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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.3

花見スポットで行われる、大学写真部の新入生歓迎コンパ。新歓ブースで話したあの子は……!? 藤野恵美「きみの傷跡」#2-1

藤野恵美「きみの傷跡」

前回のあらすじ

大学2年生の星野は、男子校出身で女子に免疫がない。所属している写真部の新入生勧誘に友人の笹川と臨んでいたが、カメラを首から下げた女子と出会い、一瞬で心を掴まれた。その1年生・花宮は、喧騒の中、新しい人生を踏み出そうと決意していた。高校生活という経験が抜け落ちている自分だけど、過去の嫌なことはすべて忘れてしまいたい。心配してくれる、大学の先輩でもある従姉のしず姉ちゃんと、写真部の新歓コンパに参加することにした。

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      3

 ブースを撤収すると、俺たちはまったく成果のないまま、新歓コンパの場へと向かった。
 新歓コンパは居酒屋などの飲食店で行うサークルと、学内で行うサークルがあるが、我が写真部は後者である。趣味に金がかかるので飲み会は安く済ませようという方向で、メンバーの考えは一致していた。そもそも、部員の大半はであり、買い出しでもアルコールよりジュースやお菓子のほうが歓迎されるくらいだ。飲み会とは名ばかりで、紙コップにいだジュースで乾杯して、紙皿に盛られたビーフジャーキーやナッツをつまむのが、写真部の流儀であった。
 そういう新歓コンパは、おごってもらう立場の新入生にしてみれば「うまみ」がなく、わざわざ参加しようという気にもならないだろう。
 結局、写真部のブースに来て、話を聞いてくれたのは、たったひとりだけだった。
「あの一年の女の子、わいかったな」
 三号館に向かって歩きながら、そのすがたを思い返す。
はなみやさん、だっけ」
 ささがわはあっさりと名前を口にした。
 もちろん俺も名前は覚えていたが、どうにも気恥ずかしくて、女子の名前を気軽に呼んだりできなかったのだ。こういうところで、笹川は共学出身の余裕とでもいうべきものを見せつけてくる。
「たしかに可愛い子だったな。小動物系っていうか。カメラ女子だし、入部してくれるといいな」
 笹川の意見に、俺もうなずく。
「俺の愛機もペンタックスで、彼女もペンタックスユーザーだなんて、これはもう運命といっても過言ではないかと」
「いやいや、言い過ぎだろ。落ちつけ」
「まあ、それは冗談だが、あの初々しい新入生が、どこぞの変なサークルに引っかかって無理やり酒を飲まされたりしないか、どうにも心配だ。この時期はいろいろとよからぬうわさも耳にするだろう。うちに来てくれたら、それはそれは大切にもてなすのだが……」
ほし。おまえ、それ、本人に言えよ」
 笹川があきれたような声を出して、こちらに目を向ける。
「せっかくの勧誘のチャンスだっていうのに、部のアピールとか一切せず、黙りこくっていたのはだれだ」
「それはだな、俺が下手なことを言って女子にドン引きされては元も子もないと考え、あえて沈黙は金なりを貫いたという、いわば深慮遠謀の結果だ」
 そんな会話をしていると、部長たちのすがたが見えてきた。
 桜の木の下にブルーシートを敷き、すでに紙コップ片手に盛りあがっている。部長のそばには、新入生らしき見知らぬ男子が三人ほどいた。
 花宮さんはいない。
 そりゃ、そうだろうな。
 まあ、そこまで甘い夢を見ていたわけじゃないので、ショックも受けない。
 俺たちも靴を脱いで、ブルーシートの上にあがる。
「おっ、来たか。そっちはどうだった?」
 部長の問いかけに、俺は首を横に振った。
「見てのとおり、さっぱりでした」
 横で笹川がフォローするように言う。
「いちおう、興味を持ってくれた子はいたんですけど」
 女子でした、とつけ加えようかと思ったが、わざわざアピールするのもみっともない気がして黙っておいた。
「そっか。まあ、こっちは有望な人材をゲットしたから」
 部長に視線を向けられ、新入生の男子たちが会釈する。三人とも胸にはガムテープが貼られ、名前と学部と出身地が書かれていた。
 俺と笹川も、いちおう、ガムテープで名札を作ったものの、新入生とは特に交流せず、部長たちに任せておいた。新入生三人組は撮り鉄らしく、おなじく電車好きの部長やほかの先輩らと盛りあがっている。
 俺はブルーシートの端のほうで胡座あぐらを組んで、笹川と話す。
