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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.11

恋愛というのは、無理ゲーなのでは……。俺たちは写真部の夏合宿「伊豆の踊子とカピバラの旅」へ。藤野恵美「きみの傷跡」#6-1

藤野恵美「きみの傷跡」


前回までのあらすじ

大学2年生の星野は、男子校出身で女子に免疫がない。所属している写真部の新入生勧誘に友人の笹川と臨んでいたが、カメラを首から下げた女子と出会い、一瞬で心を摑まれた。その1年生・花宮は、ある理由で高校に行けなくなった過去がある。男性が苦手なのも、その「傷」のせいだ。でも、過去の一度のことで人生の選択肢を奪われたくないと、前に進む決心をした。写真部に入部した花宮は、撮影会などを経て、少しずつ星野と仲良くなっていく。

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      11

 好きだ、と告白された。
 それが友達だとしか思っていなかった相手で、しかも男だったので、とにかく驚いたものの、悪い気はしなかった。
 自分になんらかの魅力があったということで、自信につながるというか、うれしい気持ちになったのは事実だ。
 だが、せっかく好きだと言ってくれても、こちらにつきあうつもりがない以上、断らなければならない。相手を傷つけたくないのに、自分の言葉で悲しい気持ちにさせてしまうのは、つらいものがあった。
 恋愛対象だと思っていない相手に告白されるのって、結構、負担になるものなんだな……。
 これまで告白という行為とは無縁に生きてきたので、真剣に考えたこともなかったが、我が身に起きて、はじめて理解した。
 俺も、気をつけないと……。
 はなみやさんへの思いが募るあまり、変なことをしでかさないよう自戒する。
 しかし、そうなると、ひとはどうやって恋愛を成就させればいいのだろうか。
 自分の思いを伝えたくとも、下手に告白はできない。片思いをしている状態で、一方的に気持ちを押しつけると、相手を困らせてしまう可能性もあるのだ。つまり、告白をする前に、相手に好きになってもらわなければならない、ということではないだろうか。
 ネムが言うには、俺のことを好きになったきっかけは「寒いときに手をあたためたこと」だったらしいが、相手が仲の良い男友達ならともかく、女子にそんなことをしたらセクハラだと訴えられるかもしれない。
 考えれば考えるほど、恋愛というのは無理ゲーなのでは……という気持ちになった。
 まあ、いいか。
 とにかく、いまは合宿を楽しむことだけを考えよう。
 そう考えて、俺は待ち合わせ場所へと向かった。
 東京駅の銀の鈴広場は多くのひとでごった返していたが、写真部のメンバーはすぐに見つけることができた。
 花宮さんは大きなリュックを背負って、首にカメラをかけ、となりにいるささがわと話している。
「おはよー」
 声をかけると、花宮さんがこっちを向いた。
「あ、おはようございます、ほし先輩」
 見たところ、ほかの一年男子や先輩たちもいるが、部長と椿つばき先輩だけが来ていないようだった。
「部長たちは?」
 俺の問いかけに、笹川が答える。
「さっき、連絡があって、椿先輩が寝坊したからちょっと遅れるかも、だって」
「そういや、部長と椿先輩って、いっしょに住んでるんだよな」
 それを聞いて、花宮さんは驚いた顔をした。
「えっ、そうなんですか」
「俺も本人からはっきり聞いたわけじゃないが、どうも、そういうことらしい」
「恋人っていうより、もはや夫婦だもんな、あのひとたち」
 笹川が訳知り顔に言う。
