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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.12

写真部の夏合宿。ふたりで出かけたあのときの接触により、俺はますます思いを募らせることになった。藤野恵美「きみの傷跡」#7-1

藤野恵美「きみの傷跡」


前回までのあらすじ

男子校出身の大学2年生・星野は、写真部の新入生勧誘で出会った1年生の花宮まいに一瞬で心を摑まれた。花宮は、ある理由で高校に行けなくなった過去があり、その「傷」のせいで男性が苦手だ。けれど、過去の一度のことで人生の選択肢を奪われたくないと決心し、写真部に入部した。撮影会などを経て少しずつ仲良くなるふたり。伊豆での夏合宿で、ふたりでサボテン園をまわり楽しい時間を過ごす。花宮は、男性でも星野ならば大丈夫な自分に気付く。

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      13

 宿泊施設に帰り着くと、すでに部長たちも海水浴から戻っていた。
 ご所望のぬいぐるみを椿つばき先輩に渡して、俺の今日の任務は完了となった。ちなみに、立て替えた分の代金は部長が払ってくれて、椿先輩は財布を出すこともなかった。
 これがいわゆる尻に敷かれているという状態なんだろうな……と思って、部長に同情するが、ちょっとうらやましい気もした。
「あと、はい、こっち、カピバラ」
 もうひとつのぬいぐるみが入った袋を渡すと、はなみやさんはそれを受け取り、ぺこりと頭を下げた。
「今日はありがとうございました」
「いや、俺、べつに、なんもしてないし。椿先輩におつかいを頼まれただけで」
 一旦、部屋に戻ったあと、夕食のために食堂に集まる。
 花宮さんが座った席はふたつ挟んだ斜め前で、会話をするには遠い距離だった。俺はささがわとばかり話していたのだが、ちらりと花宮さんのほうをうかがうと、目が合った。
 花宮さんはすぐに目をらしたが、俺を見ていたのではないか……という気がして仕方ない。浮かれそうになるが、しかし、変な期待はしないほうがいいだろう。好意的な意味で、こちらを見ていたとは限らない。俺におかしなところがあるのが気になって、こっちを見ていただけかもしれないわけで……。
「なあ、笹川。俺の顔に、なんかついてたりしないよな?」
「口の横に、ご飯粒がついてる」
「マジか」
 笹川の指摘に、慌てて手で顔をでる。
 これか、花宮さんがこっちを見ていた理由は……。
 みっともないところを見られてしまって、地味にダメージを受けた。男だらけの環境なら、顔になにがついていようが、食事中にどんな行為をしようが、笑いが取れればそれでよしというところがあったが、女子がいると行儀よくしなきゃいけないので、常に気を張っている感じだ。
 夕飯のあと、部長たちは風呂へという流れになったが、俺はちょっと気になるところがあり、笹川を誘った。
「卓球やろうぜ、卓球」
 レクリエーションルームに卓球台があって、宿泊客は自由に使えるようなのだ。
ほしと僕のふたりで?」
 笹川はあきれたような声を出すと、花宮さんのほうへと視線を向けた。それから、なにか言いたげに、俺のほうを見る。
「べつに、ふたりでいいんじゃね。卓球はふたりいればできるし」
 俺の答えを聞いて、笹川はやれやれというように、首を左右に軽く振った。
「星野、おまえ……」
「うん? なんだ?」
「だから、ほら、卓球にもダブルスはあるだろ」
「ああ、あるな」
 男女混合という言葉が頭に浮かび、つい、男子校的なノリで反応しそうになったが、思いとどまった。
 俺が沈黙していると、笹川はくるりと背を向けて、椿先輩に近づく。
「このあと、卓球しません?」
 笹川の誘いに、椿先輩はうなずいた。
「いいけど」
 それから、ごく自然な流れで、花宮さんにも声をかける。
「花宮さんもどう?」
「あ、はい」
 すげえな、笹川……。
 俺だって、笹川が言外に示していることに気づいていないわけではなかった。せっかくの機会なんだから花宮さんを誘えとプレッシャーをかけられているのもわかっていたが、あえてスルーしたのだった。もちろん、この合宿で花宮さんと少しでも仲良くなれたらいいとは思っている。だが、その一方で、女子がいると緊張するから、息抜きとして、笹川とふたりで気楽に卓球をしたいと思う俺もいて……。今日は花宮さんといっしょにサボテン園をまわったことで、気力を使い果たしていた。だから、ちょっと休みたかったのだ。
 しかし、こうなった以上、覚悟を決めるしかないか。
 卓球はわりと得意だ。いいところを見せれば、花宮さんからの好感度を上げることができるかもしれない。
 俺たちは四人でレクリエーションルームに向かった。
 まずは男子チーム対女子チームで対戦することになり、俺はラケットを構えて、笹川の斜め後ろに立つ。
 椿先輩もラケットを握って、素振りをしながら、こちらを見た。
「で、なに、賭けるの?」
「いや、なにも賭けませんから」
