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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.17

ふたりきりで出かける花火大会。彼女のすがたを目にして、俺はその場で固まった。藤野恵美「きみの傷跡」#9-1

藤野恵美「きみの傷跡」


前回までのあらすじ

男子校出身の大学2年生・星野は、写真部の新入生勧誘で出会った1年生の花宮まいに一瞬で心を摑まれた。花宮は、ある理由で高校に行けなくなった過去があり、その「傷」のせいで男性が苦手だ。けれど、過去の一度のことで人生の選択肢を奪われたくないと決心し、写真部に入部した。撮影会などを経て少しずつ仲良くなるふたり。夏合宿で花宮は、星野のことが好きかもしれないと自覚する。星野は花宮を花火大会に行こうと誘い、0Kの返事をもらう。

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      17

 改札を出て、待ち合わせ場所に向かったが、はなみやさんのすがたはなかった。三十分も早く着いてしまったので、当然といえば当然だ。駅のまわりを意味なく一周してみたり、コンビニをのぞいたりしてみたが、それでもまだ待ち合わせ時間まで十分以上あった。
 おなじように花火大会に行くのであろうひとたちで、駅前はかなり混雑していた。これだけひとが多いと、ちゃんと会えるかどうか心配になってくる。べつの場所での待ち合わせにしたほうがよかっただろうか……。
 そんなことを思いながらスマホを見ていると、花宮さんから「申し訳ありません。少し遅れてしまいそうです」とメッセージが届いた。
 俺は「了解」と返信して、その場で待ちつづける。
 それほど経たないうちに、花宮さんが改札を抜け、急ぎ足でやって来た。そのすがたを目にして、俺はその場で固まった。
「すみません! お待たせして……」
 花宮さんはぺこりと頭を下げたあと、こちらを見あげる。
 あまりの衝撃に、俺は返事をすることもできず、ただ立ち尽くすしかなかった。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、まさか、浴衣ゆかたで来るとは思ってなかったから、びっくりしたっていうか」
 わいすぎて、心臓が止まるかと思った。
「母が、着せてくれて……。動きにくいからどうかとも思ったんですが、せっかくの機会なんだからと言って……。そのせいで、急げなくて、遅れてしまったんです。お待たせして、本当にすみませんでした」
「いやいやいや、それは全然いいんだが」
 改めて、花宮さんのすがたを確認する。
 涼しげな水色に紫色の朝顔が描かれた浴衣で、大人っぽいというか、普段とはまったく印象がちがう。
 花宮さんの浴衣すがたにれていて、ふと気づいた。
 いつも首から下げている一眼レフが、今日は見当たらない。
「カメラは?」
 俺が言うと、花宮さんは片手を軽く上にあげた。
「母のカメラを借りてきました。こっちならきんちやくに入るので」
 言いながら、巾着を広げ、カメラを取り出して、俺に見せる。
「おおっ、ちっちゃい」
 さすがコンデジ、その名のとおりコンパクトなデジタルカメラである。
「触っていいか?」
「はい」
 花宮さんに許可を取り、俺はそのカメラに手を伸ばした。
「やっぱ、軽いな」
「母が旅行に持っていくカメラを欲しがっていたので、防水機能つきだし、スマホより安心ということで、私が選びました」
「防水で耐衝撃のタフモデルか。たしかに一台あると便利だよな」
「花火は難しいかなとも思ったのですが、どれくらい撮れるのか、試してみようと……」
「なるほど」
 俺がカメラを返すと、花宮さんはそれをまた巾着に仕舞った。
 花宮さんの髪には、ちようの飾りがついていた。いつもの髪型とちがって、耳のあたりが見えているのが、なんとも色っぽくて……。
ほし先輩?」
 不安げにこちらを見あげたあと、花宮さんはまた申し訳なさそうな顔をした。
「あの、遅れてしまって、本当にすみませんでした」
「いや、だから、それは全然いいって。そもそも、そんなに遅れてないだろ。何回も謝んなくていいから」
