menu
menu

連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.34

職人たちの手捌きを眺めていたてるは、あることに気が付く。――西條奈加「隠居おてだま」#9-2

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 傍目には、組紐は子供でもできそうな単純な作業に見える。しかしたった一度、糸の締め具合を誤っただけで、不出来な箇所ができ、仕上がってから一目でわかる。
 てるも何度か、家に帰ってから見よう見まねでこしらえたことがあるのだが、まるで苦悶に七転八倒する蛇のようにねじれがひどく、同じ加減を崩すことなく真っ直ぐな紐に仕上げるのは至難の業だと思い知った。一色の糸ですら、その体たらくだ。何色、何十色もの色を組み合わせて、同じ模様が浮かぶようにする技は、やはり一朝一夕では身につかない。
 以来、文句を控えて、そのぶん糸を操る手許をじっと見詰めるようになった。
 てるがことに目を向けるのは、おうねの手捌きだ。自分とは四歳しか違わないのに、およそ十年分の開きがある。
 上州桐生にあるおうねの一家は、曽祖母の頃から代々、組紐師をなりわいにしてきた。組紐を担うのは女たちで、おうねもまたふたりの姉とともに、幼い頃から祖母や母の仕事ぶりをながめ、そして真似てきた。
 見ることで技を盗み、真似ることで技を体得する。あらゆる職人技はそのように伝授され、おうねはいわば、年端もいかぬうちに職人修業を始めたに等しい。
 桐生にいる長女と、ともに江戸に上京した次女のおくには、どちらも十六、七で祖母の墨付きをいただいた。三女のおうねはそれより早く、十四で師匠たる祖母のもとを離れた。
 これには少々が入っていると、おうねは明かした。おくにとともに江戸に出たいと、おうねが熱心に訴えたからだ。
「もう二、三年、おらが仕込みたかったども、まあよがんべってばつちゃが。江戸が職人さ手際見りゃあ、修業さなんべえって許しくれた」
「いくら何でも早ぐねがって、とつちゃは最後まで粘っていたけどね。父ちゃは末っ子のおうねが可愛くて仕方ねえんだわ。でも、うちは婆ちゃがいちばん偉いから、父ちゃも折れるしかなくってね」
 江戸に出た経緯を、姉妹はそのように語った。たとえおまけであろうとも、おうねは立派に一人前の仕事をこなしている。その姿はてるにとって、憧れ以外の何物でもない。
 指の動きが凄まじく速いおうねの手捌きは、憧れの象徴であったが、真似るにはひとつ難点がある。年下の四人は、手先の器用を見込まれて弟子入りしたが、てるだけは別だ。紐数珠にしても、咲助やひえの方が、よほど速く仕上げられる。
 だからこそ焦りが生じたが、職人頭のおはちは、諭すように告げた。
「手の速さは、たしかにひとつの天分だよ。並みの人が一本組むあいだに、二本も三本も組めたら出来高が違うからね。あたしも遅い方だから、うらやましくてならないよ。でもね、職人は十人十色。誰にだって得手不得手はあるものさ」
「器用じゃないあたしに、どんな得手があると?」
「それはおてる、あんた自身が見つけていくんだよ。でもそうだね、ひとつあげるなら根気かね。どんなに才があっても、根気がなければ続かない。職人にはなくてはならない要石さ」
「要石……」
 相応の根気なぞ、誰でももっていると思っていた。そんなところを褒められるなぞ、てるには意外だった。
「たとえば、ご隠居さまのように短気な方は、職人には向かないってこと?」
 おはちは笑いをこらえながら、おそらくね、と小さな声で言い添えた。
「手際の速さはおうねの得手で、技の確かと丁寧はおくにが勝るでしょ。同じように、おてるにはおてるの持ち味がある。これから見つけて、何年もかけて磨けばいいんだよ」
 おはちに励まされ、そわそわと浮いていた尻が、少しは落ち着いた。
 昼になると、子供たちはまずおやつをいただいて、それから一時半から二時ほど手習いを教わる。手習いを終えた夕刻に、遅いひるを食べるのが常だった。昼餉とおやつを逆にするのは、ゆうを満足に食べられない子供たちがいるからだ。
 おやつは、おわさ特製の煮豆や駄菓子のたぐいだが、たまに師匠や千代太が気を利かせ、まんじゆうや団子なども配られる。子供たちにとっては、ここでしか当たらないご馳走だ。
 昼になると、おわさがぶら下げたぎよばんをたたき、おやつを告げる。
 魚板とは、禅寺などで使われる魚形をした木彫りの道具で、軒などに吊るして諸事の知らせに打ち鳴らす。中をくり抜いて音が響くように作ってあるのは、もくぎよと同様である。
「木魚も魚と書くでしょ? どうしてお寺の道具は、魚ばかりなの?」
 古道具屋で魚板を見つけてきたのは、おわさの息子のぜんぞうである。鴨居に下げられたとき、千代太は不思議そうに首を傾げた。こたえたのは、豆塾の師匠を務める、祖母のおだった。
「魚は目を閉じることがなく、眠らない生き物とされていますからね。魚を真似て、眠気を払うためですよ。お坊さまの修行は厳しくて、眠気に抗わねばいけませんから」
「ああ、わかる! 経をきくと眠くなるもんな」と、瓢吉が即座に応じる。
「木魚も古くは、魚板の形をしていたそうです。ほら、開いた口に丸い玉をくわえています。この玉はぼんのうを表していて、魚の背を叩くことで煩悩を吐き出させるのです」
「ぼんのーが出てくれるなら、うちの父ちゃんの背を百遍だって叩きてえや」
 瓢吉ばかりでなく、誰もが多かれ少なかれ、親には苦労させられている。まったくだ、と笑いやらため息やらがさざ波のように広がった。
 ともあれ、おやつと昼餉、そして手習いの開始を告げる折には、魚板の音が響くようになった。おやつはことに何よりの楽しみで、木を叩く音がきこえたとたん、組場の子供たちも一斉に腰を浮かせる。
「手習いに、行って参ります」
「行って参ります」
 職人のいる隣座敷に向かって、手をついて挨拶するようになったのは、行儀作法を併せて仕込む、お登勢師匠の成果である。
 下の四人が嬉しそうに出ていった後も、てるだけはその場に残ることがある。職人の手捌きを、ながめるためだ。今日のように職人のみになると、常の喧騒が噓のように、静寂の中に糸玉の音だけが心地よく響く。
 その音に身を浸していると、すうっと落ち着いてくる。
 暮らしにまつわる心配事は、まつながら数が多い。絶えず方々に気を回していると、まるで小さな棘が肌から生えてでもいるように、からだ中が尖ってくる。糸玉の音は、その棘をなだめてくれた。てるはこのひと時が、好きだった。
 三人の立てる音に、しばし湯につかるように浸っていたが、中のひとつが、急に調子を崩した。
 ──まただ、と、ついそちらをる。姉妹の姉の、おくにである。
 懸命に平静を装っているが、外からの音に集中が途切れたのは明らかだ。
 縁の外からきこえるのは、ザッザッザッ、とたけぼうきを使う音だった。
 冬場のいまは障子を閉めているだけに、外のようすは見えない。それでもこの家で外回りを掃除するのはひとりだけ。
 ザッザッザッ、と通り過ぎる箒の音を、おくにはからだできいている。
「てる姉、早く来ないとなくなっちゃうよ! 今日は甘いお煎餅だよ」
 ひえが呼びに来て、はあい、とてるは腰を上げた。

▶#9-3へつづく


MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2022年5月号

4月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2022年6月号

5月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.010

4月25日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP