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連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.13

愛するエマが気がかりながらサークルに顔を出した日野は、束の間の安らぎを得るが……。渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」#5-3

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」

※この記事は、期間限定公開です。

>>前話を読む

「電動ガンはその名の通り電動でBB弾を飛ばす銃です。ガスガンは……えー、ガスガンもその名の通りです。ガスの圧力で、BB弾を飛ばす。エアコキっていうのはエアーコッキングの略で、えーと……こう、手動でコッキングする。手動でレバーを引いたりして、バネの力で、BB弾を飛ばす」
「じゃあ初心者はその、手動のやつがお手軽ですかね?」
「あ、いやいや……。エアコキは一番初心者向けじゃないかもです。一発ずつしか撃てないんですよね、これ。撃つたびにコッキングしなくちゃいけなくて、しかもこれが結構重いので筋肉使います。そこがクールって見方もできるし、ランニングコストがかからないって利点もありますけど……エアコキメインで戦うと、俺は筋肉痛になりますね」
「じゃあ、初心者向けなのは」
「うーん……やっぱ電動ガンがいいと思いますよ。俺も最初に持ったのは電動のハンドガンでした。バッテリー充電式なので扱いが楽ですし、弾速も速くて連射性も高いのが多いですし。ガスガンは、どちらかというと玄人向け、というか、愛好家向けな感じです。撃ったときの反動とかモーションがリアルなんですよ。ガスを使うので、気温の変化に弱かったりっていうデメリットはあるんですけど、それでもそのリアルさがいいっていう。部長とか、俺はガスガンしか使わない、ってタイプで、試し撃ちさせてもらったことありますけど、確かにめちゃくちゃ楽しいです。あー俺銃撃ってるなーって感じが」
「あ、日野さん、実銃撃ったことあるんですか?」
「え、あ、いや。それはないんですけど。ええ、なんというか、想像上の? 理想の感触と合致するというか」
「なるほど」
 榊さんは天井近くまでそびえる目の前の棚を見上げ、頷きました。
「なので、ゲームを楽しみたいなら電動ガン、銃を撃つことそのものを楽しみたいならガスガン、みたいな分類も可能かと。いえ、もちろんどちらの銃でもその両方を楽しむことが可能ですから、本当に気に入ったものを買うのが一番ですけど、まあ、ひとつの指針として。サバゲーってほんと色んな楽しみ方があるので」
 話しながら、俺はさりげなく身をかがめて棚の隙間から店の奥の様子をうかがいました。俺たちの話し声が奥のメンバーにも聞こえていやしないか、心配になったからです。まだ初心者に毛が生えた程度の俺がにわか知識で一生懸命エアガンの解説をしてるのを、彼らには聞かれたくない。なんか恥ずい。
「じゃあ……やっぱり、私も電動ガンにしようかな」
「いいと思います。いやでも、今日無理して決めることはないですよ。最初のうちはレンタルとか、先輩のおさがりとかでも充分」
「うーん、そうですね。でも早めに買った方が、愛着わくかな、とか」
「ああ。それは確かに、そうですね」
「菜々美ちゃんは、もう買う気満々みたいです」
 榊さんもやや顎を引いて、店の奥を覗くように見ながら言いました。奥にいるのは、部長にヤマグッチに小早川先輩、川島くんに白木さん、それから、やや小太りで愛想のいい、顔なじみの店員さん。エアガンについてある程度知識のある新入生ふたりに向けて、やや上級者向けの手厚いレクチャーと販促が行われている様子です。完全に素人である榊さんはわいそうなことに俺が担当。店に入って五分もしないうちに、自然とこの布陣になりました。
「うーん、無理に買わせたりしないといいんですけど」
「大丈夫ですよ。菜々美ちゃん、もうこれって決めてる憧れの銃があるって言ってました。ゲームに出てくるやつで。なんて名前だったかな」
「ああーいいですね、そういうの。そう、そういうのがふさわしいと思いますよ、最初の銃に。榊さんもなにか、ゲームとか映画とかで憧れの銃とか、ないですか?」
「うーん……。あんまり、そういうとこ注目したことなかったですね」
「ああ、まあ、そうですよね。普通……」
「あ」
 くるっ、と榊さんがこちらを向きました。薄暗い店内、銃の箱ばかりが所狭しと積み上げられた空間に、彼女の髪に結ばれた鮮やかな水色のリボンが揺れました。