 俺が答えると、椿先輩はつまらなそうに口をとがらせる。
「それじゃ、燃えないんだけど。負けたら、ジュースね」
「まあ、それくらいならいいですけど」
 椿先輩の素振りが妙にうまくて、本気っぽいのが、なんとも不気味なところだ。
「あの、椿先輩、私、運動神経が良くなくて、卓球の経験もあまりないので、足を引っ張ったら、すみません」
 花宮さんが心配そうに言って、椿先輩の左後ろに立つ。
 笹川が椿先輩にジャンケンで勝ったので、こちらが先攻となった。
「まあ、勝負っていうより、ラリーを続けていく感じで」
 笹川はそう言って、ピンポン球を持ち、サーブを打った。それを椿先輩が返して、俺が打ち、花宮さんが空振りする。
「あっ! ごめんなさい!」
 花宮さんは慌てた様子で、ピンポン球を追いかけた。なかなか追いつけず、ピンポン球はかなり遠くまで転がっていく。重ねた椅子の下に入り込んだピンポン球を拾って、花宮さんはこちらへと戻ってきた。
 俺は手を伸ばして、花宮さんからピンポン球を受け取った。
「サーブ権って、二本交代だっけ?」
 俺の問いに、笹川がうなずく。
「ああ。でも、そのへん厳密にしなくても、ひとり一回ずつとかでいいんじゃないか」
 俺はいちおう、花宮さんが打ちやすいようなところに、ゆったりとサーブを打ったつもりであった。しかし、花宮さんは今回も見事に空振りをしたのだった。
 けんそんとかじゃなく、本当に運動神経があれなんだな……。
 花宮さんはまたしてもピンポン球を追いかけ、弾んでいるところをキャッチしようとしたが、それすらも受けそこねていた。
 なんというか、もう、わいすぎてたまらんのだが。
 ようやくピンポン球を捕まえ、花宮さんは急ぎ足で戻ってくると、それを椿先輩に渡した。
「いくよ!」
 椿先輩が勢いよくサーブを打ち、ピンポン球は目にも止まらぬ速さで、俺と笹川のあいだを抜けていった。
 マジかよ、椿先輩、大人おとなないな……。
 俺はピンポン球を拾いに行き、花宮さんに渡す。
「サーブ、できるのか?」
「なんとか、やってみます」
 花宮さんはピンポン球を片手に持ち、ラケットを構えたものの、サーブもやっぱり空振りしたのであった。
 そんな感じで最初は空振りばかりだった花宮さんだが、途中からはコツをつかんだようで、サーブを打てるようにはなっていた。
「じゃあ、今度は、うまい椿先輩とへたな僕が組んで、花宮さんと星野のペアにしましょうか」
 笹川がバレーボールで言うとトスをあげるような提案をしてくれた。
 でも、俺、プレッシャーに弱くて、期待されると力み過ぎて失敗するタイプだから、アタッカーには向いてないんだよな……。
「星野先輩、すみません、私、ほんとに下手すぎて」
 申し訳なさそうな花宮さんに、俺は大きく手を振る。
「ああ、いいって、いいって。べつに本気でやってるわけじゃなく、遊びなんだから」
 約一名、お遊びの卓球とは思えない本気のサーブを打ってくるひとはいるが……。
 花宮さんの分までフォローしようと、気合を入れて、ピンポン球を追いかけた結果、俺は汗だくになってきた。こっちはゆるくラリーをつづけようとしているのに、椿先輩が攻撃的なレシーブとか打ってくるので、遠くまで転がったピンポン球を拾いに行かないといけないし……。
 サーブ権がこちらになり、花宮さんはうまく打つことができて、かなりいい感じにラリーがつづいた。ところが、そこに椿先輩がまたスマッシュを決めようとして、俺はとっさに打ち返そうとしたのだが、花宮さんもこっちに来てしまって、体がぶつかった。
「あっ、すみません!」
「いや、こちらこそ、すまん!」
 あの打球は花宮さんに譲るべきだったか……。俺が頑張らなければと思って、つい反応してしまったが、陣地的には花宮さんが打ち返すべきところだった。
 その後も、何度かチャンスボールがあったのに、今度は逆にお互い遠慮をして、どちらも打たなかったりして、失点を重ねてしまった。花宮さんのフォローをするどころか、ぎくしゃくして、ボロ負けである。
 ほらな、だから、プレッシャーに弱いんだってば!
 いいところを見せようと頑張りすぎて、空まわりしている自分が、つくづく情けなくなる。ああ、こんなことなら、笹川とふたりで卓球していればよかった……。
「二回戦は、圧勝ね」
 椿先輩が勝ち誇った顔で、こちらを見てくる。
「では、最下位だった花宮さんが、全員分のジュース、買ってくること」
 花宮さんに向かってひとさし指を突き立てる椿先輩に、俺は突っ込まずにはいられない。
「あなた、鬼ですか」
 そんなやりとりに対して、花宮さんは真面目な顔でうなずく。
「わかりました! 買ってきます!」
「待て待て。花宮さんも、言うこと聞かなくていいから」
「でも、負けてしまったので……」
「後輩におごらせるわけにいかないって」
 それよりも、気になるのは汗である。さっきから滝のように汗が流れているのだ。こんな見苦しいすがたは見られたくないので、一刻も早く風呂に避難したい。
「そんじゃ、俺ら、そろそろ、風呂に行くんで」
 そう言い残すと、笹川を連れて、レクリエーションルームをあとにした。
 部屋から着替えを持ってきて、大浴場へと向かう。
