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連載

河野 裕「昨日星を探した言い訳」 vol.13

境界線を消したい少女と、境界線に抗う少年の、ボーイ・ミーツ・ガール! 河野 裕「昨日星を探した言い訳」#2-3

河野 裕「昨日星を探した言い訳」

※この記事は期間限定公開です。

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 六月の私は、小さな問題を抱えていた。
 懐中電灯の電池のことだ。
 実のところ、私はそれほど勉強が得意なわけではない。苦手だ、というつもりもないけれど、とくに暗記系の科目で、覚えているはずの言葉がふと出てこなくなりひやりとすることがよくある。そのため復習に時間がかかる。加えて秋にある生徒会選挙の準備も進めなければならないので、放課後の自由時間だけではどうしても足が出る。
 時間が足りなければ睡眠を削ることになるわけだが、寮では厳格に消灯時間が決まっているものだから、ベッドの中で教科書や参考書のページをめくるのが常だった。毛布をかぶって、懐中電灯の光が漏れないように注意して。
 懐中電灯は、非常用に寮に備えつけられているものを使っているのだけれど、意外とすぐに電池が切れる。節電を心がけていてもだいたい一〇日ほどしか持たない。非常灯としては充分な性能だろうけれど、普段使いには向いていない。
 もちろん電池は、寮母さんにお願いすれば交換してもらえる。でも、それも二度三度と続くと違和感があるだろう。だから私はゴールデンウィークに帰省したタイミングで、ひそかに電池を持ち込んでいた。
 問題は使い終わった方の電池だ。これの処理が厄介だった。最終的には、長期休暇で寮を離れるときに持ち出すことになるが、それまでは手元で保管しなければならない。制道院の寮では、しばしば持ち物検査が行われるものだから、その捜査網を上手くかいくぐる必要がある。
 正直、紫紅組の寮は、他の寮に比べれば持ち物検査がゆるいようだ。だからなんとかなるだろう、と、初めはクローゼットの下着と同じ引き出しで保管していたが、残念なことに私はこの寮内で嫌われている。持ち物検査をするのが寮長を始めとする上級生だと知ったとき、やばい、と直感して、私は咄嗟に窓から電池を捨てた。彼女たちは、やはり下着の引き出しまでチェックした。
 窓の下の電池をそのままにしておくわけにもいかなくて、再び回収したけれど、これでは心が休まらない。
「なんとかなりませんか?」
 と私が相談したのは、司書教諭の中川先生だった。
 そのとき彼女は、図書館で貸し出しカードを作っていた。新たに購入した本の整理番号とタイトルを専用のカードに書き込み、裏表紙をめくったところに張り付けた封筒に差し込んでいくのだ。中川先生はまるでどこかからダウンロードしてきた「手書き風明朝体」という名前のフォントみたいに整った字を書く。
 私は中川先生を信用していた。純粋に良い先生だと思っていたし、私と彼女には共通する話題があった。せいさんのことだ。
 中川先生は清寺ときの熱心なファンだったものだから、私たちはずいぶん濃密に話をした。彼女は圧倒的に深く幅広い清寺映画の知識をろうし、私は家にあった映画にまつわる小物や日常の清寺さんのエピソードで彼女を羨ましがらせた。図書委員の活動は、私にとって数少ない安らげる時間だった。私は中川先生をまるでとしの離れた姉のように感じていたし、向こうもこちらに悪い感情は持っていないように思う。
 彼女は一歩一歩足元を確認するような、ゆっくりとしたテンポで書籍のタイトルを書きながら、言った。
「乾電池くらいなんとでもなるけれど、でも私が手を貸しちゃうとルール違反だよ」
「やっぱり、まずいですか」
 教師が、生徒の校則破りに手を貸すようなことは。
 中川先生に迷惑をかけるわけにはいかない。別の方法を探そう、と私は頭を悩ませていたのだけれど、彼女は続けた。
「この学校には、二種類のルールがある」
 私は首を傾げてみせる。
「明文化されたルールと、そうではないルール、ですか?」
 的外れな答えではないだろう、と思っていた。でも、違ったようだ。
「伝統と呼ばれるルールと、そのルールを破るときのルールだよ」
 なかなか興味深い話だ。
「ルールを破るのにルールがあるんですか?」
「正しい反撃は、ルールに則ってするものだよ。ストライキにも法律があるように」
「どんな?」
「制道院において、ルールを破るときは、すべてが生徒の責任においてなされなければならない」
 なんだそれ、という気がしなくもない。
「つまり自主性を重んじる、という風なことですか?」
「違うよ。私たち教師には、できないことがあるって話だ」
「たとえば?」
「本当の意味で、間違ったルールを打ち破ること」
 中川先生は楽しげに、私の顔をのぞき込む。
「茅森はそれがわかっているから、総理大臣を目指しているんだと思っていたよ」
 私はしばらく、黙り込んで考えた。でも彼女の言葉の意味がよくわからなかった。
 私は自身のプライドに従って、口を開く。
「ごめんなさい。わかりません」
 中川先生は手元の貸し出しカードから顔を上げた。
「君は、どうして総理大臣になりたいの?」
 その質問に答えることは難しい。理由は明白なのに抽象的だから、上手く言葉にならない。
 ただ私にとっては、そこを目指すことが自然だった。

