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連載

藤野恵美「きみの傷跡」 vol.5

この「父親のわからない子供」というのが彼女のことなのか。そして掲示板の書き込みには……。藤野恵美「きみの傷跡」#3-1

藤野恵美「きみの傷跡」


前回のあらすじ

大学2年生の星野は、男子校出身で女子に免疫がない。所属している写真部の新入生勧誘に友人の笹川と臨んでいたが、カメラを首から下げた女子と出会い、一瞬で心を掴まれた。その1年生・花宮は、ある理由で高校に行けなくなった過去がある。男性が苦手なのも、その「傷」のせいだ。でも、過去の二度のことで人生の選択肢を奪われたくない、もう平気だと、前に進む決心をした。自分の好きなことをやりたいと、花宮は写真部への入部を決めた。

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      5

 ゴールデンウィーク初日。
 特に予定もないので、部屋でごろごろしながらネットを見ていたところ、インターフォンが鳴った。
 玄関ドアを開けて、宅配便を受け取る。
 ずっしりと重い段ボール箱。
 実家からの仕送りである。段ボール箱の側面には「われもの注意」のシールが貼られていた。おそらく、カメラのレンズが入っているのだろう。先日、実家に電話をして、父親に使っていないレンズをいくつか送ってくれと頼んだのだ。
 そもそも、俺が写真をはじめたのも、父におさがりのカメラをもらったからだった。休みになると、俺は父に連れられ、山や海に行き、バードウォッチングをしたり、トロッコ列車を撮影したり、アジやイワシを釣ったりしたものだ。父は息子を楽しませるために出かけるというより、自分の趣味につきあわせていたのだが、俺もまんまとおなじ道にのめり込むこととなった。
 ガムテープを引っ張り、段ボール箱を開封する。
 母からの手紙が入っていたので、ざっと目を通した。
 季節の花が描かれたいつぴつせんには、どこどこに行って来ましたという両親の近況がつづられ、最後はおきまりの「体に気をつけて」の言葉で結ばれていた。うちの両親は温泉巡りを共通の趣味としており、仕送りには地方の銘菓がどうこんされていることが多い。今回も土産みやげの塩まんじゅうが入っていたので、甘いもの好きとしてはテンションが上がった。
 それから、カメラのレンズと並ぶようにして、きんぴらごぼうや南瓜かぼちやの煮つけなどが保冷剤といっしょに入っているのに気づく。レンズは頑丈そうなケースに入っており、料理のタッパーと保冷剤はビニール袋と緩衝材で厳重に包まれているものの、それでも汁漏れしたらどうするんだと焦った。あいかわらず、うちの母親はなんともおおざつというか、剛胆というか、細かいことを気にしない性格である。
 しかも、妙に重量感があると思ったら、しようまで入っていた。なぜに、醬油……。旅行の土産だろうかとも考えたのだが、メーカーを見たところ、どこのスーパーでも買えそうな醬油である。
 思うことはいろいろあれど、とりあえず、実家に電話をかけることにした。
「ああ、母さん? 俺だけど」
こうへい? 荷物、届いた?」
 かんだかい声が耳元で響き、俺は思わず、スマホを耳から離す。
「うん、ありがとう。でもさ、カメラのレンズといっしょに、汁漏れの危険性があるようなもの、入れるの、やめてくれよ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。プチプチでしっかり包んでおいたから。あんた、料理はちゃんとしているの?」
「まあ、それなりに」
「食物繊維は大事だからね。面倒がらずに、ごぼうも食べなさいよ」
「わかってるって。それが言いたくて、醬油も入れたわけ?」
「あれは、おせいのおすそ分け。うちじゃ、ああいう醬油は使わないから。だし醬油なのよ。アミノ酸とか入ってるの、お父さん、嫌がるでしょう。あんたは気にしないんだから、お豆腐なんかにかけて食べなさい」
「ああ、なるほど」
 うちの父親は、自分では一切、料理をしないくせに、味にはうるさいのだ。母は愚痴を言いながらも、父の味覚に合わせて、好みの料理を作りつづけている。
 そして、息子である俺に対しては「将来、お嫁さんに苦労をかけないために、自分で食べたいものは自分で作れるようになりなさい」と言って、幼いころから料理を手伝わせていたのだった。おかげで、ひとり暮らしをするようになっても、自炊という面では特に困ることはなかった。
「おやじは?」
「いるわよ。ちょっと待って。おとーさーん」
 母が電話口で叫ぶので、俺はまたスマホを耳から遠ざけた。
「公平か?」
