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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.18

今後の相談相手としてお登勢が選んだのは…… 西條奈加「隠居おてだま」#5-2

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

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「まずは産婆に行って、本当に身籠っているか確かめないと。私もつきそいますから、明日さっそく診てもらいましょう」
 はい、とお楽が神妙な顔でうなずく。
「お母さん、明日では間に合いませんよ。お父さんが来るのは、明日の朝なのですから」
「ああ、そうでしたね。ですが、こうなるとせめて、もう半日は時を稼がないと」
「ならば、そちらは私が。はそうですね……ちょうど明日、三町先の呉服屋が店開きを行います。お嬢さまはそちらに出掛けたと申し上げます」
 お楽が不在の言い訳としては無理がなく、隠居家へは自ら伝えると喜介が引き受けた。
「では、産婆から戻りしだい、明日もこの四人で膝を揃えてじっくりと」
 息子の言に、お登勢はしばし考える風情を見せる。それから静かに、首を横にふった。
「いえ、ややが関わってくるとなれば、そこから先は女の領分です」
「では、お母さんとお楽だけで、今後を話し合うのですか?」
「母娘だけでは、心許ないですからね。もうひとり、加えましょう」
「誰ですか? 滅多な者には、明かせませんよ。断っておきますが、おわさだけはいけません。うっかりお父さんの耳に入れば、一大事です」
 隠居家の女中、おわさは、徳兵衛のもっとも身近にいる。危うさを感じて、吉郎兵衛は急いで止めた。
「おわさも古参だけあって、その辺のわきまえは身についているのですがね。ですが今回は、おそのに頼みましょう」
「お園ですって? 正気ですか、お母さん!」
 妻の名を出され、吉郎兵衛が目を白黒させる。
「口の堅さは、それこそ当てにできませんし、あのとおり世間知らずのこつ者で……いえ、妻としては気に入っておりますよ。いつもにこやかで、一緒にいるとくつろげます」
 お園の実家の屋号は、『』という。呉服・太物・両替商を営む大店で、お園は箱入り娘である。気立てがよく夫にも不機嫌な顔を見せず、やおまつにとっては優しい母親だ。妻として不足はないが、商家の妻には別の務めもある。
「ただ、奥の差配は未だにおぼつかず、嶋屋の女房としてはまだまだです。まあ、お母さんがいちばんご存じでしょうが」
 店は主人が回すが、奥は妻が一切を預かる。家事の目配りはもとより、となり近所や親類縁者、得意先や同業者とのつき合い、また冠婚葬祭の数も生半可ではない。ことに多くの奉公人を束ねるのは、至難の業である。
 江戸者もいれば田舎出もいて、出自や育ちが違えば、物の見方も進みようも異なってくる。これを是とするか非とするか、平たく言えば正邪すら、それぞれ物差しが違うということだ。
 奥で働く女中や下男はもちろん、店に詰める手代や小僧も住み込みであるだけに、いわば全ての奉公人に目配りせねばならない。
 お登勢は万事にそつがなく、申し分のない女房として非常に評が高かった。
 できたしゆうとめと比べるのは酷というものだが、そこを差っ引いても、お園はあまりに不足が多い。いまはお登勢が陰に日向に支えて、事なきを得ているが、仮にお園ひとりに任せたら、嶋屋の奥向きはたちまち混乱を呈しよう。
「それでもね、旦那さま、いまの嶋屋の内儀は、お園なのですよ」
「お母さん……」
「これほどの大事を、お内儀の耳に入れぬわけにはいきません」
 商家でもっとも重くあつかわれるのは主人夫婦だと、お登勢はあえて言葉にした。
 そしてお登勢には、別の思惑もあるようだ。
「お内儀はああ見えて、物事の見方が平らかで偏りがありません。きっと良い相談相手となりましょう」
 母に押し切られて、吉郎兵衛も不安を残しながらも承知した。
 翌朝、お登勢とお楽は産婆に行き、帰って早々、お園と三人で膝をそろえた。

▶#5-3へつづく


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