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連載

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」 vol.22

【連載小説】部室に盗聴器を仕掛けていたことがばれてしまった日野は、相変わらずストーカーの調査を続けるが……。 渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」#7-4

渡辺 優「きみがいた世界は完璧でした、が」

※本記事は連載小説です。

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「『シ』が調子付いてるな」
「だね」
「てことはやっぱ、うちの大学のやつなのかな、『シ』。噂になってるのを知ってるやつ」
「いや、そうとは限らない。今日のターゲットも、表アカで噂について触れてた」
「今日の、えっと」
「クボユウシ」
「そっか。じゃあもう、こっちの大学まで広がってるってことか」
 俺たちは、都内にある某大学の学食にいました。宮城さんを狙うストーカー候補のひとりとして名前の挙がっている、『クボユウシ』の通うキャンパスに。
「こっちの大学かいわいでっていうか、サバゲー界隈で広がってる感じかも。クボユウシもサバゲーサークルに所属しているから」
「ああ、なるほどなるほど」
「でも大丈夫」
「え?」
「日野の噂は、SNSではそんなに見ない。ていうか名前も出てないし、顔も割れてないわけだし、ぜんぜん弱いよ」
「ああ……それは、うん。よかった。いや、よくはないけど、うん」
 気遣うように補足情報をくれたザラキに、俺は鈍く頷き返しました。自分の噂、それも、やや過剰にねじ曲げられた噂が世に流れているという状況は、もちろんハッピーではありません。ただ実のところ、俺はそんなに不快さや不安を感じているわけでもないのです。決して強がりではなく。ええ。
 噂について、ヤマグッチと榊さんから、それぞれ何度かLINEで連絡がありました。部室前で別れて以来会っていないヤマグッチからは、『情報を流したのは俺じゃないよ』という表明が届きました。『どっちの噂も、俺は誰にも何も言ってない』『そこは信じてほしい』と続いたメッセージに、俺は『信じるよ』というひと言と、サムズアップのスタンプを送りました。それが既読になったきり、ヤマグッチからの返事はありません。
 榊さんからは、『ヤバいことになりましたね』『でも人の噂も』『七十五日!』と、いまいちよくわからないテンションの文面が届きました。よくわからないながらも『ありがとうございます』と返信すると、彼女からは『サバゲーで決着付けましょう』というリプライが。うーん……、よくわからない。やっぱり榊さんは、どうにもキャラがつかめない。
 なんにせよ、榊さんが俺のことをキモいゴミ野郎と見なしていないらしいのが不思議でした。白木さんの方は完全に俺を犯罪者と判断して虫を見る目で見ていたのに。ふつう女子の友人同士って、こういうときは是も非もなく結託して同じ虫を殺そうとするものじゃないのですかね? これまで何度も殺されかけてきた経験則からそんな風に予想していたのですけれど……まあ、世界は広いな。
 俺が自分の噂についてさほど気にせずに済んでいるのは、たぶんこの、ふたりからのLINEのおかげです。なんだかこう、地に足の着いた気持ちになれて。だから俺が今気にしているのは、まさに今、遂行中のこの調査がどうやら暗礁に乗り上げているらしいという気配。毎週水曜日には必ず学食で昼食を取るはずの『クボユウシ』が、姿を現さない。
 食べ終えた日替わり定食のトレイをわきにけ、俺とザラキはそれぞれスマホをのぞき込みながらも、常に食堂の入り口を視界に入れてその時を待ち続けていました。もう昼休みも終わろうという時間。食堂からは学生たちが次々と出ていくばかりで、ターゲットが訪れる気配は一向にありません。
 ちなみになんですけど、この大学は宮城エマさんの彼氏として噂される男のひとりが通う大学でもあります。そちらに関しては俺は顔を知りませんので、現れたとしても気づくことは不可能ですが……ていうか、うん。いいんだ、そんな話はどうでも。
「今日はもう来ないのかな」
 もう何度目かになるその問いを、俺は誰にともなくこぼしました。『クボユウシ』が現れたら、直接、話を聞きに行くつもりでした。宮城さんの話を振り、反応を見る。それが今日の計画のすべて。他大学の学食に潜入し、何食わぬ顔で他の学生に交じりながら食事を取るのはそれなりにスリルを覚えやりがいを感じる行為ではあったのですけど、こうして静かな「待ち」の時間があまりにも続くと、ネガティブな疑念が浮かびます。これって、俺たちのやっているこれって、ちゃんと意味のある調査になっているのかな、という。
 これって本当に目標達成に近づく行為かな?
 ゲームなら──これがもしRPGの中のミッションなら、こんな不安を感じる必要はありませんでした。よほどの鬼畜ゲームでもない限り、クリアまでの道筋はゲーム製作サイドによって適宜導かれ、行動はすべてフラグの回収や経験値の獲得へとつながり、それらすべてを収束させる形でエンディングへと至る。「徒労」などという意味のないフェーズはまず存在しません。しかし──今、昼休みが終わりました。クボユウシは来なかった。鬼畜ゲー。