「さすが大学生、おとなですね」
 花宮さんは感心したようにつぶやいた。
 そんな会話をしているところに、部長と椿先輩がやって来たので、少し気まずかった。
 椿先輩はいつものように美しく着飾っており、荷物はすべて部長が持っている。
 夫婦というか、お姫様とその召使いに見えなくもないが……。
 俺はちらりと横目で、花宮さんのリュックを見た。重そうなので、持ってあげたい気になるが、先輩後輩の関係として、それは行き過ぎだよな。ほかの一年の男子だって重そうな荷物を持っているが、それは持ってあげないわけだし……。そんなことを考えながら、改札へと向かった。
 写真部のメンバーのうち、撮り鉄勢は東京駅のホームで目当ての電車を激写しているが、俺は鉄道系はもう撮り飽きていた。なので、笹川や花宮さんと雑談しながら、ほかのメンバーが撮影を終えるのを待つ。
「今回も、マクロレンズ、持ってきたから。使いたいときは、いつでも声をかけて」
 俺の言葉に、花宮さんは顔をほころばせた。
「ありがとうございます。私、サボテンをいっぱい撮りたいんですよね」
 これから向かう場所には、めずらしい動物が放し飼いされており、サボテンがたくさん生えた植物園もあるらしい。
「あと、カピバラ、だよな」
 俺が正しい言い方を強調すると、花宮さんはくすくす笑う。
「そうです、正解です」
 先日、うっかり「カピパラ」と言ってしまったところ、花宮さんに「カピパラじゃなく、カピバラです」と突っ込まれたのだ。
 曲折の末、今年の合宿のテーマは「の踊子とカピバラの旅」と決まった。
 当初、花宮さんは伊豆の海という案にあまり乗り気ではないようだったが、椿先輩が「伊豆にはカピバラのいる動物園があって、至近距離で写真が撮れる」という話をしたところ、目を輝かせたのだった。
 椿先輩がいきなりカピバラとか言い出したときには、いったい、なぜ……と疑問に思ったのだが、どうも花宮さんの弁当箱にはカピバラのキャラクターが描かれていたらしい。
 俺も花宮さんが弁当を食べているすがたをよく見ていたつもりだが、そこに描いてあるキャラクターなんて、気にしていなかった。椿先輩の観察眼、おそるべきである……。
「はい、そんじゃ。電車、乗るぞ。忘れ物ないようにな」
 部長が引率の先生っぽい感じで言って、俺たちはぞろぞろとついていく。
 撮り鉄勢は特急「スーパービュー踊り子」号をカメラに収めていたが、それは見送り、俺たちが乗るのは、予算の都合上、ただの特急「踊り子」号である。レトロな車体には昭和の香りが漂い、これはこれで味わいがあっていい気がした。
 平日ということもあって、自由席でもわりといていた。四人がけのクロスシートに俺と笹川が並び、花宮さんのとなりには椿先輩が座る。
 花宮さんがリュックを網棚に載せようとするが、背が低いので、どうも危なっかしい。
「やろうか?」
 少し迷ったが、手を貸すことにした。
「あ、はい、お願いします」
 リュックを受け取り、網棚の上に置く。
 よく考えると、不親切な設計だよな、この網棚って。俺くらいの身長があれば問題なく荷物を載せることはできるが、花宮さんの背丈だと無理がある。いままで気にも留めなかったが……。
「いつも、どうしてるんだ?」
 俺がたずねると、花宮さんは小首をかしげた。
「え? なんですか?」
「荷物。届かないと、困るだろ」
「基本的に手で持っています」
 花宮さんが答えると、笹川が口を開いた。
「ぼくもあんまり網棚って使わないけど。置き忘れそうで、不安だから」
「星野くん、降りるときも、忘れずに下ろしてあげなさいよ」
 椿先輩の言葉に、俺はうなずく。
「ええ、そのつもりですけど、そもそも、この網棚というものに俺はちょっと疑問を持って……」
 そんな会話をしているうちに、電車は動き出した。

