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連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.5

フレッシュな新入部員と楽しい時間を過ごす日野の元に一本の電話がかかってきて……。 渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」#3-5

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」

※この記事は2020年2月10日(月)までの期間限定公開です。

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 その後は我がサークルの明るい話、去年の合宿や、他大学と合同で行った大型屋外サバゲー企画についてなど、新たに入部するおふたりがこれからの活動に期待を持てるような話題に終始しました。五コマ目の講義がそろそろ終わろうというタイミングで西にしくんも部室に顔を出し、さらに数分後には新歓サバゲーには参加していなかったうち先輩が姿を見せました。ふたりともフレッシュな女子部員を前に少々緊張した面持ちでしたが、自己紹介を終えぽつぽつとサバゲーの話などを始めるとはにかんだ笑顔がともり場の雰囲気はさらに朗らかなものへと変化しました。
 俺は、去年サークルに入部したばかりの初々しい気持ちを思い出していました。
 なんかこういうのいいですよね。新たな仲間。新鮮な空気。未来への希望。いやあいいなあやっぱサークルって。同好の士の集まる場所。
 うちのサークルは昨年の秋のはじめにちょっと悲しい出来事が続き、ただでさえ多くはなかった部員が激減してしまったりしたのですが、こうして新入部員が増えてくれればまた俺たちの入部当初のようなにぎやかな雰囲気が戻ってくるかもしれません。
 と、平和な気分に浸っていたそのとき、俺のスマホが震えました。画面を見ると、地獄からでした。地獄にある俺のバイト先のコンビニ。オーナーから、メールです。
『須藤が飛んだから今からシフト入って』
 ファッキン!

 知らせを受けてから十五分後、俺はひとり電車に揺られながら、まだ明るい東京の空が流れゆく窓をぼんやりと眺めていました。
 十五分前までは楽しかったな。その楽しさが同じ熱量を保ったまま今やすべて悲しみに転じバイトに行きたくない。須藤さんはここのところ確かに欠勤が多く、これはもう長くないのではないかという予感は常にありました。バイトが飛ぶ=急に辞めるのはうちの店ではよくあることなのでそれほど大きな驚きはありません。しかしなぜ須藤さんは今日、俺が部室で愉快にお喋りに興じているこの瞬間を選んで辞めたのだ。そしてオーナーはなぜ他のバイトメンバーではなく俺に連絡を寄越すのか。そしてなぜ、急にシフトに入ってくれという無茶な頼みをこんな無遠慮に上から目線でできるのだ。まったく理解に苦しみます。そしてなんで俺はこんな理不尽な指示におとなしく従おうとしているのか!
 俺も飛んでやろうかな、と思います。そう、俺だって飛ぶことくらいできるんだぜ。いたいけな若者をめ腐っているいけ好かない大人にひと泡吹かせてやることなんて余裕。次の駅で電車を降りて反対側のホームの電車に乗ってうちの店とは違う系列のコンビニでお菓子でも買って部室に戻ろうかな。
 なんてことを各駅停車のホームに入るたびに考えつつ結局俺は電車に揺られ続けるのでした。後で怒られるのが怖いとか、オーナーのような人間であれ夕方の時間帯にワンオペで労働させるのは可哀想とか、いろいろ理由は挙げられますが本当のところそんなものはすべて。結局俺はなにか自分を支配する世界の流れみたいなものに逆らうだけのガッツがないのです。逆らったり争ったり走って逃げたりっていうのは体力が必要で息が切れます。俺が身体の奥底からエネルギーを発揮できるのは、魂を燃やして力を尽くすことができるのは、彼女。彼女のためにだけ。自分のためにはどうも今ひとつ、本気になれないんですよね。
 もしあのコンビニで働いているのが自分ではなく彼女だったら、俺はたぶん今すぐ本社に電話してオーナーのパワハラを訴え精神的苦痛を受けた慰謝料を請求したうえなんとしても彼を解雇させていたでしょう。俺が彼女じゃなくてよかったな、オーナー。あと五分くらいで着きますよ。

 後日、俺はこのときの選択を後悔することになります。
 俺は部室に残るべきでした。そして部長に会って、宮城エマさんへの執着を見せている『シ』という存在について、きちんとその危険性を伝え対策を考えるべきでした。
 俺はたぶん、どこかで軽く考えていたのだと思います。『シ』が彼女の身近にいるかもしれないという可能性をザラキやヤマグッチにはアピールしながらも、自分自身でそれを心から信じてはいなかった。『シ』のことを、実在の人間ではなく、ネット上に多数存在する不快な言葉を自動的に生み出すプログラムのひとつのように捉える気持ちが、まだ残っていた。彼女を守ると言いながら、まだどこかでその言葉を、フィクションのように感じていた。
 薄暗い廊下の端で、彼女の頰を滑り落ちた、一粒の光。俺だけが目撃したその光は今もなおこの胸のなかを乱反射し続け、この愚かな心をさいなんでいます。俺がもっと有能だったら。いつだってエリナを守ってきたハルトのような男であったなら、あんなふうに彼女を泣かせることもなかったのに。

#4-1へつづく
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