「エマさんが使っていた銃」
「え? ああ、ええ」
「あれ、かっこいいなって思ったんですけど、あれはなんていう銃になるんですかね?」
「あー、えっと、たぶんですけど……」
 そう前置きしたのち、俺は彼女が使っている銃の名称、メーカー、仕様等の詳細を伝えました。
「あ、でもあれは、なかなかいいお値段するやつですね」
 じつは俺も同じものを欲しいと思ってはいたんですけど、とても手が出せる価格帯ではありませんでした。新品なら五万強とか……とそのお値段を伝えると、榊さんも苦笑いを浮かべました。
「あー……。ちょっと厳しいですね。やっぱりすごいな、エマさん」
 しみじみと発声された「エマさん」の名。エマ、って、本当、良い名前ですよね。彼女の美しさを大変素晴らしく表す良い語感です。普段は脳内で味わっているその響きの美しさですが、他人が発声するのを聴くのも趣があって素晴らしい。
 しかし今、その名から呼び起こされる絶対的な美しさに混じるのは、涙の印象。やはり今日、待ち合わせの駅に彼女は姿を見せませんでした。サークルのグループラインにも反応はなし。彼女のSNSも、俺が彼女を見失った昨日の午後以後、更新はありません。
「大丈夫ですかね」
 榊さんが、ふいに静かな声で言いました。
「え?」
「あの……、エマさん」
 俺の心を読んだのか、顔色を読んだのか、榊さんもまた昨日の彼女のことを考えたようでした。
「心配ですよね、あの……昨日の様子。ストーカーとか、すごく怖いし、当然ですけど」
「ああ、ほんと。許せないです。絶対」
「日野さんて、エマさんのことが好きなんですよね?」
「え!」
 榊さんは曇りのない目で俺を見つめました。
 いや、あの、うん。好き……なんですけど、なんかこう、年下の女の子にこんなに真っ直ぐな表現で言われると……、ちょっと、照れる。
「そうですね……はは。いやでも俺のそんな、それなんて、そんな好きっていうほどのあれでも。どちらかというと、憧れに近いというか。憧れ……、うーん、尊敬とか、しようけいとかそんな感じに近いのかな? いやもちろん、そう、それらを含んだ好意ではあるんですけどね。ただ彼女はほら、人気者ですから。ファンのひとりのようなものですよ、俺なんて。ええ」
 はい、めちゃめちゃ大好きです、とシンプルに答えればいいだけのところ、俺はつい謙遜のような、あるいは言い逃れのようなそんなことを、正面の棚のAK47の箱に向けてもそもそと語っていました。あ、少ししやべりすぎたかな? と思い隣に目を向けると、榊さんは変わらず真っ直ぐな目で、神妙な顔で俺の話を聞いていました。そして、
「すみません」
「え! え、なにが、ですか?」
「あの、昨日の、菜々美ちゃんのこと。ちょっと失礼だったかなって」
「ああ、いや」
 このちびっ子め。と思ったのは事実ですけど、いえ、そんな、本気で腹を立てたりは。
「ぜんぜんそんな、大丈夫ですよ」
「菜々美ちゃん、悪い子じゃないんですけど、明らかな味方以外にはちょっと攻撃的なとこがあるっていうか」
「はあ……あはは、なるほど」
「私もエマさん、好きです。すごいれいっていうのもだし、かっこよくて」
「おお。それは」
 素晴らしい。本当に美しいひとというのは同性からも支持を得るもの。後輩から慕われる宮城さん。それもまた美しく、尊い。
「ストーカーとか、ほんと早くいなくなるといいですね」
 榊さんはふ、と視線をらし、先ほど俺が語り掛けていたAK47の箱を見つめ呟きました。「まったくです」と、俺は深く頷きます。
 なんだこの子。めちゃくちゃ良い子です。正直ちょっと苦手なタイプかも、とかなんとか思っていましたけど、やっぱり人間って対話を重ねて交流を深めれば理解し合える生き物なんですね。ブラボー。
 その美しい事実に、俺は昨日から不安定に乱れていた心の奥が、ほんのりと温かく癒やされていくのを感じました。宮城さん以外の人間からこのような癒やし効果を得るのは久しぶりな気がします。サークルに、宮城さんの美しさのわかるめちゃくちゃ良い子が入ってきてくれた。素晴らしいことです。なんだか今日は、良い日になりそう。そんな期待をもたらしてくれる温かさ。
 棚の向こうからは、「えーもう少し安くならないんすか」という川島くんの無邪気な声が、大きく響いていました。

#5-4へつづく
◎第 5 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年2月号

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