「債権法の教科書って、なに買った?」
「まだ迷ってる。先輩の話だと、全部そろえる必要はないみたいだけど」
「図書館もあるしな」
 授業によっては指定教科書が一冊ということもあるが、債権法の場合、文献をいくつかあげ、そこから選んで目を通すようにと告げられていた。
「でも、古い文献を参考にすると、法改正っていうわながあるぞ」
 笹川はスルメの袋を開けて、紙皿に盛った。手を伸ばして、そこから一本つまむ。
「そうなんだよな。それであやうく特許法を落としかけた」
「あの授業、出席を取らない代わりに、レポートが容赦ないんだよな」
「特許法は再提出して、どうにか許してもらえたからいいとして、俺、民法概論を落としたんだよな」
「それはやばいな」
「試験で大失敗したんだ。ポケット六法をかばんに入れてきたはずなのに、それがロシア語辞典だったときの絶望感たるや……」
 俺の言葉に、笹川は同情のまなざしを浮かべ、大きくうなずいた。
「似てるもんな。僕もヒンディー語のテキストとコミケのカタログを間違えそうになったことある」
「いや、それはおかしいだろ」
「分厚さがまったくおなじなんだよ、あの二冊」
「てか、笹川、第二外国語はヒンディー語なのか? なんで、わざわざ、そんなマイナー言語を……」
「いやいや、マイナーじゃないぞ。ヒンディー語の話者人口は、中国語と英語に次いで多いから」
「ああ、そうか、インドってひと多いもんな」
「星野にも、ぼんとかマントラとかサンスクリット語とかに憧れた年頃があっただろ。それで、つい、ヒンディー語を選んでしまったわけだ」
 遠い目をする笹川に、俺はいたく心を打たれた。
「わかる、わかるぞ、同志」
 ぽんぽんと肩をたたいて、またスルメに手を伸ばす。
 スルメをんでいると、どこからか騒がしい笑い声やコールが聞こえてきた。思わず顔をあげて、そちらを見る。四号館のあたりでいかにもチャラチャラとした男子が立ちあがり、瓶入りの酒を一気飲みしていた。きようせいが響き、拍手が広がる。飲み会でのどんちゃん騒ぎが苦手な俺としては、ああいう集まりはなにが楽しいのか、さっぱり理解ができない。
「そういや、笹川はバイトやってるんだよな」
「うん、塾の講師」
「どんな感じ?」
「うーん、どんな感じって言われても。小学生に国語を教えてるんだけど、わりとな子が多いかな。バイトとしては悪くないと思う。なんで?」
「実は、俺もバイトしようかと思って」
「あれ? 学生の本分は勉強だから、バイトはしない主義だとか言ってなかった?」
 笹川が少し意地の悪い口調で、俺の過去の発言を蒸し返す。
 たしかにそんなことを言った記憶はあった。まわりにバイトをしている人間が増え、親からの仕送りで暮らしていることに少し負い目を感じていたのだ。
 学業優先という考え方は、いまでも間違っていないと思っている。しかし、最近では働くことで得られる人生経験もあるのではないかという気がして、バイトのひとつでもはじめてみようかという心持ちになっていた。「うちの学部、課題が大変でバイトなんかしてるひまがないって、先輩にも脅されてたからな。けど、遊ぶ金くらいは自分で稼いだほうがいいかなと思って。笹川もバイトできてるわけだろ」
「基本、夏期講習でシフト組んでもらって、普段は週一でしか行ってないけど」
 そう言ったあと、笹川はくぎを刺すようにつけくわえた。
「言っておくけど、出会いは期待しないほうがいいぞ。塾講師ってほかの先生とそんなに交流する機会ないから」
「べつにそういうつもりでは」
 笹川は俺のことをどういうやつだと思っているのだ。そんなこんたんなどこれっぽっちもないというのに。
「時給が高いと思ったんだけど、授業の準備とかも考えると、どうかって面もあるし。あと、うちの塾、スーツ着用なんだよな。初期費用っていうか、その出費も結構かかった」
「マジか」
「うるさい親もいるから、身だしなみにはかなり気を使う」
「それは面倒だな」
 そんな会話をしていると、ひざに重みを感じた。
 猫が一匹、のっそりと俺のジーンズに前脚をかけ、のぼってくる。そして、さも当然という態度で、胡座のなかでまるくなった。
「お、また来たな」
 笹川がそう言って、カメラを取り出し、シャッターを切った。
「星野といると、被写体に不自由しないよ」
 この猫はよく学内をうろついているのだが、隙あらば俺の膝にのぼってくるのだ。
「にゃんこ先生、こっちに目線、お願いします」
 そんなことを言いながら、笹川は腹ばいになり、写真を撮りつづける。
「スルメはやらんからな」
 猫にそう釘を刺すと、俺は気にせず、飲み食いをつづける。猫も、俺の持っている食べ物を欲しがることはなく、ただ、膝の上でまるくなっているだけだ。
