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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.15

つきあってもないのにデートに誘って嫌われたら元も子もない。言い訳をする俺に、勇気が出るキツい一言が。藤野恵美「きみの傷跡」#8-1

藤野恵美「きみの傷跡」


前回までのあらすじ

男子校出身の大学2年生・星野は、写真部の新入生勧誘で出会った1年生の花宮まいに一瞬で心を摑まれた。花宮は、ある理由で高校に行けなくなった過去があり、その「傷」のせいで男性が苦手だ。けれど、過去の一度のことで人生の選択肢を奪われたくない と決心し、写真部に入部した。撮影会などを経て少しずつ仲良くなるふたり。夏合宿で星野と楽しい時間を過ごした花宮は、彼の笑顔に胸が締めつけられ、星野のことが好きかもしれないと自覚する。

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      15

 合宿から戻って、しばらくしたある日。
 ささがわが大学に用事があったらしく、帰りに俺の部屋に遊びに来た。
「外国の土産みやげで、微妙にくせのあるお菓子があるんだが、食べるか?」
 俺の問いかけに、笹川はうなずいた。
「おう、受けて立つ」
 俺は紅茶をいれて、お菓子を用意する。
「親がトルコに行ってたらしく、その土産なんだけど、大量にあって」
「へえ。なんで、また、トルコに?」
 笹川は言いながら、それを口に運んだ。
おやの趣味がカメラで、カッパドキアの写真を撮りに行ったらしい」
 最初はアイスランドかアラスカにオーロラを撮りに行くという話だったはずが、なぜか、トルコになったのだった。大方、いつもの親父の気まぐれだろう。
 その土産がつめこまれた宅配便の段ボール箱に、このお菓子も入っていたのだ。
「うわ、めちゃくちゃ甘いのに、かすかに苦くて、舌がビリビリするな」
 一口食べたあと、笹川はなんとも言えない複雑な表情を浮かべた。
「だろ。わりと大きめの容器にみっちり入っていて、ひとりじゃ食べ切れないから、ちょうどよかった。遠慮なく食べてくれ」
「このザリザリした食感とか、すごいな。風味も独特で、食べたことない味だ」
 笹川は戸惑いつつも、フォークを積極的に動かして、つづけざまに口に運んでいく。
「笹川って、意外と、チャレンジ精神のあるタイプなんだな」
 俺が言うと、笹川は首をかしげた。
「どういうことだ?」
「いや、めずらしい食べ物って、まったく手をつけないやつとかもいるから」
「慣れると、結構、おいしいかも。これまであまり使っていなかった脳の味覚の部分が目覚める感じというか」
「そうなんだよ。食べていくうちに、ハマるものがあるだろ」
 俺の体験した「味覚の幅が広がる感じ」が笹川にもわかってもらえたようで、なんともうれしい気分になった。
「トルコって、いま、治安はどうなんだ?」
「親父が言うには、観光地はそんなに危険じゃないらしい。テロ対策とかでセキュリティが強化されて、かえって安全性が高まっているくらいだ、って話していたな」
 俺はスマホを取り出して、笹川に見せる。
「ちなみに、これが親父から送られてきた旅行の写真だ」
 そこには、たくさんの奇岩が写っていた。
 空にむかって、そそり立つキノコ岩。
 しかも、その胴長のキノコ岩の写真には、わざわざ親父の手書き文字で「俺のサイズ」なんて落書きまでしてあるのだ。
 紅茶を飲もうとしていた笹川は、巨大なキノコ岩の写真を見て、吹き出した。
「なんとも立派なモノをお持ちで……」
 軽くむせたあと、笹川はそんなコメントを述べる。
「この場所はラブバレー、愛の谷と呼ばれているらしい」
「いいセンスしてるな」
 この絶妙な造形は、火山の噴火によって堆積した岩が浸食されて、自然にできあがったものだそうだ。
「親父、ここでテンションあがりすぎで、何十枚も写真を送りつけてきたからな」
 夕陽に照らされた奇岩群の写真は、まるで異世界の情景みたいで、フォトジェニックだとは思うが、それにしても、アレにそっくりな岩を見て、はしゃぎすぎである。
「アホだろ」
「っていうか、自分の父親とこういうやりとりができるって、すごいよな。ふつう、親との会話で下ネタとか、ありえないだろ」
「親父の精神年齢が低いおかげで、親っていうか、兄貴みたいな感じかも」
「仲良いんだな」
 その口調はいつもの笹川らしくなく、どこか深刻な響きがあった。
 たぶん、笹川は親との関係が良好ではないのだろう。
