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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.33

組紐師の見習いをする五人の子供たち。最年長のてるは、ひとり焦っていた。――西條奈加「隠居おてだま」#9-1

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

前回までのあらすじ

嶋屋の隠居・徳兵衛が始めた組紐屋の「角切紐」は、職人頭のおはちによる派手な色柄で大きな評判を呼んでいた。錺細工と紐を組み合わせた「帯留」という新たな商いを始める目処もたち、ついでに奔放な末娘のお楽と錺職人・秋治の縁談話も決着するかと思われたその頃、組紐屋の職人たちの間では新たな騒動が持ち上がろうとしていて――。

四 櫛の行方

 組場には、糸玉の音だけが心地よく満ちていた。
 くみひもは三人。同じ丸台を使っていても、それぞれ少しずつ音が違う。
 いちばん若い十五歳のおうねが、さばきはいっとう速く、糸玉同士がぶつかって、カチカチカチと速い調子を刻む。おうねのふたつ上、姉のおくには、速さでは妹に追いつかないが、音はより規則正しく出来もまさっている。
 職人頭のおはちは、手は決して速くない。姉妹より音の調子も遅い上に、しばしば止まるが、ちゃんと理由がある。
 おはちは組みながら、色と模様の按配を確かめているからだ。
 組紐の丸台は、つづみに似ている。鼓を縦に置き、ぐるりに三、四十の糸玉をぶら下げたような恰好だ。木玉に糸を巻きつけた糸玉を、交互に正確に動かすことで、彩な組紐が仕上がっていく。
 とりわけ『ろく』は、色柄の派手を売りにしている。それだけ使う色糸も多く、組みようも非常に複雑だ。店の要とも言える意匠は、すべておはちが創していた。
 おはちはいまも手を止めて、三分ほど仕上がった組紐を手にとって模様を確かめている。難しい顔をしているから、気に入らないのだろうか。
 意匠が決まるまでは、おはちは一切、紙に頼らない。組んでみるまでは、その色模様はおはちの頭の中だけに存在する。やり直すことも茶飯事で、案の定、丸台に向かったまま、隣部屋に声をかけた。
「おむらさん、もういっぺん計尺を頼めるかい。今度は……」
「すみません、おむらさんとおしんさんは、しまに糸をとりに行っていて」
 隣部屋にひとり残っていたてるは、職人頭にそのように応じた。
 職人三人が座る間は畳だが、隣部屋は納戸であっただけに板敷きである。ここではおむらとおしんが、組糸の下準備をしており、糸繰りや計尺などを行う。
「ああ、そういえば、そうだったね。あら、他の子たちはどうしたの?」
「みんなまめじゆくに。あたしもすぐ行きます」
 この家の別の間で開かれている手習所を、豆塾と呼んでいる。十一歳のてるも筆子のひとりであり、朝から昼までは見習いとして組紐師の修業をし、午後から夕刻までは豆塾で読み書きやそろばんを習っていた。
 ただし修業といっても、未だに糸には触らせてもらえない。
 てるを含めた五人はいずれも子供で、今年の正月から弟子入りしたが、今年一年は組紐には一切関わっていない。いまは十一月初旬、十月以上ものあいだ何をしていたかというと、前と変わらず紐じゆ作りである。
 紐数珠は名のとおり、切れ端や屑糸を編んで、数珠に見立てたものだ。
 の名を冠した『千代太屋』は、ひようきちかんしちを先頭に、十六人の子供たちが関わる参詣案内の商売である。案内するのはおうごんげんけいだい。広い敷地に多くの寺社、堂や仏塔などが点在し、見所を無駄なく廻るには案内が必要となる。道ばかりでなく、寺社の由縁や歴史も合わせて客に語り、さらには荷物運びから、土産物屋や茶店の世話までこなす。
 子供商いとはいえ相応の稼ぎがあり、紐数珠は客への景物として配ったり、土産物として境内で売られてもいる。
 てるたち五人は、毎日のように紐数珠作りにいそしんでいただけに、すでに手許を見ずとも編めるほどの域に達しているのだが、てるには別の焦りがある。手足を使って紐数珠と、丸台で組紐は、まったく別の代物だ。自ら望んで組紐師を志し、弟子入りを志願しただけに、一刻も早く丸台や組紐に触りたい。
 何度か乞うてみたのだが、いつも同じ台詞を返された。
「弟子が仕事は見ることだで。おらだちが手許さ、ようく見ねばいげね。飽きちまうくれえ何百遍も見て、技さ盗む。弟子が仕事は、そんだけだ」
「見るだけなんて歯がゆいだろ? でもね、楽して人から教わっても、案外身につかないんだよ。職人の手許を見ながら、己でくり返し考える。糸の捌き、力加減、組みの調子と、あたしら三人もそれぞれ違う。技の外にある己の型は、己で思案して工夫するしかないんだよ」
 職人頭のおはちが、意匠の思案で忙しいだけに、見習いの面倒を見ているのは、おくにとおうねの姉妹である。ふたりの出身はじようしゆうきりゆで、妹は直す気すらないようで未だに田舎訛り丸出しだが、姉は江戸風のしゃべりを心掛けている。
 性質もずいぶんと違っていて、おうねは末娘らしく天真爛漫で遠慮会釈がない。一方で三人姉妹の次女たるおくには、控えめながら小まめな気遣いを欠かさない。妹の言葉足らずを補って、わかりやすく説いてくれた。
 ただ、どんなに言葉を尽くされても、焦りと不安は容易には消えない。
「でも……あたしは、いえ、あたしたちは、一日も早く一人前の職人にならなきゃいけない。さきすけも、同じ気持ちのはず。だって家の稼ぎ手は、あたしらなんだから!」
 参詣案内の子供たちは、お店の坊ちゃんである千代太を除けば、誰もが子供ながらに暮らしを支えている。
 てるは病に臥せった母の代わりに、母娘ふたりの生計たつきを立てているが、それでもまだましな方だ。十歳の咲助は、両親は離縁の挙句、父に置き去りにされて、からだの利かない祖父と弟妹、四人の暮らしを、小さなからだで背負っている。同じく十歳のひえは、継父と実母に邪険にあつかわれ、家には居場所がなく飯すらろくに食えない。
 長患いは得ているものの、母の病は少しずつ快方に向かっており、何よりも娘のてるを大事にしてくれる。母ひとり子ひとりであるだけに、ずいぶんと心細い思いもしたが、参詣案内を始めて仲間ができると、自分なぞまだまだ序の口だと思い知った。
 このどうしようもない貧しさから抜け出すためには、毎晩、泣きたくなるほどこみ上げてくる不安を払拭するには、一人前に稼げるだけの技を身につけるしかない。
「あんたらの気持ちはわかるよ。あたしらやおはちさんも、同じ思いをしたからね。ただね、職人の手仕事を間近で見て、思うんだ。修業には、近道なぞないってね」
「皆の手当ては、ご隠居さまが按配してくださる。いよいよ困ったら、おひえ坊の時みたいにあいだに立ってもくれる。いまは家のことよりも、己のことを考えな。まずは手習いを終えるのが先だからね」
 おむらとおしんも、たびたびそのように慰めて、てるのはやる気持ちをなだめてくれた。
 おはちを含めた三人の母親もまた、稼ぐ苦労は身にしみている。おむらの娘りつと、おしんの娘よしも、五人の見習いに含まれているが、ともにまだ八歳と幼い。職人修業には早過ぎるために、いまは母親のとなりで機嫌よく紐数珠作りをしている。
 紐数珠は出来高によって、五十六屋から手間賃が払われる。それでもてるは母親の薬代がかかり、咲助は一家四人の暮らしを担っている。
 本来の職人修業は、衣食住の面倒は親方が見るものの、給金のたぐいは得られない。しかしおはちの口添えもあって、五十六屋を実でまわす隠居のとくは、店繰りの金から工面して、てると咲助に与えていた。
 ひえの場合は、事情が違う。職人修業をさせる旨、ひえの親に告げたところ、あろうことか奉公させるのなら金を寄越せとのたまった。短気な徳兵衛は、この言い草に烈火のごとく怒り、えらい剣幕で両親を容赦なく怒鳴りつけた。
「この、馬鹿者どもが! ろくに世話もせず手習いにも通わせず、飯すら与えぬおまえたちの、どこが親か! よいか、おひえはわしが預かる。金の無心はおろか、今後一切、娘に近づくでないぞ。のこのこ現れたら、ただでは済まさんぞ!」
「あたしも昔、ご隠居さまから同じように叱られて……傍できいていて、何やら身が細る思いがしたよ」
 職人頭として、隠居とともに出向いたおはちは、恥ずかしそうにそう語った。
 徳兵衛は両親を置き去りに、名主と大家にさっさと話をつけた。ひえは隠居家の内で、桐生の姉妹と同じ部屋で寝起きしている。
 咲助以外は女ばかりで、総勢十人と、組場はなかなかの大所帯だ。ふだんは他愛ないおしゃべりが、ひっきりなしに交わされて賑やかで、この家の女中のおわさも、日に二、三度は通ってきて歓談に興じる。
 しかしごくたまに、職人三人きりになると存外静かになる。三月ほど前に、てるは気づいた。不思議とおしゃべりが絶えて、黙々と作業に没頭する。
 おはちとおくには、どちらかと言えば物静かなで、いつもは聞き手にまわることが多い。そのためもあろうが、たぶん別の理由だと、おうねは察していた。
 目の前に、本音をぶつける相手がいるからだ。言うまでもなく組紐である。

▶#9-2へつづく


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