますがひとまず、まあ、一般的な。一般的な、あの、ストーカーとかが収集していそうな、隠し撮りの写真だな、と。
が持ってきたの?」
「え! 違いますよ!」
 とんでもないあらぬ疑いに俺はちょっと必要以上に焦り、机の傍らで神妙な顔をしていた榊さんに「俺らも今、見つけたんです。ね?」と助けを求めました。
「え、あ、はい。そうです。私たちも今来て、そしたらもうこうでした」
「えー……そしたら、なに? これ。嫌がらせ? だよね。誰がやったの? これ」
 部長の問いに応える声はなく、部室にはまた微妙な空気が漂いました。ふ、と思いついたように後ろを振り返った部長は、開いたままだった扉をそっと閉じました。それで更に、空気内を占める微妙さの濃度が濃くなったような気がしました。気まずさに耐えかね、俺は口を開きました。
「なんかこれ、よくある、よくあるっていうか、あの、一般的なストーカーのやりそうなことっぽいですよね」
「ああ……だね」
 そう応えた部長の目が、また俺を捉えました。その一重まぶたの重たげな目がやっぱり俺を疑っているように見え、俺は不用意に口を開いたことを後悔しました。いや、でも、俺じゃねえですし。それに……。
「あの」
 榊さんが、控えめな様子で言いました。
「ストーカーっていうと、あの、前に言ってたあのひとじゃないですか? あの、サークルのツイッターにも出た、宮城さんの……」
「そう! 俺もまさしくそう思ってました」
「いやでもそいつって、ネット上だけのやつだったじゃん。そいつがこんな、部室に、来たの?」
「ネット上だけの奴じゃないんですって! そいつ、もともと宮城さんの身辺に詳し気だったり。部長、そいつブロックしてたじゃないですか。それで」
 ガタッ、と廊下の方で物音が鳴り、俺は言葉を切りました。部長と榊さんが扉の方を向き、俺もつられてそちらを見ます。ガタ、ガタという音は徐々に近づき──やがて奥の階段の方へと去っていきました。皆一様に、止めていた息を細く、長く吐き出しました。
「あれだ。とりあえずさあ、これ片付けよう」
 扉の向こうの気配が完全に消えると、部長は机の上を指さし言いました。
「え! 動かさない方が良くないっすか。だってこれ、犯行現場ですよ、ストーカーの」
「いやだって、他のひとの目に触れたらマズいでしょ」
「なんでです? こんな大問題……」
「いや、宮城さん本人が見たらさ」
「あ」
 その可能性を、俺はすっかり失念していました。宮城さんが、この現場を目撃したら。この、ザ・ストーカーの盗み撮り写真! であふれかえる机を目にしたら。きっと強いショックを受けるはずです。恐怖、それに不安で、現場である部室にはもう二度と近づきたくないと思うでしょうし、なんなら学校にだって来られなく可能性もある。学校だけでなく、写真は街中にたたずむ宮城さんを写したものもあります。もし、精神的ショックにより、彼女が外出すらままならないような状態にでもなってしまったら……。
「確かに……」
「ね、だから片すよ」
「あ、でもちょっと待ってください」
 机に手を伸ばしかけている部長を止め、俺はスマホを取り出しその状況を写真に撮りました。アップで一枚、引きで一枚。せめてもの現場保全のつもりでした。
「でもこれ、本人にまったく伝えないっていうのも、どうなんでしょう」
 再び控えめに、榊さんが言いました。確かに、言われてみるとそんな気もします。こんな重大事件の発生を本人に黙っているなんて。彼女の心の安寧のためとはいえ、許されることでしょうか。部長と榊さん、どちらの言うことも正しいように感じられ、俺はただ「うーん……」と、優柔不断にうめきました。
「伝えるにしろ伝えないにしろさ、このままはマズいでしょ。こんなん入ってきたやつ全員の目に触れるじゃん。それは本人も嫌だろうし」
「ああ……まあ確かにそれはそうでしょうけど」
 榊さんが言い切る前に、部長は「ね」とうなずいて、机の上の写真をわさわさと集め始めました。ひとの手によって動かされると、そこには本当に大量の写真──百枚近くあるでしょうか──が広げられていたということが映像として認識されました。これはまさに、まさしくストーカー的な……。
「それ、どうするんですか?」
「やー、捨てるしかないでしょ」
 部長は集めた写真をトントンとならし、机の隅にひっそりと置かれていたバイト求人のフリーペーパーでぐるりと包みました。俺はその包みから努めて視線をらし、彼女の写った写真の束、に向けそうになるあらゆるおもいを──それはもう、ありと、あらゆる想い、を──喉の奥で封殺しました。
「人目につかないようにね」
「学生課に報告したほうがいいんじゃないでしょうか」
 おずおずと発せられた榊さんの案に、俺は再び「確かに」と頷きました。
「ですね、行きましょう、学生課。トラブルがあったら相談しろって散々言われてますし」
「いや、そんな大事にしないほうがいいよ。いたずらかもしれないじゃん」
「そうですかね……」
「一応相談だけでもしましょうよ。学内に、部室にヤバいやつが来たっていうのは間違いないんですから」
「いやでもさあ」
 部長は煮え切らない様子で、首に手を当てうーん、とうなりました。
 なんなんでしょう。なんかさっきから部長の様子が妙です。この件を隠すほうに隠すほうにとやや強引に話を進めたがっているような印象を受けます。怪しい。
「いやさあ」
 俺の不審の視線に気がついたのか、部長はいかにもきまり悪そうに、声をひそめて言いました。
「トラブル起こしたってなったらさ、部室没収されるかもしれないじゃん」
 しきりに首をさすっている部長を間に挟み、俺と榊さんはほとんど同じタイミングで顔を見合わせました。

#4-2へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2019年12月号でお楽しみいただけます!


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