「レンズ、届いたから。ありがとう。これって、もう、俺がもらうってことで、好きにしちゃっていい?」
「おお、好きにしろ。どうせ、使わんで、物置に仕舞っといたやつだからな。でも、おまえ、望遠は自分のレンズ、持ってなかったか?」
「まあ、いろいろあったほうがいいかなと思って。マクロは持ってないし」
「なにを撮りに行くんだ?」
「ゴールデンウィークの最終日に、大学のメンバーと花を撮りに行く予定」
「そうか。父さんはな、今度、オーロラを撮りに行こうと思ってるんだ」
「オーロラ?」
「ただなあ、母さんが寒すぎるから嫌だって言ってなあ。アイスランドには温泉もあるぞと誘ってはいるんだが」
「はあ……。まあ、頑張って。オーロラ写真、撮れたら、またアップして」
「もちろんだ。このあいだはしらかわごうに行ってきたんだぞ。見たか?」
「ごめん、まだ見てない。チェックしとく」
 俺と父とは、おなじ写真共有アプリを使っているのだ。なので、お互いの近況がなんとなくわかり、親元を離れてほとんど顔を合わせないようになっても、あまり疎遠になった感じはしない。
「白川郷、知ってるか? がつしよう造りのあれだ、ほら。桜を撮りに行ったんだが、山にはまだ雪も残っていてな、実によかったぞ」
「へー、いいなあ」
「国内なら母さんも行きたがるんだが、オーロラが見られるところは遠いからなあ。防寒具も必要で、出費がかさむと文句も言われとるわけだ。しかし、オーロラ、一度は実物を見てみたいじゃないか。公平も来るか?」
「いやいや、いいよ。ふたりで行ってきて」
「おうよ。引きつづき、母さんを説得してみるか。じゃあな、体に気をつけて、しっかり勉強しろよ」
 そう言って、父は電話を切った。
 母が渋ったところで、最終的には父は自分の思うとおりにするのだろう。いつものパターンである。母はよく冗談めかした口調で、父のことを「我が家の長男」と言っていた。子供である俺よりも、父のほうが「手がかかる」とこぼすこともあった。実際、俺は成長するにしたがって自分のことは自分でやるようになったが、父はいまだに母に魚の骨を取ってもらったりしているのだ。
 家事を分担しないどころか、食べ終わった食器をシンクに運ぶことすらしない男であり、我が父ながら、よく結婚できたものだと思う。
 俺はまず、タッパーを冷蔵庫に入れた。
 それから、望遠レンズとマクロレンズを手に取る。両方とも傷や汚れなどもなく、かなり状態がよかった。
 クリーニングキットを取り出して、念のため、ほこりを吹き飛ばしたり、アルコールで拭いたりしておく。
 レンズの手入れを終えると、スマホを手にして、父の写真を確認した。本人が自慢げに話していたとおり、白川郷の風景を切り取った美しい写真が、これでもかというほどたくさんアップされている。
 俺はよほどうまく撮れた写真じゃないとひとに見せようとは思わないが、父は自分の作品はできるだけ多くアピールしたいタイプなのだ。父の写真にいくつか「いいね」をつけておく。それから、高校時代の友人たちのつぶやきなどもチェックして、そちらにも「いいね」をつけていく。
 そこで、ふと、先日の新歓コンパで、はなみやさんの母親の話題が出てきたことを思い出した。
 たしか、元アナウンサーで、花宮カレンという名前だったはず……。
 ちょっとした好奇心から、検索をしてみると、たくさんヒットした。さすがに美しい。ショートカットがよく似合う知的な女性だ。自信に満ちた笑みを浮かべており、若々しく、うちの母親とおなじ年代とはとても思えない。大量の画像のなかには、若かりしころの写真もあった。水着すがたもあったりして、少し気まずいというか、微妙な気持ちになる。
 花宮さんと似ているかというと、俺にはそうは思えなかった。花宮さんは小柄で守ってあげたいタイプであり、雰囲気がまったくちがう。
 プロフィールを読むと、花宮カレンは帰国子女で、祖父は地方議員、父は外交官だと書かれていた。人気アナウンサーだったのに、結婚をせずに、父親のわからない子供を産んだので、当時は話題になったらしい。この「父親のわからない子供」というのが、花宮さんのことなのだろう。
 ネット上の情報によると、花宮さんの父親については、いろいろとうわさされているものの、明らかにはされていないようだ。本人は父親はカメラマンらしいと話していたが、真相はどうなのだろう……。つい、気になって、しんぴよう性の低そうな掲示板の書き込みまで追っていく。そこには「花宮カレンの娘はレイプ被害者」なんてぼう中傷まであり、思わず眉をひそめた。
 花宮カレンはネット上でも恋愛相談に乗っていて、女性が男性に選ばれるのを待つのではなく、自分から積極的に行動しようと主張していた。女性が精神的にも経済的にも自立することが大事だと考えていて、結婚という制度には否定的である。熱狂的なファンがいる一方、嫌いだというひとも多く、恋愛について書かれたエッセイも賛否両論という感じだった。
