menu
menu

連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.36

相談を持ちかけた相手がまずかったのか、色恋話は思わぬ方向に転がって――。――西條奈加「隠居おてだま」#9-4

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

「え? 善三とおきのが? 惚れ合ってるの?」
 千代太はきょとんとして、丸い目をぱちぱちさせる。
「いや、どうだかわかんねがら、坊ちゃんにきいただで」
「どうだろう、坊もわからないよ。当人にきいてみたら?」
 それでは本末転倒である。おうねとてるは、困り顔を見合わせる。
「女の子って、本当に色恋の話が好きなんだね。って、瓢ちゃんが言ってたよ」
「そうじゃなく、わかってないなあ。おうねさんは従姉だけに、おきのさんが心配なんだよ」
 嶋屋の坊ちゃんには、その建前を通した。お登勢に仕込まれて、だいぶていねいな物言いが板についてきたものの、千代太に対しては、ぞんざいな仲間言葉がとび出す。
「善三とおきのが一緒になるのは、悪くないと思うけど……ただ奉公人同士が、勝手にくっつくのはいけないことらしいけど」
「え、そうなの?」
「うん、小僧の誰かからきいたんだ。どうしてかは坊も知らないけど、でも主人の許しを得れば大丈夫だって。良ければ坊から、お父さまに頼んでみようか?」
 いつのまにやら、とんでもない方向に話が進んでいる。おうねが慌てて止めに入る。
「待で待で! そう急ぐもんでねえだ。ふたりが思い合ってっかどうか、肝心要んごと忘れてんべ」
「あんなに仲良しだし、別にいいんじゃない? 善は急げって言うし」
 跡継ぎだろうが子供は子供。いたって単純明快に、事を運ぼうとする。
「いやいや、坊ちゃん、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られるっていうだろ?」
「邪魔なんてしないよ、後押しだもの。善三とおきのが喜んでくれたら、坊も嬉しいし」
「ええと、男女の仲ってのは色々とこんがらがっていて、くっつけるより前にふたりの仲を確かめるのが先で……」
 千代太を話に引き入れたのは、まずいやりようだった。本当のことを明かすわけにもいかず、ひとまず勇み足を止めようと必死で説き伏せる。
「あのふたりなら、たぶん惚れ合ってんじゃねえか」
「うん、おれもそう思う」
 ふいにふすまの陰から声がかかり、ぎょっとしてふり返る。ふたつの頭が、上半分だけ覗いていた。
「瓢ちゃん、勘ちゃん! 何か知ってるの?」
 千代太屋の仲間の、瓢吉と勘七だった。てるにとっては弟分だ。勢いあつかいがぞんざいになる。
「惚れ合ってるって、どうしてそう思うの? ほら、ちゃっちゃと白状しな」
「おれたちこの前、見ちまったんだ。がもまちしもに新しくできたくし屋で」
「うん、ふたりで仲良さそうに、品をえらんでた」
 巣鴨町は、上・上仲・下仲・下と、四つに分かれている。嶋屋があるのは上組で、てるの長屋は上仲組、瓢吉は下仲組、勘七は下組に、それぞれ暮らしている。
 今年の四月、巣鴨町は火事に見舞われ、下組から下仲組の半分までが焼けてしまった。半年余りが過ぎたいまは、表通りには白木の店が立ち並び、瓢吉や勘七も新しい長屋に収まった。ただ、火事で財を失って、巣鴨を去った店もいくつかある。以前は茶飯屋だったところに、ふた月ほど前に櫛屋ができたと、下組に暮らす勘七が語る。
「ほら、この前、朝からすげえ雨が降ったろ? あの日だよ。境内商いもできねえし、暇になっちまって、いつを連れて勘の家に行ったんだ」
「そのうち逸となつが、腹がへったと騒ぎだしてよ。仕方ねえからちびたちを置いて、雨ん中、ふたりで駄菓子屋まで走ったんだ」
 櫛屋の前を通ったのは、その折だという。
「声を、かけなかったの?」と、千代太がたずねる。
「ボロ傘一本だったから、結構濡れててな、店には入りづらくって」
「睦まじそうにしてたから、邪魔しちゃ悪いしな」
 とふたりが、顔を見合わせてうなずき合う。
「そうかあ、あんふたりはやっぱり、そっだら仲だったか」
 はああ、とおうねが、残念そうなため息をつく。
「え! おうねはまさか、善さんのこと?」
「ちげちげ、馬鹿こくでね」
 瓢吉の勘違いを、片手をひらひらさせながら即座に打ち消す。
 もうひとつ、大きな勘違いが生じていたが、その場の五人は誰も気づかなかった。

つづく


MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2022年5月号

4月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2022年6月号

5月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.010

4月25日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP