menu
menu

連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.1

【渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」】彼女を遠くから見守るのは、俺の役目。憧れと狂気が交錯する、青春物語!#3-1

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」


これまでのあらすじ

ゲームオタクの大学生・日野は、偶然訪れたサバゲーサークルの新歓イベントでかつてはまっていたゲームのヒロインにそっくりな宮城絵茉に恋をした。二度告白するも振られ、今後は彼女を遠く見守ることを決意するが、その頃彼女のSNSに誹謗中傷のコメントがつけられる。怒りにかられた日野は中学時代の同級生・ザラキに、犯人特定のため協力してくれるよう熱く説得するが、ザラキにはそのスキルがなく、再び中傷犯を監視することになる。

 三

 夕方、俺は盟友ザラキの部屋を後にしました。中傷犯確保に向けての計画その他あれこれを夜通し話し合いたい気持ちはありましたが、コンビニでアルバイトの予定が入っていたので。マンションを出ると、薄桃色に染まった空はどこまでも高く美しくああああーバイトなんて行きたくないなって気分です。このままモノレールに乗ってどこまでも遠くへ飛んでいきたい。
 しかし俺はとても真面目な勤労学生なのできちんと電車を乗り継いで駅構内の小汚いコンビニへと向かいます。いや、小汚い……というのは、空気とか雰囲気とかのことです。店内の清掃は俺らバイトが毎日丁寧にやっておりますので衛生面に問題はありません。空気が小汚くなるのは駅構内地下、という立地上いたしかたないことかと思います。乗り換えも多くそれなりに利便性の高い駅ですので、二酸化炭素を吐き散らかす人間の往来も多いわけです。雰囲気が小汚い感じがするのは、店員同士の仲が悪くていつもピリピリぎすぎすしているせいですかね。いや、ほんと、嫌になっちゃいますよね。
「おはようございまーす……」
 バックヤードに顔を出すと、隅のパイプ椅子に座っていたオーナー、よしおかさんがゆっくりと振り返りました。俺にいちべつをくれた彼は無言で立ち上がると、ロッカー横に貼られていたシフト表を仁王立ちで眺め、ため息をつきました。
「お前か」
「あ、はい、俺です」
どう休みだから」
「あ、マジですか」
 オーナーはチッ、と舌打ちをしてレジに出ていきました。
 おい。なんだねその舌打ちは、無礼ではないか、と言いたいところではありますが、ここでのバイト歴一年を超えた俺くらいになるともう彼の態度には慣れたものであまり感情も動きません。小柄で小太りで頭髪のほとんどを失った五十がらみのオーナーはいつも不機嫌で誰に対しても反抗期の若者のような態度で接するので、当たり前にバイトみんなから嫌われています。このコンビニの雰囲気がすさんだものになっている一番の原因はあのオーナーの存在にあると言えるでしょう。
 俺はロッカーを開き、背負ってきたリュックサックをぎゅうぎゅうに押し込み、デブのたしなみとしてもろもろの制汗処理を施したのち制服に袖を通しました。シフト開始までまだほんの数分時間がありました。リュックからスマホを取り出した俺がすべきはつらい労働に耐えるための幸福の補給。ほんの数十分前にザラキの部屋で開いた、いや、そういえばその後ここに来るまでの電車の中でも開いていたみやエマさんのSNSアカウントを、俺は再びチェックしました。

