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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.40

誤解がとけた面々に、恋の力がもたらしたものは。――西條奈加「隠居おてだま」#10-4

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

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「どうしよう……えらい勢いで薪を割っていて、声をかけてもふり向きもしないんだ」
 が気遣わし気な顔を、仲間に寄せる。
 昼のおやつ時に、噂は一気に広まり、千代太はようすを見にいったが、善三は家裏で、何かにとりかれたように、薪の山を築いていたという。
「放っといてやれよ、武士の情けだ。よしの母ちゃんの祝儀と、重なっちまったからな。よけいにいたたまれないんだろ」と、ひようきちが大人びた口を利く。
「もうひとつ、心配事が……昨日、父さまに話しちゃったんだ。善三とおきのを、一緒にさせてあげてくださいって」
「おい、それは帰ったらすぐに、正しておけよ。よけいにややこしいことになるからな!」
 命じたかんしちに、千代太は情けない顔で、こくりとうなずく。
 三人を脇目にして、てるはおきのに、こそりとたずねた。
「おきのさんは、知っていたんですか? 善さんの想い人が、誰かって」
「いいえ、誰とまでは知らなかった。ただ、好いた人に贈りたいときいただけ。どんな櫛がいいか決めようがないから、一緒にえらんでほしいって頼まれて、櫛店までお供したの」
 ただ、と、おきのはふっと微笑した。
「あの櫛はね、ある人に似合いそうだなって、思い描きながらえらんだの。残念ながら、見当は外れたけれど」
「ある人って、もしかして、おくにさん?」
「なんだ、おてるちゃんも知っていたんだね」
 仲良しなだけに、おきのもまた、おくにの気持ちに気づいていたという。
「それじゃあ、渡せず仕舞いになった櫛は、いわばおくにさんのための櫛だったんですね」
「おきのちゃん、いまの話は本当?」
 いきなり後ろから声がかかり、びっくりしてふり返る。ふたりが背にしていた廊下に、おくにが立っていた。どぎまぎしながらも、そのつもりだったと、おきのがうなずく。
「そう……」と、考え込みながら、廊下をそのまま行き過ぎる。
「大丈夫かな、おくにちゃん、ぼんやりしちまって」
「あたし、ちょっとようすを見てきます」
 てるは素早く腰を浮かせ、後ろ姿を追った。おくには戸口に近いの間から、土間に下り、そのまま裏口へと抜ける。てるはこっそりと跡をつけた。
「善三さん、ここにいたんですか」
 裏口に近づくと、おくにの声がした。思わず足を止め、そろりと目だけを覗かせる。
 薪割り仕事が尽きたのだろう。山績みになった薪を背に、座り込んだ善三の姿がある。その前に、おくにはしゃがみ込んだ。
「善三さんが櫛を求めたと、ききました。いまも、おもちですか?」
 のろのろと、善三が顔を上げる。おくにを認め、薄く笑った。
「ここにある……もう用無しになっちまったけどな」
 懐から、薄い紙の包みを出した。
「見ても、いいですか?」
 ああ、と疲れたようにうなずく。おくには包みを開けて、とり出した櫛をながめる。
「可愛い……白椿ですね」
 そのときは見えなかったが、櫛歯の上に一輪、緑の葉をつけた白い椿が描かれていた。
「気に入ったなら、もらってくれねえか……どうせ行き場のねえ代物だ」
「違います、この櫛は……最初っから、あたしのところに来ると決まっていたんです! そう思うことにします!」
 善三がぽかんとし、おくにを見詰める。こちらに背を向けているから、おくにの顔は見えないが、両の耳裏と首筋は真っ赤になっていた。
「え? ……え?」
「……いただいても、いいですか?」
「……どうぞ」
 櫛を胸に抱いたおくには、ほおずきで染めたような顔で裏口からとび込んできた。顔を伏せていたから、戸の陰にいたてるの姿にも気づかぬようだ。そのまま奥へと駆けるように去った。
「あの内気なおくにさんが、あんな豪の入った真似を……」
 恋とは、実に空恐ろしい。臆病な娘を、これほど大胆に変じてしまう。
「何だろう……何かすっきりした」
 おくにの勇気は強い春風のように、てるの胸にあったもやもやすら吹きとばしていた。
「春風雪か……」
 母がもらった櫛にあった、花のような雪紋が浮かび、小与蔵の声が耳によみがえる。
 ──おれは敵じゃあねえ。味方になりてえんだ! 三人で仲良く、暮らしてえんだ!
 言葉なぞ当てにならないし、先のことなぞ誰にもわからない。それでも、まあいいか、とそんな気になった。
 もう一度、裏のようすを覗く。未だに事が吞み込めないのか、善三は時が止まったように、ぽかんとしたままだった。

つづく


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