 そんなふうに察して、話題を変えることにした。
「それはそうと、合宿でさ……」
 高校時代にも、家族がワケありだったりする友人はいた。あまり触れられたくないであろうから、こちらも気づかないふりをしておく。
「笹川、言ってただろ」
 俺はスマホを置いて、言葉をつづけた。
「その、ほら、はなみやさんが俺を見るときのまなざしが……って話だけど」
「ああ、脈ありかも、って話な」
 はっきりとそう言われ、浮かれてしまいそうになり、気を引き締める。
「やっぱ、どう考えても、花宮さんが俺を好きになる理由がないと思うんだよな」
「ひとを好きになるのに、わかりやすい理由なんてなかったりするものだって」
 笹川はそう言うが、俺としてはどうも信じられない。
「花火に誘ってみるのはどうだ?」
 唐突な提案に、俺はまじまじと笹川の顔を見た。
「花火?」
「この週末に花火大会があるだろ。部の活動としてじゃなく、個人的に誘ってみて、ふたりで出かけるのにオッケーもらったら、それってかなり親密度が高い状態だと思うんだが」
 笹川の意見は一理あるどころか、非常に納得のいくものだった。
 しかし、大きな問題がひとつある。
「誘うって、どうやって……」
「連絡先は知ってるだろ。ちょうどいいじゃないか。いまからメッセージ送れば」
「いまから?」
 俺は目を見開き、軽く首を左右に振った。
「いや、でも、断られたら、気まずいし」
「そのへん、気にすることないって。たまたま週末に予定があった、ってだけかもしれないだろ。べつに告白するわけじゃなく、遊びに誘うだけなんだから、気軽に送ればいいって」
 笹川のタフさに、内心で驚く。
 なんて頼りになるんだ、こいつ……。
「そうか? まあ、そこまで言うなら、やってみるか」
 スマホに手を伸ばして、メッセージを入力しようとするものの、どうにも指が動かない。
「なんて書けばいいんだ?」
 いきなり直球で誘うのもどうかと思うが、かといって、なにも用がないのにメッセージを送るというのもハードルが高く……。
「ストレートに書けばいいと思うが」
 笹川はあごに手をあて、少し考えたあと、口を開いた。
「今週の日曜日に花火大会があって、写真を撮りに行こうと思っているんだけど、花宮さんもいっしょにどうですか、とか」
「なるほど」
 俺はうなずき、笹川のあげた例文のとおりに、スマホに打ちこんでいく。
「これで、おかしくないよな?」
 スマホの画面を見せて、笹川に確認してもらう。
「僕が言ったそのままじゃないか」
「ああ、そのまま書いたぞ」
「そこまで堂々と開き直られると、いっそ、すがすがしいな」
「よし。それじゃ、送るぜ」
 送信をしようとして、手が止まった。
 好きな相手にメッセージを送るのは、どうしてこんなに緊張するのか……。
 俺は顔をあげ、笹川に言う。
「あのさ、やっぱ、笹川もいっしょのほうが、警戒されないっていうか、花宮さんも安心するんじゃないか?」
「それだと当初の目的が果たせないだろ」
 笹川はあきれたような声で言って、肩をすくめた。
 正直、ふたりで出かけても、花宮さんを楽しませる自信なんてまったくないのだ。笹川がいてくれたら、どれだけ心強いことか……。
 メッセージを送信しようと、俺はまたスマホの画面を見たものの、首を横に振った。
「無理。だめだ、無理だって。脈ありとか、気のせいだと思うし。つきあってもないのにデートに誘うとか、俺には荷が重い。変なことして、嫌われたら、元も子もないし。やめといたほうがいい気がしてきた」
 メッセージを送ることを考えただけでも、ドキドキしすぎて、緊張のあまり、吐き気すら感じるほどなのだから、これ以上のストレスには耐えられそうにない。
 笹川は苦笑を浮かべて、俺を見た。
「だから、以前も言ったが、ほしは相手が女子だからって気負いすぎなんだって。友達として、ふつうに接していたら、迷惑がられたり、嫌われるようなことはないだろ」
「友達って言うが、これまで、俺、ひとりも女子の友達なんていなかったからな……」
 男女の間で、友情なんて成立するんだろうか。相手が女子で、友達と呼べるほど親しくなったら、どうしても好きになってしまいそうな気がするが……。異性の友達というものが、さっぱりイメージできない。
「なら、逆に、花宮さんが男だったら、と仮定してみたらどうだ?」
 笹川の言葉に、学ランを着た花宮さんを思い浮かべてみた。
「やばい、全然いける」
 学ランの上を脱がして、平らな胸を想像してみても、まったくもって問題なかった。