 大浴場と入り口に書いてあるわりに、洗い場が四つくらいしかないような狭さだが、幸い、ほかに客はいなかったので、すぐにシャワーを使うことができた。頭と体を洗い、湯船に浸かったところで、俺は大きく息をついた。
「ふう、なんだか長い一日だったぜ」
 笹川も湯に入ってきて、俺のとなりに座る。
「やばい。日焼けして、ヒリヒリする」
 見ると、たしかに笹川の腕はかなり赤くなっていた。
「痛そうだな」
「Tシャツ着てたから、だいじょうぶだと思ったんだが。で、カピバラのほうはどうだったんだ?」
「まあ、昨日とおなじ感じだったけど。昨日はやらなかったサボテン狩りってのをやって、土産に持って帰ってきた」
「いや、花宮さんとの関係はどうかって話なんだが」
「どうって言われても。まあ、目的のぬいぐるみは手に入ったので、花宮さんはうれしそうだったな」
「なにか、ふたりの親密度が上がるようなことはなかったのか?」
「特にそんなことは……」
 そう言いかけて、指先に感覚がよみがえる。
 やわらかくて、すべすべした、細い指……。
 俺の手にサボテンのトゲが刺さり、それを花宮さんが抜いてくれたときに、手が触れ合ったのだった。あのときはヤバかった。椅子に座っていたのでテーブルで隠れていたからいいものの、しばらく立ち上がれない状態だったのだ。
 そうだ、なにもなかったわけではない。
 あのときの接触により、俺はますます花宮さんへの思いを募らせることになった。
 しかし、女子にとってはなんのアピールにもならないだろう。むしろ、手にトゲが刺さったなんて、どんくさいところがバレてしまって、好感度は下がったのではないかという気もする。
 風呂から上がり、部屋に戻った。
 笹川はドライヤーを持参していたので、俺もそれを貸してもらって、髪を乾かすことにした。
「たぶんだけど、フラグ立ってると思う」
 ドライヤーを渡しながら、笹川が言う。
「死亡フラグか?」
 俺は言いながら、首をかしげた。
 アニメや映画なんかでは「俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ……」とか「ここは任せて、先に行け」みたいなことを口にしたキャラクターは死にがちなので、死亡フラグとされている。そういうセリフを口にした覚えはないのだが……。
「このドライヤーを使ったら、感電したりしないよな」
「いや、そうじゃなくて」
 俺がドライヤーを使い出したので、笹川は少し大きめの声を出す。
「花宮さんとの親密度、アップしてるだろ」
「え?」
「だから、恋愛的なフラグが立ってるんじゃないかと思うのだが」
 俺はドライヤーを止めて、まじまじと笹川の顔を見た。
「いやいやいや、それはないだろ。どこをどうやったら、そんなことになるんだ?」
 たしかに、今日、いっしょに行動したことで、これまでよりも親しくなれたかもしれない。だが、それはあくまで先輩後輩という関係においてであって、花宮さんが俺のことを好きになるきっかけなどは皆無だった。
「俺、まだ、花宮さんを命がけで守るみたいなイベントをやってないんだけど」
 花宮さんが悪漢に襲われそうになっていたところを助ける……とかいう流れがあったなら、恋愛的なフラグが立ったとしても納得である。
 しかし、残念ながら、俺たちが過ごしていたのはカピバラがたむろする牧歌的な公園であり、ピンチに見舞われることはなかった。
 卓球でも全然いいところを見せられなかったし、なにひとつ、思い当たる節がない。
「花宮さんが星野に向けるまなざしとかで、なんとなく、わかるから」
 笹川はわりと真剣な表情で、そんなことを言った。
「やめろよ。そんなふうに言われると変な期待をしてしまうから、やめてくれって、マジで」
 ちょっと女子と交流があると、浮かれた挙句、突き落とされるのは、いつものパターンである。勘違いはしたくない。それなのに、勝手な妄想を繰り広げてしまいそうになる。
「自分でも、気づかないか?」
 笹川の言葉に、俺は大きく首を横に振った。
「なにを言っているのか、さっぱりだ」
「花宮さんの変化、わかるだろ。最初のころに比べると、あきらかに星野を見るときの感じが変わってるって」
「わかるか、そんなもん」
 花宮さんは最初から可愛くて、最近も可愛い。そこになんらかの変化があったとは思えなかった。
「女子の気持ちなんか、いくら考えてもわかるわけがない」
 背後から部長の声がして、俺は振り返る。
 そうだ、この部屋には部長もいたのだ。
「うだうだ考えるより、本人にいてみるのが手っ取り早いだろ」
 さっきの会話は丸聞こえだったのだろうと思うと気恥ずかしかったが、それよりも問題は部長がやろうとしていることだった。
「えっ、ちょっと……」
 待ってください、と言う間もなく、部長はスマホを取り出して、メッセージを送ったのであった。

#7-2へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


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