「ほんと、この猫、星野になついてるよな。けしたわけじゃないんだろ?」
「ああ、こいつ、俺のことクッションかなんかだと思ってるみたいだ」
 学部で友人を作りそこねた結果、学食やカフェテリアには行きづらく、昼食はひとり、講義棟と講義棟のはざまにある空きスペースでパンやおにぎりを食べることが多かった。すると、どこからともなく猫がやって来て、いつのまにやら膝を占拠されていたのだった。最初は食べ物が目当てなのかと思ったが、そうでもないらしい。
「猫に好かれる体質、うらやましいよ」
「そうか?」
 笹川は猫派らしく、よく猫の写真を撮っている。だが、俺は別段、猫という生き物が好きなわけではない。
「冬場は暖かくてよかったが、さすがにそろそろ暑苦しいんだが」
 言いながら、ちらりと視線を落とすが、猫はのんに目を閉じている。
「結構、重くて、足、しびれるし」
 ちょっと動いて、足の位置を変えると、猫は顔をあげ、迷惑そうな目つきで、こちらを見た。
 こいつ、いま、絶対に心のなかで「勝手に動くなよ、このクッションが」とか思ったよな……。
 堂々たる体格のせいで、愛らしいというより、ふてぶてしいという言葉が似合う猫である。
 でも、まあ、耐えられないほど重いわけではないので、もうしばらく我慢してやろう。
「バイトだが、塾のほかには考えなかったのか?」
「夏休みにはリゾートバイトとかちょっと考えたけど」
 そのとき、背後から声が聞こえた。
「ほらほら、まい、あれじゃない?」
「あ、ほんとだ」
 女子の声がして、足音が近づいてくる。
 振り向いた俺は、そのまま硬直した。
 花宮さんだ!
「写真部の新歓コンパって、ここですよね?」
 花宮さんはそう言って、微笑ほほえみかけてくる。
 俺が固まっている横で、笹川が立ちあがった。
「さっきは、どうも。来てくれたんですね。どうぞ、どうぞ、座ってください」
 俺も立ちあがろうと思ったが、猫が重いし、足が痺れていて動けない。
「お邪魔します」
 花宮さんは靴を脱いで、ブルーシートにあがると、こちらを見た。
「あ、猫!」
 弾むような声でそう言うと、カメラを構える。
「可愛い! 撮っていいですか?」
 カメラを向けられ、俺は戸惑いながらも、うなずいた。
「え? ああ、もちろん」
 猫を両手で持ちあげると、花宮さんのほうに向ける。
 縦に伸びた猫は「ニャア」と短く鳴いた。花宮さんがシャッターを切る。猫の顔がよく見えたほうがいいかと考え、カメラのほうに向けたものの、もしかしたら自然体で撮りたかったのだろうか。
 どうするのが正解かわからず、とりあえず、猫を地面に置いてみた。猫はまた、俺の膝によじのぼって、まるくなる。
「すごく慣れてますね」
 カメラ越しに、花宮さんが話しかけてくる。
 俺が口を開こうとすると、横から部長が会話に入ってきた。
「一年生?」
 部長の言葉に、笹川が答える。
「さっき、ブースに来てくれた子です」
「花宮です。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げた花宮さんの横には、もうひとり女子がいた。部長がそちらに目を向けると、相手はない口調で言った。
「私はこの子の従姉いとこで、今日は付き添いで来ただけなので、お構いなく」
「そうなんですか。まあ、せっかくだし、飲んで行ってくださいよ。あ、このガムテープに、名前とか書いて」
 花宮さんの従姉は、しばさきというみようをガムテープに書いた。学部は工学部なのか。知的な美人で、まさに理系女子という感じだ。
 俺の好みは断然、花宮さんだが、しかし、柴崎さんもなかなかの逸材である。
「飲み物はなにがいいですか?」
 紙コップを配りながら、そう声をかけたのは三年の椿つばき先輩である。
 椿先輩は部長の彼女であり、本人はカメラにあまり興味がないようだが、被写体になるために写真部の活動に参加している。気配りができるタイプのひとなので、女子同士のほうが打ち解けやすいと考え、間に入ってくれたのだろう。
 部長はまた新入生の男子たちのほうへと戻り、花宮さんのとなりには椿先輩が座る。逆のとなりには柴崎さんで、俺と笹川が並び、輪になって、会話をすることになった。

>>#2-2へつづく ※9/25(水)公開

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。
「きみの傷跡」第2回全文は、「カドブンノベル」2019年10月号に掲載されております。


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