 見ず知らずの相手に陰口をたたかれ、あれこれ詮索され、家族までおとしめられるなんて、有名人というのも大変なものだ。
 ほんの出来心から、花宮さんの母親について調べてみたが、そこに書かれている内容は好ましいものばかりではなかった。プライベートをのぞき見てしまったようで、やましい気持ちになる。
 これ、一歩まちがったら、ストーカーじゃないか、俺……。
 いやいや、でも、ネット上の情報は公開されていて、だれでも見ていいものだし、ちょっと検索してみたくらい、セーフだよな。
 花宮さんとは新歓コンパのあと、一度だけ会った。
 教科書を譲る約束をしたので、部室で落ち合ったのだ。写真部に入ることはもう決めたようだった。連絡先もゲットしているので、その気になればメッセージのやりとりもできる。しかし、用件もないのに、メッセージを送ったりできるわけもない。
 つぎに花宮さんと会えるのは、ゴールデンウィーク最終日の新歓撮影会だ。
 そういえば、園の場所、わかるだろうか。
 現地集合ということになっているのだが、最寄り駅からの道が少しややこしいのだ。都心の穴場スポットというか、地元のひとしか知らないような公園であり、案内の看板などもなく、はじめてだとわかりにくい。実際、去年は俺も途中で迷いかけた。
 このあいだ、部室で会ったときには、時間と場所を口頭で伝えただけだ。
 お節介かもしれないが、いちおう、地図を送っておいたほうがいいのでは……。
 そう考えたので、薔薇園の場所を地図アプリで検索して、メッセージに貼りつけてみた。
〈こんにちは。新歓撮影会の場所ですが、念のため、地図を送っておきます〉
 そんなふうに文章を打ったあと、スマホを手に、送信するかどうか、少し悩む。
 迷惑がられたりしないだろうか。業務連絡みたいなものだし、いきなり送信してもおかしくないよな……?
 意を決して、送信ボタンを押す。
 そのままの姿勢でしばらく返信を待つが、既読にもならない。気づかれていないようだ。
 じっと待っていても仕方がないし、塩まんじゅうでも食べるか。
 そう思って、立ちあがり、茶をれるために湯を沸かそうとしたところ、着信音が響いた。
 慌ててスマホをチェックすると、花宮さんからの返信があった。
〈地図、ありがとうございます! 方向音痴なので、助かります〉
 文章を読みながら、無駄にドキドキして、鼓動が速くなる。
 どうしよう。このメッセージにも返信をするべきか。でも、なんて書けばいいんだ? 落ちついて文面を考えたいところだが、会話をつづけるためには早く返信しなければという気もして、焦ってしまう。
〈方向音痴なんですか?〉
 とりあえず、そう聞き返してみた。
〈はい。よく道に迷ってしまうのです〉
 その言葉を読んで、俺は反射的にこう返事を書いた。
〈駅で待ち合わせて、案内しましょうか?〉
〈いいんですか?〉
〈どうせおなじ場所に行くんだし。俺も去年、駅からの道で迷いかけたので〉
 急いで返事を打ったので、ですます調じゃなくなってしまった。
 花宮さんからは、すぐに返事がなかった。
 図々しいことを言ったので、警戒されてしまったのだろうか。
 だいたい、駅で待ち合わせてから、花宮さんとふたりで薔薇園に向かったら、ほかの先輩たちになんでいっしょに来ているんだといぶかしがられるだろう。それに、ふたりだけで薔薇園までの道を歩くのも、かなりハードルが高い。なにを話せばいいんだ。
 ここはささがわも召喚するとしよう。
〈笹川とも駅で待ち合わせようと思っていたから、遠慮しないでください〉
 すると、いくらもしないうちに返信があった。
〈そうなんですね。それでは、私も駅での待ち合わせにごいっしょさせてください〉
〈了解です。改札はひとつしかないので、そこを出たところで〉
 花宮さんからは、またすぐに返信があった。
〈わかりました。ありがとうございます。楽しみにしています♡〉
 画面を見つめながら、顔がにやける。
 花宮さんからのメッセージには、ピンク色のハートマークがついていたのだ。
 深い意味はないのだろうとわかってはいるが、それでも感動に打ち震えた。
 俺はついに、女子とメッセージのやりとりをして、ハートマークをゲットできるまでになったのである……。

>>#3-2へつづく ※10/30(水)公開
◎第 3 回全文は「カドブンノベル」2019年11月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2019年11月号

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