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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.9

俺に彼女がいないと分かったら、男子校時代の友人はほっとしたような声を出した。そして……。藤野恵美「きみの傷跡」#5-1

藤野恵美「きみの傷跡」


前回までのあらすじ

大学2年生の星野は、男子校出身で女子に免疫がない。所属している写真部の新入生勧誘に友人の笹川と臨んでいたが、カメラを首から下げた女子と出会い、一瞬で心を摑まれた。その1年生・花宮は、ある理由で高校に行けなくなった過去がある。男性が苦手なのも、その「傷」のせいだ。でも、過去の一度のことで人生の選択肢を奪われたくないと、前に進む決心をした。写真部に入部した花宮は、新歓撮影会などを経て、少しずつ星野と仲良くなっていく。

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      9

 はなみやさんがわいすぎて、つらい……。
 毎週、部活の定例会で顔を合わせるのが、待ち遠しいような、もういっそ、逃げ出したいような複雑な心境になる。
 おなじ空間にいて、言葉を交わしたり、笑いかけてきたりするのが、可愛くて可愛くて、幸せではあるのだが、好きになればなるほど苦しい。
 高校時代の自分からすれば、なんてぜいたくな悩みなんだというところだが……。
 可愛い女子の後輩がいる。
 男だらけの環境に比べたら、まさに天国みたいなものだから、それだけで満足できればいいのに、そうはいかない。
 人間とは、なんと欲深いものか……。
 今日は高校時代の友人が遊びに来るので、部屋の片づけをしている。その最中に、アルバムを広げ、花宮さんが写っている写真に、つい、見入ってしまった。
 先日の新歓撮影会で撮ったうちの一枚に、花宮さんがばっちり写っていたのだ。最初はプリントアウトしたものを写真立てに入れて飾ろうかとも思ったのだが、だれかに見られるとまずいと考え、自重した。
 さて、物思いにふけっている場合ではない。そろそろ、ネムが来るので、掃除を終わらせないと……。
 ネムと会うのは、半年ぶりだ。
 中学高校を通して、もっとも仲の良かった友人のひとりであり、とうそういちろうという名前があるのだが、いつも眠そうな目をしているので、ネムと呼ばれている。
 ネムから「話したいことがあるから、遊びに行っていい?」と連絡が来たのは、先週のことだった。
 話したいことって、なんだろう。
 彼女ができた、とかいう報告だとショックだな……。
 大学に入ってからというもの、かつてのクラスメイトに続々と彼女ができている。直接、話を聞いたやつもいれば、SNSでそれとなくアピールしているのを見てしまったというパターンもあるが、うらやましいことには変わりない。
 前回みんなで集まったときには、ネムは浮いた話はまったくないと言っていた。工学部に進み、課題に追われ、色恋沙汰の入る余地がない大学生活を送っており、俺は思わず「同士よ」と肩をたたいたのであった。まさに最後のとりでというか、先を越されたくないところではあるが、ネムはひょろりと背が高く、顔もまあまあ整っているので、それなりにモテるんだよな……。実際、高校時代には、おなじ塾に通っている女子から告白されたという経験の持ち主だ。
 ちなみに、俺もせめて学校から帰ったあとに女子と接することができる場所があれば……という思いから、親に「塾に行きたい」と申し出たところ、家庭教師をつけてもらうはめになったのだった。もちろん、白いブラウスがよく似合う美人家庭教師が……なんて展開はあるわけもなく、国立大に通う男子校出身でいつもチェックのシャツを着たまるで自分の未来図みたいな大学生に教えてもらうことになり、おかげで数学の成績はかなり向上したが、甘酸っぱい思い出などなにひとつないのであった……。
 そうこうしているうちに、インターフォンが鳴った。
 玄関ドアを開けると、ネムが立っていた。
「迷わなかったか?」
「全然。駅からすぐだったし」
「まあ、あがれよ」
 ネムは靴を脱ぐと、手に持っていた紙袋を差し出した。
「ケーキ、買ってきた」
「マジで? さすが気の利く男」
 俺たちはふたりとも甘党で、高校時代には男同士でケーキ食べ放題にチャレンジしたという剛の者なのである。
「飲み物いれるから、適当に座って」
 やかんで湯を沸かして、マグカップと紅茶のティーバッグを用意する。
「すげえ、広い部屋だな」
「そうか?」
「あ、これ、見覚えある。高校のときにも使ってなかった?」
 アナログの目覚まし時計を見て、ネムが言った。
「そうそう。実家から持ってきたはいいが、よく考えると、スマホでアラームかけてるから使わないんだよな。だから、電池が切れたあと、そのままで、動いてない」
「相変わらず、本が多いね。おお、六法全書だ。法学部っぽい」
「武器にできそうな分厚さだろ。持ちあげると、ちょっとした筋トレにもなるぞ」