 そう伝えると、花宮さんはようやく、ほっとした表情になった。
「よかった」
 ここまで不安にさせているということは、こちらの態度に問題があったのだろう。
「俺、怒ってるみたいに見えた?」
「えっと、いえ、そういうわけではないのですが……、少しだけ……」
 花宮さんは少し迷い、言いよどんだあと、俺の言葉を肯定した。
 ああ、やっぱり、そうか。
「そんなつもりはなかったんだが。実は、ささがわにも言われたんだ。俺はときどき、言い方がきついというか、無愛想になるから、気をつけろって」
 緊張しているときは、特に注意だ。
 そのアドバイスのおかげで、いま、俺の態度が誤解を招いている可能性に気づくことができた。
「笹川先輩って、すごいですよね。まわりのことをよく見ているというか、気配りができるひとで……」
「だよな。あいつ、ああ見えて、女心にくわしかったりするし。さすが共学出身のやつはちがうなと思わされること度々だ」
「星野先輩は共学じゃなかったんですか?」
「ああ、俺は中高と男子校だったから」
 そんな話をしながら、俺たちは歩き出す。
「そういや、花宮さんは高校は中退したんだっけ? それで、自分で勉強して、大学に受かるってのもすごいよな」
 俺が言うと、花宮さんは少し驚いたような表情を浮かべた。
「すごくないです、そんなの……」
「そうか? 俺なんか流されるままに大学まで来たから、そういうの、すごいと思うけど。なんで、高校、やめたんだ?」
「それは……人間関係のトラブルと言いますか……、いろいろありまして」
 花宮さんは困ったように言葉を濁す。
 しまった。あんまり触れられたくない話題だよな、きっと……。気になるから、ついいてしまったが、立ち入りすぎたかもしれない。
「打ち上げ会場に近いと混雑するから、対岸の少し離れたところで撮ろうと思って」
 俺はそう言うと、ひとの流れから離れて、路地へと入っていく。
「低い花火は見えないが、ビル群も入ったほうが雰囲気が出るし」
 いちおう、事前に撮影のための穴場スポットを調べて、下見もしておいたのだ。
「わかりました。あ、私、ちょっと、ここで撮りたいです」
 花宮さんは巾着からカメラを取り出すと、ずらりと並んだちようちんに向け、シャッターを切った。
「夏祭りっていう感じですね」
 カメラを構えた花宮さんは、もう一枚、べつのアングルで撮る。浴衣の袖のところから白くて細い腕が見えて、Tシャツとはちがうチラリズムというか、たまらないものがあった。
 はっきり言って、浴衣、最高である。
 日本の美の真髄を見た気持ちだ。
「俺も撮っていいか?」
 カメラを構えて、花宮さんに言う。
「はい、もちろん」
「じゃあ、そこ、立って」
 俺の言葉に、花宮さんは目をぱちくりさせる。
「えっ、私ですか?」
「なんで、驚くんだ?」
「いえ、風景を撮るのだと思ったので……。そうか、そうですよね……、こういう格好をしているんだから……」
 花宮さんはまっすぐに立ち、こちらに目を向けるが、表情が硬い。
「被写体って、緊張します」
「わかる。俺も、撮られるのは苦手だ。撮るほうが気楽でいいよな」
 言いながら、シャッターを切る。
 ポートレートって、難しいな。
 改めて、そう感じた。
 俺の腕では、花宮さんの持っている本来の輝きがさっぱり引き出せないのだ。
椿つばき先輩なんか、いつも自然体だけど。どうやったら、常にああいう精神状態でいられるのか、ほんと、謎だ」
「たしかに、椿先輩のポートレートはいつも素敵ですよね。うちの母もカメラに向かって笑顔を作るのがうまいのですが、私は撮られるのには向いていなくて……」
 ファインダー越しに、花宮さんが嫌がっているのがありありと伝わってくる。
 もっと、撮りたいけれど……。
 俺は諦めて、カメラを下ろした。
「飲み物とか、どうする? コンビニで買い出しするつもりだったが、屋台をまわってもいいし」
「私もコンビニでいいです」
 途中のコンビニで買い物を済ませたあと、目的地へ向かって、ひたすら歩く。
 打ち上げ会場とは逆方向なのに、こちらの道にも屋台が出ており、それなりに混雑していた。
「星野先輩は、音楽を聴いているときに、感動して鳥肌が立つことって、ありますか?」
 花宮さんの質問に、俺は少し考えて、答えた。