「笹川、おまえ、変なこと言うなよ。新しい世界に目覚めそうだぞ。あんだけわいかったら、男でも好きになるって」
 そんなことを言いながら、ネムのことを思い浮かべる。
 男同士でも、仲良くなったら友情を飛び越えて、恋愛感情になったりすることがあるくらいなんだから、男女の間の友情なんて、難しいものがあると思うんだよな……。
 ネムは男の恋人を作ってみるつもりだと話していたが、その後、どうなったのかはわからない。気になりつつも、なんと声をかけていいかわからなくて、連絡できずにいた。
「男でもいいのか?」
 ちょっと驚いたように、笹川が聞き返してくる。
「さすがは男子校出身だな」
「いや、待て。それは偏見だ。俺は男にはまったく興味ないが、花宮さんに限ってはいけるという話であって……」
「安心しろ。僕は同性愛について、理解があるほうだ」
「だから、そうじゃないって」
 笹川のやつ、わかっているくせに、わざと言ってるよな……。
「実際、相手の性別とか関係なく、好きになることってあると思うし。二次元と三次元のちがいに比べたら、性別のちがいなんてさいなことだ」
「どんな基準だよ、それ」
「そもそも、三次元の恋愛って面倒だよな。こっちの好きな気持ちだけで満足できるわけじゃなく、相手の反応もあるから、どう思われるかとか気になって、緊張するし。友達だったら気楽でいいんだが」
「そうなんだよ!」
 首がもげそうなほどの勢いで、俺はうなずく。
 もし、花宮さんのことを本当に友達みたいなものだと思っていたら、べつにカッコつける必要もなくて、自然体でいられるだろう。
 でも、そういうわけにはいかないんだよな……。好きだからこそ、嫌われたくないし、できれば相手にも好かれたくて、いいところを見せたくて……。
「でも、好きな相手とおなじ空間にいて、会話ができるなんて、よく考えてみたら、それだけで幸せなことだろ。それ以上を望んだりするから、苦しくなるんだって」
 笹川はどこか遠い目をして、そんなことを言った。
「それ、経験者は語る、ってやつか?」
 俺の問いかけに、笹川は白々しく答える。
「いや、一般論だけど」
 こっちの恋愛事情は筒抜けなのに、自分のことになると秘密主義なんだよな……。
「笹川の好きな相手って、どんなひとなんだ?」
 問いかけると、笹川はわずかに眉をひそめた。
「高校のときの同級生だけど」
「いまはべつの大学なんだよな?」
「ああ」
「可愛い?」
「主観として、どう答えたらいいか、困るところだな。とても可愛いとは言えない性格をしているとは思うが」
 照れ隠しなのか、ぞんざいな口調で、笹川は答える。
「そのひとの写真とか、ないのか?」
 ぜひ見てみたいところだったのだが、笹川は俺の言葉をさえぎるように言った。
「そんなことより、早く花宮さんにメッセージを送れって」
 そう言われて、俺はスマホの画面に視線を落とす。
「星野が勇気を出せるように、魔法の呪文を言ってやろうか?」
「呪文って、なんだよ」
 俺が聞き返すと、笹川は意地の悪い笑みを浮かべ、重々しい口調で告げた。
「ぼやぼやしていると、ほかの男に取られるぞ」
 その言葉はぐさりと胸に突き刺さった。
「タイミングを逃して、あとから後悔するのも星野の勝手だけど」
 笹川は追い打ちをかけるように、そうつづける。
「嫌なことを言うなあ……」
 だが、おかげで、俺は逃げたいという気持ちを追い払うことができた。
 スマホを握り、えいやっとばかりにメッセージを送信して、ぐっと目を閉じる。
 それから、おそるおそる目を開いて、スマホの画面を確認してみたが、メッセージはまだ既読になっていなかった。
 こういう時間が、つらいんだよな……。
 返信を待っていても、じりじりするだけなので、俺は立ちあがった。
「コンビニでも行くか」
「そうだな」
 笹川もうなずき、ふたりで部屋を出る。
 そして、ぶらぶらと歩いて、コンビニが見えてきたところで、着信音が響いた。
 あわててスマホを取り出すと、画面をのぞきこむ。
 花宮さんからの返信を見つけ、心臓がばくばくと激しく動き、痛いほどだ。
 そこには「花火大会ですか。いいですね! 私も行きたいです」と書かれていた。
 その文面を読んで、天に昇るような心地になる。
「花宮さん、来るって!」
 俺は片手をあげると、笹川とハイタッチをして、喜びを分かち合った。

#8-2へつづく
◎第 8 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


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