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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.54

ついに、徳兵衛に噓が露見してしまった。――西條奈加「隠居おてだま」#14-2

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

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「お疲れ、てる姉。いま、仕事終わったのか?」
 奥から出てきたてるに、囲炉裏端からひようきちが声をかけた。
 組場の仕事は、日暮れとともに終わる。灯りは油代がかかる上に火事の心配もあるからと、徳兵衛が良い顔をしないからだ。
「なんだ、あんたたち、まだいたの?」
 戸口に近い囲炉裏の間には、瓢吉に加えて、かんしちと千代太もいた。
まめじゆくの後、三人で勘定合わせをしてたら遅くなっちまってよ」
 瓢吉が応じ、勘七がうなずく。ふたりの傍らにはそれぞれ弟と妹がいたが、待ちくたびれてすでに寝息を立てていた。
「もっとも勘定合わせは、半時も前に終わったんだが……」
 と、勘七は、気遣わしげに千代太を見遣る。千代太はてるに向かって、涙目で訴えた。
「どうしよう、てるちゃん、おじいさまが帰ってこないんだ!」
「ご隠居さまが?」
「今朝、嶋屋に行って、それっきり誰も姿を見てねえんだ」
「帰りにどこかに立ち寄るにせよ、夕方には戻るだろ? さすがに心配になっちまって」
 勘七と瓢吉も、戸惑い顔を見合わせる。徳兵衛が乾越会に出向いたことも、秋治とお楽とひと騒動起きたことも、隠居家にいる者たちは知る由もない。
「だったら、探しに行かなくちゃ! 組場の皆にも声をかけて、総出で探せば……」
「いけません!」
 毅然とさえぎったのは、隣座敷から出てきたおだった。豆塾の指南を済ませた後、やはり徳兵衛を案じて残っていたのだ。
「日が落ちてから、女子供が外をうろついては、かえって危ない目に遭いかねません」
「でも……」
「大丈夫、すでにおわさとぜんぞうを使いにやりましたから。ご隠居さまの行方は、嶋屋の者たちに探させます」
 落ち着き払った声で、お登勢は説いたが、子供たちの顔は陰ったままだ。
「おじいさま……どこかで加減を悪くされたんじゃ……」
「冬場は年寄にはきついからな。卒中を起こして、その辺で倒れていたり……」
「ちょっと、瓢! そういうこと口にしないで! 悪いことを口にすると、本当になるっていうでしょ!」
「やっぱり、じっとしてられねえよ。お登勢師匠、おれと瓢だけでも探し方に加えてくれねえか」
 四つの小さな顔が、お登勢を仰ぐ。不安を満面にしながらも、どの顔も真剣だった。
「おまえたち……それほどまでに、ご隠居さまのことを……」
「あたりまえだろ! ご隠居さまはおれたちの恩人だもの」
「参詣商いでも組紐修業でも、色々お世話になったし」
「今度はおれたちが、恩を返さねえと!」
「瓢ちゃん、てるちゃん、勘ちゃん……ありがとう!」
 千代太は涙をこぼしながら、三人に礼を述べる。
 ほどなく仕事場から出てきた組場の者たちも事情をきいて、職人頭のおはちをはじめ、やはり探しに行くと言い出す。
「いったん嶋屋に行って、おれたちもご隠居探しに加えてもらうか」
「それより隠居家までの田舎道を探すのはどうだ? この辺の道なら、おれたちの方が詳しいだろ?」
「それならちようちんがいるね。この家にはいくつある?」
「たしか三つだよ。前に善三からそうきいて」
 てきぱきと決めるのは、子供たちだ。いまこの場にいる者たちを三つに分けて、隠居家から三方を探しにいくことにした。
 嶋屋へと至る方角には、小さい子供たちも連れていき、おはちがそれぞれの家に送り届けることになった。
「千代太、おまえも行くのですか?」
「もちろんです、おばあさま。坊も案じられてならないもの。きっとおじいさまを、見つけてきます」
「頼みましたよ、千代太」
 日頃は夜道すら怖がる千代太が、頼もしく請け合う。
 お登勢は目を細め、孫たちを送り出した。

▶#14-3へつづく


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