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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.41

どこにでもついてくる七歳の弟を振り切って、瓢吉が向かった先は。――西條奈加「隠居おてだま」#11-1

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

前回までのあらすじ

老舗糸問屋の元主人・徳兵衛が巣鴨村に隠居家を構えて一年余り。風雅な余生を送るはずの隠居家は、孫の千代太が連れてきた子供たちでいつしか大所帯になっていた。徳兵衛は組紐屋「五十六屋」をはじめ、派手な色柄で売り出した「角切紐」で評判を呼ぶ一方、子供たちは「千代太屋」の屋号を掲げ、王子権現の参詣案内で食い扶持を稼いでいる。千代太屋の中心となって商いを回す瓢吉には、大きな転機が訪れようとしていた。

五 のっぺらぼう

 弟というのは、実に厄介なものだ。
「兄ちゃん、どこ行くの?」
 目立たぬように抜け出したつもりが、いつろうは目ざとく見つけて追いかけてきた。
「ええと、何だ……ちょいと用足しにな」
「おいらも行く!」
「逸、すぐ戻るから、皆と一緒にいろ」
「一緒に行く!」
 はああ、とひようきらは、ため息をついた。一事が万事、この調子だ。まさに金魚のふんのごとく、兄の行くところにはどこでもついてくる。
 逸郎は七歳。十歳の兄とくらべれば、当然、足の速さもはしっこさもかなわないし、おまけに人前では口下手だ。
「雨上がりで道がぬかるんでいやす。あしもとには気をつけてくだせえ」
「気をつけてくだせえ」
「お堂までは石畳でやすが、その先はちょいと難儀で。おうごんげんのご由緒なぞは、道々お話ししやす」
「お話ししやす」
 兄弟は王子権現の境内で、参詣案内をして稼いでいる。とはいえ客あしらいも荷物持ちも兄任せで、口上すらろくに言えない。兄の言葉尻を真似るのが精一杯の有様だが、愛らしいとほほまれて、女客にはことに受けがいい。
 兄というのは、実に世知辛いものだ。甘ったれで泣き虫な弟の世話を、いやおうなく押しつけられ、それでいて弟を泣かそうものなら、兄貴のくせにとなじられる。
 兄と同じにできることは何もないくせに、何でも一緒にやりたがる。
 弟がごねるたびに、やれやれとため息が出る。
 だが、今日ばかりは連れていけない。待ち合わせの相手から、ひとりで来るようにと含められているからだ。
「いなくなるのは、ほんのちょっとだ。大急ぎで戻ってくるから」
「嫌だ!」
「皆と一緒に待っててくれたら、帰りに団子を買ってやるぞ」
「いーやーだー!」
 なだめてもすかしても団子で釣っても、今日に限って意固地に言い張る。だんだん腹が立ってきて、約束の刻限も迫っている。
「いい加減にしろ! 駄目だって言ってるだろ!」
 つい、きつい調子で怒鳴っていた。弟の丸い輪郭がたちまち崩れ、まるで打たれたように大きな泣き声があがる。
「あーっ、瓢ちゃんが逸ちゃんを泣かせたあ」
「泣かせた、泣かせた。瓢ちゃんが弟をいじめてるう」
「苛めてねえぞ! 勝手を抜かすな!」
 ともに参詣案内をする仲間のうち、小さい連中がはやし立てる。騒ぎをききつけて、かんしちがやってきた。
「どうした、瓢? 何かもんちやくか」
「勘、いいところに。こいつをしばらく頼めねえか。おれ、約束があってよ」
「約束?」
 勘七の耳に口を寄せて、こそりと告げる。へえ、と意外そうに、勘七が目を見張る。
「こいつは連れていけねえし、四半時ほどで戻るからよ」
「わかった。逸郎はおれが面倒見るよ」
 勘七は即座にうなずいた。瓢吉と同じ歳だけに、通りが早い。
 この隙にと、急いで背を向けて走り出す。
「おいらも行くーっ! 兄ちゃんと一緒に行くーっ!」
「逸郎、おれたちと一緒に、待っていような」
 勘七のなだめる声と、弟の泣きわめく声が、交互に追ってくる。
「置いていかないでよーっ! 兄ちゃあん、兄ちゃあん──!」
 山門を抜けても、逸郎の声だけはどこまでも追いかけてきた。

▶#11-2へつづく


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