「そういう経験はないかも。そもそも、俺、あんまり音楽を聴かないんだよな」
「そうですか……」
 どことなくがっかりした様子で、花宮さんはつぶやく。
 まずい。会話が終わってしまうではないか。せっかく話題を振ってくれたというのに……。
「花宮さんはどういう曲が好きなんだ?」
「ピアノ曲が好きで、コンサートやリサイタルで生演奏を聴くと、すごく感動します。でも、ボカロも好きです。ジャンルにこだわりなく、なんでも聴くのですが、心を揺さぶられるような曲とであうと、鳥肌が立つのです。でも、以前、その話を母にしたら、わからない、って言われたんです」
「感動して、鳥肌が立つ感覚が?」
「はい。その場には、もいたのですが、ふたりとも不思議そうな顔をしていて……。私にとっては、よくある感覚だったのに、通じなかったので、一般的なことではないのかなと思って」
「音楽はわからんが、俺の場合、ミステリとか読んでるときに、ラストで見事に伏線が回収されたりすると、鳥肌立つけど」
「えっ、ほんとですか?」
 花宮さんはうれしそうな声を出した。
「ああ。たぶん、花宮さんが言うのとおなじ感覚だと思う」
「ありますよね、そういう感覚。わかってもらえて、よかったです」
「音楽でもそれくらい感動できればいいんだろうけど、いかんせん、俺はそっち方面にはうとくて。高校時代の友達に、すごく音楽にくわしいやつがいて、いろいろと薦めてくれたんだが、いまいち、ハマれなかったんだよな」
 ネムがよく自分の好きな曲を聴かせてくれたのだが、俺にはぴんとこなかったのだった。あのとき、もっと興味を持っていれば、いま、花宮さんと音楽の話題で盛りあがれたのかもしれないが……。
 会話が途切れたところで、花宮さんは立ちどまり、巾着からカメラを取り出した。
「空の色が綺麗だったので」
 撮影を終えると、花宮さんはそう言って、また歩き出す。
 夕暮れの空は雲の一部があかね色に染まり、ほとんど日が沈みかけていた。
 予定では暗くなるまえに目的地に着くはずだったのだが……。
 花宮さんの歩くペースに合わせているので、ひとりで来たときよりもずいぶんと時間がかかっており、まだ半分しか来ていない。
 そういえば、花宮さんは浴衣を着ているってことは、なんだよな。
「足、だいじょうぶか?」
 そう訊いてみたところ、花宮さんは困ったような笑みを浮かべた。
「あの、実は、さっきから、少し痛くて……」
「マジか。どうしよう。ちょっと休んだほうがいいか?」
「いえ、歩けないほどではないのですが」
「そこに、ベンチあるし」
 ちょうど少し先のマンションの敷地内に小さな公園があったので、そこのベンチで少し休むことにした。
 花宮さんはベンチに腰かけて、下駄を脱ぐ。
 素足をぶらぶらさせているのが、妙になまめかしくて、俺は目をらした。
「鼻緒のところか?」
「はい。履き慣れてないので、痛くなるかもって、母とも話していたのですが……」
 俺もビーチサンダルで痛くなったことがあるので、つらさはなんとなく想像ができた。
「すまん。全然、気づかなくて」
「こちらこそ、すみません。やっぱり、浴衣じゃなく、スニーカーで来るべきでした」
 しょんぼりと言う花宮さんに、俺はなんと声をかければいいか、わからなかった。
 これ以上、歩くのは大変だよな……。おんぶとか? いやいや、それはさすがに……。あるいはタクシーを使うという手もあるが……。
 そんなことを考えながら、花宮さんと並んでベンチに座っていると、幼稚園くらいの女の子が歩いているのが見えた。
 金魚の描かれた浴衣に真っ赤な帯を締め、手にはヨーヨー風船を持っている。ザ・夏祭りという雰囲気であり、なんともフォトジェニックだ。
 俺の視線に、花宮さんも気づいたようだった。
「可愛いですね」
「いい被写体だけど、このご時世、見知らぬ女児を勝手に撮るわけにはいかないよな」
「そうですね。スナップ写真と肖像権についての問題は難しいところです」
 女の子はふと、立ちどまった。
 歩道のまんなかに立ったまま、女の子は「パパー、つかれたー」と言って、両手を広げる。そばにいた父親は身をかがめると、女の子を抱きあげて、歩き出した。女の子は安心しきった顔で、父親の首に腕をまわす。