「はあ……どうしよっか。他、クボが出没しそうなとこで張ってみる? あ、それとももう思い切って、DMとか送って呼び出してみるとか。ザラキ女子大生のフリしてるわけだし来るんじゃない? まあそういうハニトラみたいなのはちょっと気がとがめるけど……」
「うん……いや、今日は帰ろうかな俺は」
「え、そう?」
「なんか疲れて」
「あ、おう、そっか。悪い悪い、だよね。俺も帰ろっかな、メシ食えたし。いや、知らん大学の学食も、なかなかの味でしたな」
「うん」
 よし、じゃあ帰るか帰るか、と、俺は食べ終えたトレイを引き寄せ重い腰を上げました。が、ザラキはスマホを見つめたまま動きません。二人分のトレイを返却棚に返し、テーブルに戻ってきても、ザラキはまだ同じ体勢で席についていました。ザラキ? と呼びかけると、彼はゆっくり二センチほど顔を上げ、「考えてたんだけどさ」と口を開きました。
「こないだ、サバゲーのことディスってごめんね」
「え? こないだ? ディス……って、ああ、あの」
 運動部へのコンプ発言?
 ひとがサバゲーをやるのは運動部へのコンプレックスが基になっているのではというザラキ説。
「いやあれ、ディスじゃないって言ってたじゃん!」
「ああ……、それ噓。ふつうにディスったつもりだった」
「マジか。そうだったのか。いや、いいけどさ……え、でもなんで、今になってそんな、急に謝るんだい」
「俺さ」
 ザラキが再びうつむきます。俺は椅子を引き、またザラキの正面に腰を落ち着けました。
「……宮城エマのストーカー捕まえようって決めたとき、それ、そんなふうに思ったのは、正義感からだと思ってたんだよね、自分で。弱いひとを、助けるみたいな。なんかすごい、やる気湧いて。義憤っていうの? 感じたし」
「あ、おお」
 そのときのことは、俺も覚えています。ザラキの部屋で、俺の話を冷静に聞いていたザラキが突如立ち上がり、ストーカーを見つけよう、と、はっきりと熱を込めて発言したこと。初めて見るそんな熱いザラキに、俺は感動しました。
「でも、違う気がして」
「違う? 違うって……」
「調べるうち、なんかいろいろ分かったじゃん。宮城エマが、過去にひといじめてたとか。俺、そういう人間ってめちゃくちゃ嫌いなんだけど」
「あ、うん」
「でも、なんか、宮城エマについては別に気にならなかったんだよね。知ったその瞬間は、うわマジか、ってひいたけど、それで調査を止めるとかって気にはならなくて。なんかもう、俺、どうでもよくなってたのかも。誰が悪いとか、そういうの」
「ああ……うん」
「最初は本当に義憤だったかも。でも、それも、なんていうか……俺は怒る対象を求めてたのかもしれないって、思った。ヒマだったから。本当に俺の怒りだったのかどうかわからない。正当性がある怒りならなんでもよくて、ストーカーとかわかりやすく悪だし、たたいていいやつだ、って。その、深く考えなくても判断できるやつを、日野が持ってきてくれて、嬉しかったのかも。義憤で動いて、いろいろ調べてっていうのも、楽しかったし。外に出るのも、俺、外に目的がないからずっと家にいただけで、普通に外好きだし。でもなんか、そう。宮城エマの黒い話、いろいろ知って、それをどうでもいいって思ってる自分で、気づいた。俺、宮城エマのためにとか、日野のためにとか、思ってないっぽい。俺はただヒマつぶしに、怒りたかっただけかもなって」
 厚い前髪の隙間から、ザラキの重たげな細い目がのぞいていました。俺は「そうか」と頷きました。思ったことは、いろいろありました。ザラキって、いつもいろんなことをちゃんと考えてすごいなあ、とか。だけど、そんな容赦なくなにもかもを言語化しなくていいんじゃないかな、とか。
「でも俺はザラキが一緒に怒ってくれて超うれしかったよ」
 フィクションに描かれるような完璧な正義感のみに価値があるわけじゃないんじゃないかなあ、とか。いや、俺にもわからない。ふつうのひとたちって、みんなそういう完璧な動機に基づいて行動しているのかな。どうなんだろうね。
「そっか」
 ザラキは浅く頷きました。そして、「じゃあ引き続きやってみるわ」と、重力を感じさせないゆらりとした動作で立ち上がります。
「ありがとう」
 俺はどっこらしょと腰を上げました。

 大学を出てすぐの駅で、ザラキと別れました。地下鉄への階段を下っていく背中を見送り、俺はアパートの最寄りでまる路線まで歩こうと、大通りを目指します。平日の午後とはいえ、広い交差点は多くの若者や外回りの労働者、観光客らしき外国人たちでにぎわっていました。歩きながら、考えました。俺ももう少し己の行動の基にあるものについて考えてみるべきなのかな、とか。
 信号待ちで立ち止まると、街頭のビジョンから流れるハッピーな恋の歌が、聞くともなしに聞こえてきます。最近りのアイドルの歌。その澄んだ歌声に、俺はいつの間にか真剣に耳を傾けていました。
──運命のひと。
──君は運命のひと。
──運命がふたりを出会わせる。
──何度でも何度でも……。
 素敵な歌詞だな、と思います。どうしようもねえくだらない歌詞だな、とも思います。ふたつの思いはなんの矛盾もなく共存し得ます。
 そのとき、ふと気づきました。どこからか、良い香りがする。甘い……花の香り。
 はっとして振り返ると、そこに。
 宮城エマさんが立っていました。

#7-5へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年6月号でお楽しみいただけます!


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