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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.49

お楽のお腹もそろそろ目立つ頃。嶋屋では密談が交わされていた。――西條奈加「隠居おてだま」#13-1

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

前回までのあらすじ

徳兵衛の末娘・お楽が、職人の秋治の子を身籠もったとわかってから二月あまり。親の許しも得ずに子をなしたと徳兵衛に知れれば勘当は必至と、嶋屋の一同はひた隠しにしつつ、親子の縁を絶たずとも済むすべはないか、知恵を絞ってきた。お楽の相手であることは伏せたまま、秋治の職人としての腕と人柄への信頼を勝ち取り、商いに組み込んでしまおうという、嶋屋総出の「大芝居」の結末とは――。

六 隠居おてだま

 霜月末の午後、しまの奥座敷では、密談が交わされていた。
「この辺りが、汐時でしょう。そろそろお父さんに明かさないと」
「すでにいつつきを過ぎましたからね、お腹も目立ってきましょうし」
「明かすといっても、誰がどのように伝える? 薄氷を踏むより危ういのだぞ」
 嶋屋の主人たるきちが、ふたりに案じ顔を向ける。
 心配性の長男と違って、母のおは沈着冷静が身上で、次男のまさろうは何事も柳に風と受け流す。ただこればかりは、おいそれとこたえが出ない。というのも、すでに正答するための時機を逸しているからだ。誤答のうち、少しでもましなこたえを、とくの勘気をできるだけ和らげる方途はないか、と模索を重ねてきた。
「ここはやはり、お母さんにお任せしては?」と、吉郎兵衛が言い出す。
「いえ、私では、かえって意固地を招くだけです」
「己より先にお母さんが知っていては、お父さんの面目が立ちませんからね」
 おかしそうに、政二郎が相槌を打ち、もっともらしく続ける。
「まあ、本当なら、あきとおらくがそろって、お父さんに許しを乞うのが筋でしょうが」
「お楽の腹が、お父さんの目に留まればどうする? 何もかもが水の泡だ」
「いまは冬ですから、綿入れに衣を羽織れば、もうしばらくはごまかしも利くでしょう」
 お登勢は淡々とこたえたが、吉郎兵衛の焦りは増すばかりだ。
「そもそも、無理があったのだ。あと五月で、子が生まれるのだぞ。どう勘定しても、産み月が合わんだろうが」
「いまさらそれを言いますか。もとより無理は承知のはず。一切を隠しおおせることはできません。私としては、お父さんの勘気は覚悟しておりますよ」
 その上で、徳兵衛とお楽の縁を断つことなく、先に繫げるやりようを案じていたと、政二郎は語る。
「分家のおまえはそれでよかろうが、私は嶋屋の主人なのだぞ。お楽の不行届は、私に責めがある。つまりはお父さんの怒りは、すべて私に向けられるんだ!」
 お楽が身籠ったと知れたのは、九月の初めだった。産婆の見立てでは、懐妊してふた月半。十一月末のいまは、五月過ぎとなる。
 身持ちの悪さは、徳兵衛がもっとも嫌うところだ。親の許しも得ず、どこの馬の骨ともわからぬ男と子をなしたと知れれば、勘当は必然だ。娘のため、妹のために、三人は知恵を絞った。
 まず相手の男が、どこぞの馬の骨ではないと、徳兵衛に認めさせることだ。これはひとまず上手くいった。お楽の相手の秋治は、腕のあるかざりで、真面目で優しい気性だった。お楽がとっかえひっかえ関わった男たちの中では、当たりと言える。家族にとっては安堵のいく唯一の材となった。
 錺とは、金属の細工をさし、かんざし煙管きせるから、建具やたんの金具まで幅広い。
 秋治は簪を得手としていたが、お楽の頼みで帯留をこしらえた。この帯留に、商機を見出したのが政二郎だ。
 秋治の帯留と、徳兵衛が商う帯締めを合わせれば、儲けの種となる。商売根性たくましい父が、これを見逃すはずがない。いわば徳兵衛の商いの中に、秋治を組み込んでしまうのだ。この思案は、お登勢も悪くないと判じた。
「秋治さんの気立ての良さは、きっとご隠居さまも気に入りましょう。己が認めた者なら、お許しになるかもしれません」
「お楽と秋治の縁を繫いだのは、あくまでお父さんということにすれば、いっそう抜き差しならなくなる。その手を使ってはどうだ?」
 吉郎兵衛も乗り気になり、この大芝居が始まった。
 秋治がまず徳兵衛に商談をもち込み、その帯留をお楽が気に入り、ほどなく秋治と知り合う、という筋書きだ。ひとまずは上首尾に運んだものの、お腹の子は日に日に大きくなるだけに、うかうかしてはいられない。
「産み月のずれは、早産と言い張るしかありませんね。産婆の見立てが、ひと月やふた月狂うことはままありますし、七月ほどの早産もあり得ますから」
 お登勢はあくまで、落ち着いた姿勢を崩さない。
「お父さんにぶつけるなら、誰がよいか。お母さんは、どう思われます?」
 深慮遠謀なら、お登勢に勝る者はない。心得ている政二郎は、母に水を向けた。
「秋治さんがおひとりで、お楽と夫婦になりたいとご隠居さまに申し出る。それがよろしいかと、私は思います」
「秋治ひとりで、大丈夫でしょうか? せめてお母さんが付き添われては?」
「身内が傍にいては、意地が先に立ちましょう。他人である秋治さんになら、存外、素直な存念を打ち明けるかもしれません」
 そうですね、と政二郎はうなずいて、吉郎兵衛も不安は拭いきれぬものの同意する。
「では、秋治にそのように伝えましょう。明日にでもさっそく隠居家に向かわせて……」
「待て待て、政二郎、そう事をくな!」
「急がねばと言ったのは、兄さんですよ」
「まずはお父さんのご都合を伺って、秋治に段取りを含めねば。何よりも今日明日では、気持ちの仕度が整わない。吉と出るか凶と出るか、そこで事が決まるのだからな」
 いたって気の弱い長男のおかげで、は二日後となった。
 このたった一日が、秋治とお楽の明暗を、大きく分けた。

▶#13-2へつづく


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