『今日は撮影で早起き。ねむい~』

 そこに現れたのは先ほど開いたときと何も変わらぬ画面、しかし俺はその画像に再び新鮮な気持ちで感動を覚えます。わいすぎる。ちょっと待ってくれ。あまりにも可愛すぎる。
 いったいなぜ、なにがこんなに可愛いのだろうと、その顔の造形から表情の繊細さから光の織りなす陰影から読み取ろうと凝視してみるのですが、ダメです。見れば見るほどもうとにかく可愛いということしかわからない。というかどうしても照れちゃってそんなにじっくりなんて見てられないし。はあ……とため息をついたところで後ろから「もう出れます?」と声がかかり俺は喉の奥でヒェッと悲鳴を上げました。慌ててスマホの画面を消して振り返ると、そこにはトウモロコシのひげのように細く弱り切った脱色髪の主婦、さんの姿がありました。彼女はいつも夕方までの勤務です。俺が来れば帰れる、というシフト。
「あ、はい出れます。すみません」
「今日須藤さん休みなんでオーナーとですよ」
「あ、らしいですね。聞きました」
「死んだ方がマシだよね」
「え、いや。はあーあはは」
 死んだ方がマシ、というのは美田さんの口癖のようなものです。朝のレジに入るくらいなら死んだ方がマシ、発注任されるくらいなら死んだ方がマシ、というような。いや俺だったら死ぬよりはだいぶマシだけどなあという局面で使われることが多いのでリアクションに困ります。
「あと今日レジ忙しかったんで品出し途中です」
「わかりました」
「そっち積んである新商品の開封もまだです」
「おお……わかりました」
「フェイスアップも最後にできたの数時間前なので」
「あ、わかりました……」
 その他諸々の引継ぎを終えると美田さんはハアーっと肺の中を空にするような深いため息をついて、なにかバンドのライブTシャツらしきものの上に着ていた制服をいまいましそうに脱ぎました。俺は大切なスマホをそっとリュックのポケットに押し込み、最後にもう一度だけ宮城さんのみずみずしい笑みを思い浮かべ、呼吸を止めてバックヤードを出ました。

「あの……あれだったら俺、代わりに残りましょうか?」
 夜、シフトの終わり時間。
 レジに客の途切れたタイミングを見計らって、俺は夜勤までシフトが組まれていた須藤さんのお休みにより超長時間労働になるオーナーにそんな申し出をしてみました。これはまあ正直気づかいというよりは先に上がる気まずさからの提案だったのですが、オーナーはそんな俺を横目でにらむと、ひと言「いらねえよ」と吐き捨てました。
 オーナーは本当はツンデレで優しいところのあるひとなんだと思います。だからこれも自分のシフトをこなすだけで充分疲労こんぱいの俺のことを思って、「そんな気づかいはいらねえよ、はやくおうちに帰ってお休みなさい」をギュッと濃縮しての「いらねえよ」だと思います。俺はご厚意に甘え「お疲れさまでした」とその場を辞しました。オーナーはこちらを見もせずそれを無視しました。ツンデレツンデレ。
 それにしても今日のバイトは最初から最後までなんの楽しみも喜びもありませんでした。一番のハイライトはホットスナックのチキンが売り切れる直前に素晴らしいタイミングで揚げたてを補充できた瞬間でしたが別に誰も褒めてくれませんでした。バックヤードに戻ると留学生のトアンくんが新商品の検品作業をしていたので、彼にも「お疲れさまでした」と声をかけました。
「え、マジで帰るんですか……」
「あ、はい……」
「オーナーとふたりか……」
「はい……。あの、レジは落ち着いてるので」
 トアンくんは悲しげな瞳で細く長くため息をつきました。うちの店から日々吐き出されるため息でこの地下の二酸化炭素濃度を爆上げしていることがバレたら行政から指導が入ったりするでしょうか。
 俺は手早く制服を脱ぎ捨て、荷物をまとめてコンビニを後にしました。家へと向かう電車のホーム、休憩時間に買った紙パックの野菜ジュースをひと息で半分ほど飲み干しました。バイトの後は、身体からだが水分と糖分とビタミンを求める。そして心は美しいものを求める。
 宮城さんのSNS更新を期待してスマホを取り出すと、一件のLINEの通知が来ていました。表示されているのは、デザートイーグルシルバーモデルのアイコン。この絶大な威力を誇る、ボーイズ憧れの大口径ハンドガンを自分のアイコンに設定しているのは、タケ部長です。サークルのグループラインかな、と開いてみると、それは彼から俺個人宛に送られてきたメッセージでした。

『サークルのツイッターにリプライしたのって?』

>>#3-2へつづく ※9/25(水)公開

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。
◎「きみがいた世界は完璧でした、が」第3回全文は、「カドブンノベル」2019年10月号に掲載されております。


「カドブンノベル」2019年10月号

「カドブンノベル」2019年10月号


◎バックナンバーは「文芸カドカワ」(’19年7・8月号)でお楽しみください。


関連書籍

カドブンノベル

最新号 2019年10月号

9月9日 配信

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP