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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.22

お楽に用意された縁談は申し分ない、はずだったが。 西條奈加「隠居おてだま」#6-2

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

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「ご祝儀って、何だろう?」
 中身が気になったが、大人からの預り物を、無暗に覗いてはいけないとのわきまえはある。
「ご祝儀って、もしかして、お楽にかい?」
 独り言に返事をされて驚いた。ふり向くと、よく見知った顔があった。
 千代太の父、きちの弟で、お楽にとっては次兄になるまさろうだった。嶋屋の分家にあたる綿問屋、に養子に行ったのは、千代太が生まれるより前の話だ。すでに主人としてのれんを継いで、こうしてたまに本家に顔を出す。
「政おじさん、お楽おばさんのこと、知ってたの?」
「ああ、この前、すけが訪ねてきてね。一切を教えてくれたよ」
 手代が伝えた一切の中には、千代太が知らない裏事情も含まれていたが、政二郎はもちろんおくびにも出さず、甥の手の上にあるものに目を留める。
「誰からのご祝儀だい?」
「うん、あのね……」
 たとえ子供でも、いや、子供だからこそ、告げていいのか悪いのか、打ち明ける相手をえらぶ分別は身についている。祖父には口止めされているが、何事にもおうようなこの叔父なら大丈夫だ。何よりも政二郎は、妹をいたく案じており、お楽もまた、何かと小言が多い長兄よりも、次兄の方が話しやすく頼りにもしている。
 父の兄妹の間柄は、千代太にも何となく吞み込めていた。
「なるほど、そういうことか……。えらいぞ、千代太。おまえが賢く立ち回ってくれたおかげで、このご祝儀をいただけたんだ」
 叔父にめられて、心の底からあんがわいた。受けとってしまったものの、叔母に渡していいものか、迷いが生じていたからだ。
「おまえさえ良ければ、これは私から、お楽に渡しておこう」
 お願いしますと、叔父に預ける。肩の荷が下りたようで、気持ちが軽くなった。
「ただ、やはり中身は気になるね……ちょっと、覗いてみようか」
「いいの?」
「お楽には、私から詫びておくよ」
 と、政二郎は小さな包みを受けとって、自分の手の上で布を開いた。
「うわあ、きれいだね!」
 ちようの形をした、銀細工だった。千代太が思わず声をあげる。
「お楽に蝶とは、似合いの趣向だ。細工からして、腕前もなかなかだ」
 羽を広げたあげ蝶は、家紋などにもよく見かける。銀色の羽を広げた姿は優美で、細かな羽の模様も美しい。ただ、これが何なのか、千代太にはわからない。
かんざしにしては脚がないし……つけ? にしては変な金具だね」と、首をかしげる。
「私もこの手の小間物には、とんと調ちようほうだが……お楽にきけばわかるはずだ」
 叔父はにっこり笑って、千代太とともに嶋屋の暖をくぐった。


 妹の座敷へ行くまでは、少々暇がかかった。
「政二郎、よく来てくれた! 喜介から大方の話はきいたと思うが、お楽がまた、厄介を起こしてくれてな」
 店に入るなり、兄の吉郎兵衛につかまって、小半時ものあいだあるじをきかされた。
「それでも、良いお相手が見つかって何よりだ。まだ内々に話を進めているなかなのだが、おそのの話では、先さまも乗り気だそうだ」
「兄さん、縁談の相手というのは、どのようなお方ですか?」
 政二郎は、いちばん気になっていたことを、兄にたずねた。だいの喜介は、先方のさいまでは、知らされていなかったからだ。よくぞきいてくれたと言わんばかりに、吉郎兵衛はほくほく顔で、妹のとつぎ先を明かした。
はつちようぼりの両替商でな、間口からするとおおだなとは言えないが、懐はずっしりと重い。さすがはだ。両替商のお仲間から、打ってつけのお方を見繕ってくださった」
 久賀屋は吉郎兵衛の妻、お園の実家である。両替商の他に、呉服屋とふとものも合わせて営む、掛け値なしの大店だ。お相手もまた、財には文句のつけどころがないが、政二郎の気掛かりは、お楽をめとる主人の人となりであった。心配は無用だと、吉郎兵衛は自信たっぷりに語る。
「ご当代は二年ほど前に、跡取り息子を亡くされてな。息子の死が痛手になったのか、ご妻女も去年先立たれた。さらには誰を跡継ぎにえるかで、親戚中でめている。娘がふたりいるのだが、とっくに他家に嫁いだそうだ」
 誰を養子に迎えても、親族内で角が立つ。それならいっそ新妻を娶り、生まれてくる子を跡取りに据えた方が、事は平らかにしずまるのではないか。
 久賀屋はそのようにき、相手の主人も、悪くないと判じたようだ。
「むろん腹の子は、ご主人の実子としてあつかわれる。つきほどなら、産み月なぞもごまかせると、お園も太鼓判を押していた」
「ごまかしに太鼓判を押されても……ちなみに、相手のお歳は?」
「五十八になられたと」
「そんなに年寄りなのですか! うちのお父さんと、四つしか違わない」
「歳のことは、仕方あるまい。お楽もすでに、承知の上だ」
「では、内儀の務めなぞは? お楽はあのとおり不調法者ですし、奥を回していく才覚もありません。嫁ぎ先で、苦労をする羽目になるのでは?」
「その辺も抜かりはないぞ。頼りになる女中頭がいてな、ご妻女亡き後、奥の差配をすべて、滞りなく仕切っているそうだ。お楽がすることは何もないと、まことに結構なお話だ」
 吉郎兵衛はいたって吞気だが、かえって頭痛の種が増えたように、政二郎には思える。親戚縁者ばかりでなく、女中頭をはじめとする使用人にとっても、お楽はまさにいきなり飛んできて、横から油揚げをかすめとるとんびさながらに、ぬすつとたけだけしい女に見えよう。
「お楽はその家に嫁いで、本当に幸せになるのでしょうか?」
「これ以上のご縁がどこにある! 腹の子ごと引き受けてくれるばかりか、血の繫がらないその子に、身代をそっくり渡してくださるという、もったいなくも有難いお話だ」
 兄の言うとおりだ。年配の主人なら、歳の離れた妻のわがままも大めに見てくれようし、妹も存分に、洒落しやれさんを楽しめよう。もとよりお楽が望んだことだ。
 なのに、どうにもしっくりこない。喉の辺りに、吞み込み難い大きな欠片かけらが、引っかかっているように思えてならない。てんまつを告げに来た喜介も、同じ不安を口にした。
「お嬢さまには、お嬢さまらしい生きようを、まつとうしていただきたい。それが手前の望みです。このようないきさつで良家に嫁いで、この先もそれがかなうのか……どうにも案じられてなりません」
 たとえ世間の枠から外れようとそしられようと、政二郎もまた、妹のほんぽうを好もしく思っていた。たぶん政二郎自身が、同様にはみ出しているからだ。常識なぞ二の次で、とらわれる者こそ愚かしい。枠から逸脱できぬ限り、新たな商売なぞおこせない。
 男ならそれが意気地となるが、産む性をもつ女のたがは、さらにきゆうくつだ。
「外堀をこうまで埋められては、お楽とて身動きできまい。さて、どうしたものか」
 長々しい兄との談議が終わり、座敷を出て独りちた。
「打つ手なしとも思えたが、存外この細工が、さかの鍵となるかもしれない」
 藍の包みを手に、政二郎は妹の部屋に向かった。

▶#6-3へつづく


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