 カピバラという生き物について、正直、俺はまったく興味がなかったのだが、花宮さんがあまりにも楽しみにしているので、その気持ちが伝染したのか、ついに対面したときにはちょっとした感動があった。
 こいつが、カピバラか……。
「思ったより、でかいな」
 そう感想を漏らすと、となりで笹川もうなずく。
「さすがは世界最大のげっ歯類だ」
 ぬぼーっとした顔つきで、毛もごわごわしてタワシみたいだ。
 わいいかどうかというと微妙だが、何匹かで仲良さそうに身を寄せて、なたぼっこをしているすがたは、ほのぼのとした雰囲気があって、たしかにほほましい。
「わあ、こっち、すごくちっちゃい子、いますよ!」
 花宮さんは大はしゃぎで、写真を撮りまくっている。
「カピバラの赤ちゃん、可愛すぎます!」
 俺にとっては、いつもよりテンション高めの花宮さんこそ、可愛すぎなわけだが……。
 園内では、各自、好きに撮影をするということになっているのだが、俺と笹川と花宮さんはなんとなくいっしょにまわっていた。
 花宮さんが撮りたいものに向かって行き、俺と笹川はそれについていくという感じだ。
 その途中で、俺はあるものと目が合った。
 巨大なクチバシに青みがかった灰色の羽を持つ背の高い鳥が、こちらをじっと見ていたのだ。
「あ、この鳥、なんか知ってる気がする」
「ハシビロコウだろ」
 笹川の言葉に、ぽんと手を打った。
「それだ。ハシビロコウ」
「やばいよな、あの貫禄」
「眼光、鋭すぎだろ」
「脚とかかぎづめとか、恐竜っぽいよな」
 笹川は言いながら、シャッターを切る。
 ハシビロコウは微動だにせず、その場にたたずんでおり、存在感が半端なかった。
「だが、正面から見ると、意外とマヌケ……いや、あいきようのある顔を……」
 俺がそう言いかけたところ、笹川が慌てて止める。
「おい、やめろって。ハシビロコウ先生を怒らせたら、生きて帰れないぞ」
 迫力に押されて、ついにハシビロコウ先生とか呼び出したぞ。
 まあ、たしかに呼び捨てにできない雰囲気があるよな……。
 俺も、笹川のノリに合わせて、ハシビロコウに頭を下げた。
「失礼しました。俺も、一枚、撮らせてもらっていいっすか?」
 しやてい口調で言って、カメラを取り出す。
 すると、ハシビロコウが大きく羽を広げた。
 おおっ、これはシャッターチャンス!
 すかさず連写して、その動きをカメラに収めていく。
 鳥をこれだけ近い距離から撮影するなんて、なかなか、貴重な体験だ。
 動物たちはほとんど放し飼いなので、おりやガラスにへだてられておらず、写真が撮りやすい。
 ひととおり見たあと、花宮さんはまたカピバラのところに行き、エサをやった。細長い草を手に持って、カピバラに食べさせている。
 その様子をひっそりカメラに収めていると、背後にひとの気配を感じた。
「星野って、カピバラに似てるよな」
 部長の声がして、振り返ると、椿先輩もいた。
「うん、そっくり」
 つづいて、笹川までうなずく。
「カピバラ的な雰囲気、ありますよね」
「あそこでいっしょに水浴びしてても、違和感ないんじゃないか」
 部長の言葉に、椿先輩が一匹のカピバラを指差す。
「ほら、あの寝そべってるカピバラとか、めちゃ星野くんっぽいって」
 そのカピバラというのは、背中に子カピバラが乗って、身動きできなくなっており、たしかに猫が膝にいるとあんな感じだな……と思った。
 しかし、カピバラに似ているって、ほめ言葉として受け取っていいのだろうか。ぬぼーっとした顔つきとか、さっき、俺がカピバラに対して思ったことが、ブーメランとなって返ってくる。
 その後、俺たちは部長と椿先輩とも行動を共にすることになり、園内のレストランで昼食を取って、サボテンの撮影会へと移った。約束どおりマクロレンズを貸すと、花宮さんはとても喜んで、サボテンを撮影していた。
 土産みやげ物売り場などを見ているうちに時間となったので、宿泊施設へと向かう。
 写真の講評会をしたあとは、夕飯を食べ、風呂に入り、酒盛りをしながらトランプやウノで盛りあがったりして、あっというまに夜はけていく。
 そして、布団に入り、眠ろうとしたところで、はたと気づいた。
 花宮さんはカピバラが好き。俺はカピバラに似ている。つまり、俺≒カピバラだ。ということは「花宮さんの俺に対する気持ち≒好き」の図式も成り立つのではないか!
 とつじよとして勝機が見えたような気がして、眠気が吹き飛び、俺はもんもんと夜を過ごしたのであった。

