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連載

西條奈加「隠居おてだま」 vol.8

傷ついた親友に、千代太はただそっと寄り添う。西條奈加「隠居おてだま」#2-4

西條奈加「隠居おてだま」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

「ええっ! そんな大変なことに?」
「そうなんだ。さすがのおれも、慰めようがなくってよ」
「で、勘ちゃんは、いまどこに?」
「境内までは一緒に来て、いまはボロ堂の縁でふて寝してるよ」
 王子権現の境内に戻ったひょうきちは、散々な首尾を千代太に明かす。
 ボロ堂とは、王子権現の広い境内の隅にある古びた堂のことだ。いまは使われておらず、参詣案内の合間に休み処にしたり雨宿りをしたり、徳兵衛の隠居家に集う前は、相談場所として子供たちに重宝されていた。
「いまは声かけない方がいいぞ、よけいに意固地を招くだけだ」
「勘ちゃんたち、これからどうなるのかな?」
「まあ、親父さんしだいだが、案外あっちに留まるかもしれねえな。幸せそうに馴染んでいたからな」
「おじいさまの、言ったとおりだった。昔話のように、めでたしでは終わらないって」
 千代太の短い眉が、悲しそうに八の字に下がる。
「大人ってのは、つくづく勝手だよなあ。ふりまわされる子供の身にも、なれってんだ」
 生きることに精一杯で、子供が思っているほど、大人には余裕がない。気づくのは、自分たちが大人になってからだ。それまで力のない子供たちは、大人の都合につき合うよりほかに術がない。
「やっぱり、勘ちゃんのところに行ってくる。瓢ちゃん、商いと小さい皆を頼めるかな?」
「それはいいけどよ、いま行ったって無駄だと思うぞ」
「でも、行ってくる!」
「ああ、ちょっと待て。千代太は滅多に境内に来ねえから、ボロ堂の場所知らねえだろ」
 案内人として、逸郎をつけて送り出す。
「にしても、足遅えな、あいつ。逸郎にも負けてるぞ」
 瓢吉の見当よりだいぶ遅く、ふたりの姿は林の奥に消えた。

 木々の合間に、堂の瓦屋根が見えてきたところで、礼を言って案内人の逸郎を帰した。
 たしかに古びた堂で、いまは使われていないようだが、手入れはなされているらしく、四方の壁に破れはなく、扉は固く閉ざされていた。
 狭い縁から二本の脚がはみ出して、ぶらぶらしている。千代太は正面の階段から上って、勘七から腰ふたつぶんあけて、腰を下ろした。
 勘七は頭の天辺を堂の壁にくっつけて、組んだ両手を枕に仰向けに寝転がっている。千代太が顔を覗いても、見向きもしない。勘七の真似をして、仰向けにからだを伸ばし、膝から下をぶらぶらさせる。
 堂の屋根越しに見える空は、夏にくらべて色が浅く、高く抜けている。そのぶん少し、素っ気なくも見えた。
 千代太から顔を逸らせるように、勘七は横を向く。
「何しに来た?」
「昼寝だよ」
「瓢吉から、きいたんだろ?」
「きいた。ここひんやりして、気持ちいいね」
 林の中の坂道を上ったり下りたり、千代太にとってはなかなかに難儀な道程だった。たっぷりと汗をかいたから、日陰になった縁が背中に心地いい。
「おまえが何と言おうと、おれは親父に頭を下げるつもりはねえぞ」
「うん、わかってるよ」
「詫びるつもりもねえし、帰ってきてくれと頼むつもりもねえ。今度ばかりは、悪いのは向こうだからな」
「そうだね」
「だったら、何しに来た?」
「だから、昼寝だって」
 風が思い出したようにこずえを揺すり、その合間にチッチと鳴く声がする。鳥の声にも似ているが、秋蟬のようだ。目を閉じて、しばし耳を傾ける。
「今日はね、ずうっと勘ちゃんにつき合うよ」
「何だよそれ、うつとうしい」
「へへえ、そうかなあ」
 いま行っても無駄だと、瓢吉は言った。その無駄にとことんつき合おうと、千代太は決めていた。邪険にされる覚悟もしていたが、追い払う素振りはしない。それだけで、千代太の胸に安堵がわいた。
「ここで一緒に昼寝して、手習いも怠けてしまおうか。お昼はどうしようか……あっ、そうだ。境内に行くって言ったら、皆で駄菓子でも買いなさいって、母さまが小遣いをもたせてくれたんだ。これでうどんとかおとか、おまんじゆうやお団子も買えるよね?」
 勘七が、くるりとからだを回し、こちらを向いた。
「悪かねえけど……おまえとふたりで、何して遊ぶんだ? 蛙釣りや蜻蛉とんぼ釣りは……」
「ごめん、蛙や虫は苦手で……すごろくや歌留多はどう?」
「字は苦手でなあ。他に遊びといやあ、たが回し、竹馬、べい、根っ木ってとこか」
「ひとつもやったことない。意外と合わないね」
「まったくだ、おれも初めて気づいた」
 顔を見合わせて、互いに笑いが込み上げた。
「そういや、遊ぶ暇なんて存外なかったしな。商いと手習いで手一杯だった」
 と、勘七は、顔を戻して空を見上げた。
「父ちゃんが帰ってきて、少しは楽ができそうにも思えたのにな。当てが外れた」
「勘ちゃん……」
「別にいいさ、もとの暮らしに戻るだけだ。いまはおまえや瓢や皆がいるから、それも悪くねえと……」
 あいにくと感慨には長く浸れず、瓢吉が息せき切って駆けてきた。一緒にいるのは、てるである。以前は参詣案内の仲間のひとりだったが、今年から隠居家で組紐師の修業をはじめた。門前町に使いに出されたついでに、境内に寄ってみたという。
「いまよ、てるからすげえ話をきいて、知らせに来たんだ」
「別にたいした話じゃないよ。勘七のお父さんが、ご隠居を訪ねてきたってだけで……」
「何だって! 父ちゃんが?」
「それ、本当なの、てるちゃん?」
「な、な、すげえ話だろ?」
「勘ちゃん、とりあえず、おじいさまのところに行ってみようよ」
「そうだよ、勘、大事な話をきけるかもしれねえだろ。もちろん、おれも行くぞ」
 わかった、と勘七がうなずいて、三人がいっせいに走り出す。
「あ、ちょっと、あんたたち!」
「すまねえ、てる姉、ちびたち連れて追いかけてきてくれねえか。頼んだぞ!」
 千代太の手を引っ張りながら、ふり返りざま瓢吉が叫んだ。勘七はすでに先に行っている。
「男って、どうしてああも身勝手なんだろ」
 てるは腰に両手を当てて、大きなため息をついた。

▶#3-1へつづく


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