 俺はケーキを皿に載せ、紅茶といっしょに、ガラステーブルに運ぶ。
「わざわざ来てもらって悪かったな」
「いいよ。家のほうがゆっくり話せるし。それに、ホッシーがどういうところで暮らしているのか、見たかったから」
 ほしだから、ホッシー。安直につけられたあだ名だ。まあ、公共の場ではとても口にできないような名で呼ばれていたやつもいるので、それに比べたらマシではあるが。
「実家にいたときの部屋と、あんま、変わらないと思うが」
「いいなあ、ひとり暮らし」
「ネムは自宅生だっけ?」
「そう。第一志望に受かっていたら、俺もいまごろは京都で下宿生だったはずなんだけど」
 ああ、そうだった。大学受験のときのことなんてずいぶんと遠い記憶になっていたので、うっかり地雷を踏んでしまった。
「すまん」
 俺が謝ると、ネムはやんわり笑った。
「いいって。もう、吹っ切れたから」
 それから、キッチンの棚に目を向ける。
「なに? この赤いやつ」
「自動調理鍋。材料を入れて、ほったらかしておくだけで煮物ができる」
「へえ、すごいね」
「実家で使っていたらしいが、新調したから母親が古いのを送ってきたんだ」
 そんな会話をしながら、ケーキを食べる。大学生活のことやほかの友人らの近況などを話したあと、俺は切り出した。
「で? 話したいことって?」
 ネムはフォークを置くと、真剣な顔つきをして、こちらを見た。
「あのさ、告白ってしたことある?」
 うわ、やっぱり、恋愛関係の話か……。
 高校時代の仲間が、ひとり、またひとりと、大人になっていくことに、いちまつのさみしさを覚える。
「いや、ない」
 俺は正直にそう答えた。
「じゃあ、いまも彼女は?」
 その問いかけにも、首を大きく横に振る。
「そっか」
 ネムはどことなく、ほっとしたような声を出した。
 なんだ? 彼女ができたとかいう自慢話じゃないのか? むしろ、その様子は現在進行形で悩んでいるようであり……。
 そこで、ぴんと来た。
 俺とおなじく、片思いなのだろう。
「もしかして、ネム、好きな相手がいるのか?」
 俺の問いかけに、ネムはあいまいにうなずいた。
「うん、まあね」
「どんな子なんだよ」
「ホッシーは? 好きなひと、いる?」
「いちおう、気になる相手はいるけど」
 そう答えながら、うれし恥ずかしで、くすぐったいような気分になった。
 こんなふうに恋愛トークをできる日が来るなんて、暗黒の男子校時代からすると、格段の進歩である。
 片思いは、つらく苦しい。
 しかし、その苦しみさえも、女子がいる環境だからこそ味わえるのだと思うと、甘さを帯びてくる。
「どんなひと?」
「大学の後輩。俺、写真部に入ったって話はしたっけ? そこに、一年が入ってきたんだけど、めちゃくちゃ可愛い子で」
「へえ、そうなんだ」
「写真、見る?」
「あるの? 見せて見せて」
 俺はアルバムを広げ、秘蔵の一枚をネムに披露した。
「可愛いだろ」
「これ、隠し撮り?」
「ちっ、ちがうって! を撮っていたら、たまたま、彼女もいっしょに写っていただけで……」
 まあ、本当のところは、そのような言い訳ができるように構図を考えて、さりげなく花宮さんのほうにカメラを向け、そのすがたをフレームに収めたわけだが……。しかし、隠し撮りと言われると、さすがに外聞が悪いので、そこはしっかり否定しておきたい。
「可愛いね」
 ネムは写真をまじまじと見て、そう感想をつぶやいた。
「だろ、だろ」
 花宮さんの可愛さについて、俺が自慢する筋合いはないのだが、なんとなく誇らしい気持ちになる。
「告白しないの?」
「えっ……」
 直球の質問に、俺はたじろぐ。
「いやあ、まあ、告白したところで成功率が低いっていうか、限りなくゼロに近いと思うし」
「なんで?」
「だって、どう考えても無理だろ。花宮さんが俺のことを好きになる理由がない」
 自分で言っておきながら、心にぐさりと刺さった。
 そうだよな、苦しみの原因はまさにそういうことだ。
「でも、告白をしないと、自分の気持ちは伝わらないよ? 黙っていたら、ずっと、いまのままだけど、勇気を出してみれば、もしかしたら、なにか進むかもしれないじゃない?」
 めずらしく熱心な口調で、ネムはそう語る。
「まあな、そういう考え方ができるっていうのも、わかるけど」
 俺はうなずいたあと、言葉をつづけた。
「でもさ、やっぱ、おなじ部活だし、断られたら気まずいだろ。こっちとしては、良き先輩でいるのがベストかなあと思うので、告白とかは考えてない」
「そんなこと言っているあいだに、ほかのだれかに取られちゃうかもしれないけどね」
「おい、ネム、おまえ、なんて嫌なことを……」
「ごめん。いまの全部、ほんとは自分に言いたいこと。なかなか、勇気が出なくてさ」
 ネムはそう言って、困ったように笑った。
「告白する勇気か?」
「そう。好きだとか、言えないよな」
 ネムの言葉に、俺も大きくうなずく。
「だよな」
「でも、俺は勇気を出す」
「マジか。すごいな、ネム」
「俺が好きなの、おまえだから」
 一瞬、ネムの言ったことの意味がわからなかった。