 翌朝、眠い目をこすりながら、食堂に行った。
 昨日の夜は睡眠不足とアルコールでもうろうとしていたせいで、おかしな結論に達したが、冷静になって考えてみれば、べんのための三段論法だよな……。
 食堂にはほかの宿泊客たちもいて、とても混雑していた。朝食のトレーを持って、写真部のメンバーが集まっているテーブルに近づき、空いている席を探す。花宮さんの近くの席は埋まっていたが、笹川がテーブルの端におり、その正面の席が空いていたので、そこで食べることにした。
「おはよう、星野。やっと、起きたか」
 笹川は朝食をほぼ食べ終わっていた。
「食堂行くなら、起こしてくれよ」
 眼が覚めると、となりに笹川のすがたはなく、布団も畳まれていたので、かなり焦ったのだった。
「すまん。気持ちよさそうに寝てたから、起こすのも悪い気がして。部屋に戻ってもまだ寝てたら、声かけるつもりだったんだが」
 笹川は申し訳なさそうに言う。
 まあ、アラームを止めて、二度寝した俺が悪いんだが……。
 朝食の納豆をかきまぜ、そんな会話していたところ、部長が花宮さんに声をかけたので、耳をそばだてる。
「花宮さん、海は?」
「すみません。やっぱり、別行動を取らせてもらおうと思います」
「それは構わないんだけど、今日はどうするつもりかなと思って」
「今日もカピバラに会いに行こうかと……」
「えっ、また行くの?」
 部長が大きな声で聞き返すと、花宮さんはおびえたようにびくりと体を震わせた。
「えっと、その……」
 花宮さんがなにか言おうとするが、部長の言葉がそれを遮った。
「せっかくだから、ほかのところ、行けばいいのに」
 余計なお世話かなと思いつつ、俺は口を開く。
「まあ、いいじゃないっすか。本人が行きたいところに行けば」
 会話に参加するには席が離れすぎていて、少し不自然な感じがしないでもなかったが、花宮さんはこちらを見て、うれしそうにうなずいた。
「はい、あの、昨日、お土産売り場でぬいぐるみを見て、かなり心かれたんですけど、さすがに大きすぎるかなと思って、買わなかったんです。でも、このまま、帰っちゃったら、後悔しそうで……」
 花宮さんが説明するのを聞いて、椿先輩がうなずく。
「ああ、あの巨大カピバラね。私はハシビロコウのぬいぐるみが気になったけど」
 椿先輩はそう言うと、俺のほうを見た。
「うん、やっぱり、ハシビロコウ、欲しい。ちょっと、星野くん、買ってきて」
「えっ、なんで、俺が……」
 戸惑っていると、花宮さんが言った。
「あの、私、買ってきましょうか?」
 椿先輩はそちらを見て、首を横に振る。
「それは悪いよ。巨大なぬいぐるみをふたつも抱えて、帰ってくるのは、大変でしょ。私、男子にはお使いを頼んでいいと思ってるけど、女子をパシリにするつもりはないから」
 いま、パシリって聞こえた気が……。
「ちょうどいいじゃん。星野くんを荷物持ちにして、花宮さんも好きなだけ買い物してきたら」
 あ、もしかして、椿先輩は俺と花宮さんがいっしょに行動できるように、気を利かせてくれたのだろうか。
 しかし、そうだとすると、俺の気持ちを椿先輩はお見通しってことで、かなり恥ずかしいんだが……。うーん、椿先輩の場合、本当にハシビロコウのぬいぐるみが欲しくて、いつものようにわがままを言っているだけという可能性もあり、判断がつきかねるところだ。
「わかりました。ハシビロコウのぬいぐるみですよね。大きさって、どれくらいのやつですか?」
 俺は椿先輩に確認する。
「一番、大きいの。よろしくね。あとで、ちゃんと代金は支払うから」
「あたりまえですよ。なんで、俺が、椿先輩にぬいぐるみをプレゼントしなきゃならんのですか」
 そういうわけで、俺は花宮さんと行動を共にすることになったのだが、うれしい反面、気が重くてたまらない。
 ふたりきりで出かけるなんて、もう、これデート以外のなにものでもないだろ。
 めちゃくちゃ緊張するじゃないか……。

#6-2へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!


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