 これもまた、スナップ写真として切り抜きたいような情緒のある光景だ。
「花宮さんがあれくらいの子供だったら、ああやって運んでやるんだが」
 ちょっとした軽口というか、冗談みたいな気持ちで、そんなことを言ったのだが、花宮さんは思いがけない反応を見せた。
 目を大きく見開いたあと、表情を曇らせたのだ。
 傷ついたような、泣きそうな……。
 なにが、まずかったんだ?
 微妙な表情から心の内側を読み取るなんて器用なは俺にはできない。だが、少なくとも喜んでいないことはたしかだ。
「すまん。変なこと言って。やっぱ、タクシーに乗るのがベストか。大通りに出たら、タクシーもつかまると思うし」
「いえ、タクシーとか、そんなのいいです。歩けますから」
「でも、痛いんだったら、無理しないほうがいいぞ」
「あの、いちおう、ばんそうこうを持ってきたんです」
 花宮さんはそう言うと、巾着を開けて、絆創膏を取り出した。
「ただ、その、私、帯が苦しくて……。浴衣をかなりきつめに着付けてもらったので、体勢的に自分で貼るのは無理といいますか……」
「ああ、なるほど。俺でよければ貼るけど」
 俺は絆創膏を受け取り、ベンチから立つと、花宮さんの足元にひざまずいた。
 そして、花宮さんの足に手を伸ばそうとして、はたと冷静になる。
 いや、でも、これ、どうなんだ。恋人でもない女性の素足に触るとか、いいんだろうか……。
「すみません。私、星野先輩に甘えすぎですよね」
「俺としてはいくら甘えてもらっても構わないんだが」
 俺の視界が、花宮さんの足の指で占められる。信じられないほど小さい爪だ。足の指の先まで可愛くて感動すらしてしまう。
 痛いところに絆創膏を貼るだけである。なにも、やましいことはないのだから……。
 俺は雑念を追い払い、花宮さんの足に触れた。そして、親指と人差し指のあいだに、絆創膏を貼りつける。
「もう片方の足も」
 俺の言葉に、花宮さんは小声で「はい」と言って、足を差し出す。
 やっぱり、笹川の言うとおり、フラグが立っているのかもしれない。
 ここまでさせておいて、まさか俺の勘違いとか、一方的な思いこみってことはないよな……。でも、女子の気持ちなんてさっぱり想像がつかないので、確証は持てなかった。
「もし、花火に誘ったのが、笹川だったら、どうした?」
 花宮さんの足に絆創膏を貼り、そのままの姿勢で、俺は問いかける。
「え……」
 花宮さんは困惑したように、俺を見おろす。
「笹川とかほかの一年とかだとしても、こんなふうに浴衣を着て、ふたりで出かけたりしたのだろうかと気になって」
「それは……」
 俺は黙って、花宮さんの言葉を待つ。
「星野先輩だから、です」
 消え入りそうな声で、花宮さんは言った。
「私、男のひとが苦手なのですが、星野先輩はなぜか平気で……。いまも、星野先輩じゃなかったら、こんなこと、絶対に無理です」
 花宮さんはうつむき、自分の足元に視線を向けた。
 俺の手に花宮さんの足に触れたときの感覚が残っているように、花宮さんの足にも俺に触れられた感覚が残っているのだろう。
「そんなこと言われると、期待してしまうんだが……」
 想像もしていなかったような状況に頭が混乱して、俺は思わず、おかしなことを口走ってしまった。
「告白したら、つきあってくれるか?」
 花宮さんはおろおろとして、返事に困っている様子だ。
 そりゃ、そうだよな、いきなり、こんなことを言われても……。
 俺としても、今日、こんな場所で告白するつもりなんてまったくなかった。どうして、こんなことになっているのか、理解が追いつかない。
「あの、私でよければ……」
 花宮さんはそう言って、こくりとうなずいた。
「えっ? いいの? うわ、ちょっと、信じられないんだが」
 そのとき、夜空が光った。
 花火が打ち上げられたのだ。
 建物と建物のあいだから、放射状に飛び散る光が見える。ごうおんが伝わり、まくだけでなく、全身を震わす。一瞬、花火はまぶしいほどの輝きを放ち、消えたかと思うと、また光が広がり、爆発音が響いて、夜空に色鮮やかな大輪の花が咲く。
 あまりにできすぎたタイミングに、俺はもう笑うしかなかった。

#9-2へつづく
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