「は……?」
 おまえ、って?
 ネムが見ているのは、俺だ。
「だから、俺はホッシーのことが好きなわけ。そんなこと言われても困るとは思うけど、でも、伝えたくて」
「俺も、ネムのことは友達としてかなり好きだが、そういう意味じゃないってことだよな?」
「うん。恋愛的な意味」
「えっと……。すまん、頭が混乱して、ちょっと理解が追いつかないんだが」
 男子校時代、ゲイだといううわさの先輩がいたり、仲良すぎてカップル扱いされているやつらもいたが、ネムがそうだなんて思いもしなかった。
「ネムって、男が好きな、その、同性愛のあれだったのか?」
「うーん、それが自分でもよくわかんなくて。好きになったのは、ホッシーだけだし。でも、女の子とつきあってみても無理だったから、たぶん、そうなんだと思う」
「そうなのか……」
 衝撃の事実に、なんと言っていいのか、わからない。
「気持ち悪い、って思う?」
 ネムの問いかけに、俺は勢いよく首を横に振った。
「いやいやいや、それはない」
 実際、驚きはしたものの、悪い気はしなかった。
 それどころか、告白というものをされたのは人生ではじめてなので、ちょっとうれしい……かもしれない。
「驚いたっていうか、どう受け止めていいのか、わからんが……。でも、気持ち悪いとか、そういうふうには絶対に思わないから、そこは気にするな」
「よかった」
 ほっとしたように、ネムはつぶやく。
「まさか、ネムがそんなふうに思っているなんて、まったくの想定外だったから、どうしたらいいか、わかんなくて……」
 真っ先に頭に浮かんだのは、傷つけたくない、ということだった。
 ネムは俺にとって、大事な友達だ。
 もちろん、俺の気持ちは恋愛感情ではないので、ネムの好きだという気持ちに応えることはできない。それでも、どうにか、ネムが悲しい思いをしないようにしてやりたかった。
 ネムが勇気を振り絞って告白したというのがわかるからこそ、受け入れることができないのが、心苦しい。
「べつに、どうもしなくていいよ」
 ネムはそう言って、諦観をにじませた笑みを浮かべた。
「ホッシーが同性に興味ないのわかってるし、つきあうとか、そういうことは考えてないから。ただ、気持ちを伝えたかっただけ」
 よくわからないまま、俺は言葉のつづきを待つ。
「俺、自分がゲイだってこと認めるっていうか、本当にそうなのか確かめるために、男の恋人を作ろうと思って」
「え?」
「そういうコミュニティーがあるから、参加してみようかと……。でも、その前に、自分の気持ちに決着をつけたくて、無理だってわかってるけど、告白した。ホッシーは優しいから、たぶん、男に好きだって言われても、拒絶しないだろうって思えたし……。それでも、友情を裏切ったみたいに思われたら、嫌だなって気持ちはあったけど」
 ネムがすごく悩んだのであろうことは想像がつくが、だからといって、完全に理解することは不可能なので、安易なことは言えない。
「なんで、俺なんだ?」
 たしかに俺たちは仲が良いが、それが恋愛感情になるというのは、どうしても理解できなかった。
「マラソン大会のときに『おまえ、手、つめたいなあ』って言って、俺の手をあたためてくれただろ。あれで自覚した」
 そういえば、そんなことをした気がする。
 俺はわりと体温が高いほうなので、寒がっているやつがいたら「使えよ」と手袋やマフラーを貸してやるようにしていたのだ。そんな流れで、つめたかった手をあたためた覚えがあった。
「ホッシーに手を握られて、ドキドキしまくって、相手は男なのに、これはヤバイだろうって思ったわけ」
「そうだったのか。全然、気づかなかった」
「ずっと、気づかれないように、必死で隠してたから。友達でいたかったし。でも、これ以上、自分の気持ちにうそつくのがつらくて、結局、言っちゃったけど」
「俺、ネムの気持ちには応えられないけど、友達であることには変わりないから」
 そう伝えると、ネムは泣きそうな顔になった。
「だから、そういう器のでかいところが、れるんだって」
 震える声で言われて、俺は返答に困る。
「今日はありがとう。言いたいこと言えて、すっきりした」
 ネムは立ちあがって、帰り支度をはじめた。
「変なこと言って、ごめん。また今度、みんなで会うときにはふつうに接してもらえるとうれしい」
「ああ、わかった。あのさ、なんかあったら、連絡しろよ。友達としては、いつでも力になってやるから」
「うん。じゃあ」
 ネムが帰るのを俺は玄関で見送る。
 部屋でひとりになったあとも、しばらく信じられない気分で、ぼんやりとしていた。
 まさか、男で、友達だと思っていた相手に、告白をされるとは……。
 数時間前には、自分の身にこんなことが起きるなんて考えもしなかった。

#5-2へつづく
◎第 5 回全文はカドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年1月号


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