 私が総理大臣になろうと決めたのは、小学五年生──一一歳の秋だった。
 より正確には、一一歳の一〇月二三日だ。はっきり覚えている。あの優しかった清寺さんが、ただの一度だけ私を叱ったのが、その日だったから。
 清寺さんの家には立ち入りが禁止されていた部屋があった。彼の書斎だ。私だけではない。奥様も、ふたりの使用人も同様に、書斎には入ってはいけないことになっていた。
 その日、清寺さんは珍しく自宅のリビングに客を招いて仕事の話をしていた。やがて彼はひとりで書斎に入り、すぐにまたリビングに戻った。きっとなにか資料が必要になったのだろう。そのとき彼は、書斎の鍵をかけ忘れていた。
 当時の私は、清寺さんの家で暮らし始めて一年ほどたち、新たな生活にもずいぶん慣れていた。それで、気が緩んでいたのだろう。こっそりと書斎に忍び込んだ。
 目的のようなものはなかった。好奇心だけが理由だった。清寺時生という人は、机の引き出しになにを入れているのだろう? そんな、取るに足りないことがひとつわかれば満足だった。でもある脚本の原稿をみつけて、そこから動けなくなった。
 プリント用紙に印刷されたその脚本には、余計な装飾が一切なかった。
 一ページ目には「イルカの唄」というタイトルと共に、登場人物の一覧とそのキャストが記載されていた。でもキャストの方は大半が空欄だった。続くページにはナンバーが振られたシーンと、台詞せりふやト書きが淡々と並んでいた。
 ──清寺さんの、未発表の脚本だ。
 と私はすぐに理解した。そのときの私は、清寺時生のすべての作品を把握していたわけではない。でも、未発表だと確信できる理由があった。キャストの中の、最初に書かれていた名前が、つきしまなぎさ──私の母親だったから。彼女が主演した清寺時生の作品は四本だけだ。その中に「イルカの唄」なんてタイトルはない。
 一時間近くも、私はその脚本を読みふけっていた。
 それは不思議な物語だった。清寺時生の作品の多くはリアリズムに基づくものだったけれど、「イルカの唄」の舞台になっているのは、地球ではないどこかの星だった。
 だが、地球によく似た星だ。国の名前も、現実のものがそのまま使われている。一方で違うところもある。その世界では太陽が西から昇る。自転の向きが反対なのだ。そして、現実にはある概念の一部が存在しない。人種や性別に関する概念だ。
 たとえば人種について。その世界は、単一の民族で構成されているわけではない。反対だ。すべての人間が、異なる外見的特徴を持っている。髪の色、肌の色、目の色。それらが千差万別で、同じ組み合わせの人間はまず存在しない。みんな違うから、それを理由としたコミュニティが発生しない。
 性別に関しては、もう少しややこしい。肉体的な性──一般的にセックスと表記されるものに関しては、私たちの世界と同じように男女がある。身体の特徴も変わらないように読める。でもそれはあくまで、子供を作るときの役割の区別でしかない。
 社会的な性──ジェンダーと呼ばれるものは、その形がずいぶん違う。そこでは「男性的」「女性的」といった言い回しが排除され、性別にひもづかない、別の言葉が用意されている。外で金を稼ぐことを好む人はエクスター、対して家事や子育てを好む人はドメサーと表現される。男性的な肉体に恋をする人はLM、女性的な肉体に恋をする人はLW、相手の肉体の性別にこだわりがない人はFと呼ばれる。肉体の性により、それらの傾向には偏りがある。男性にはLWが多く、女性にはLMが多い。だがそれはただの傾向であり、たとえば女性のLWエクスターが否定されるわけではない。扱いは現代日本における血液型に似ている。A型よりもB型の方が珍しいからといって、「え、あなたはB型なの?」と驚く人はいないだろう。
 脚本には、ストーリーらしいストーリーが存在しなかった。幼いころを共に過ごした数人が大人になってから再会し、海辺の一軒家で共同生活をはじめる。彼らはイルカの唄を聴きたいと思っている。でも主題になるのは日常で起こる様々なエピソードで、目的は重要ではない。「スタンド・バイ・ミー」の死体探しがあくまで動機づけでしかないように。
 私にはそれは、ただ優しいだけの物語にみえた。
 なのになんだか、涙がにじんだ。私はそれまでに体験した、理不尽なあれこれを思い出していた。「イルカの唄」の舞台となる星にはただのひとつも存在しない、馬鹿げたあれこれを。ほんの端役でも良い、この物語の世界に入りたい、と願いながら脚本をめくった。
 でも私はその物語の結末を知らない。
 半分ほど読んだところで、来客との話を終えた清寺さんが、書斎に戻ってきたのだ。
 それで私は、初めて、彼に叱られることになる。とはいえ清寺さんの方には、私を叱ったつもりはなかったのかもしれない。今思い返してみれば、清寺さんは「この部屋には入らないで欲しい」と繰り返しただけだったようにも思える。

 私はその夜、ベッドの中でひどく反省した。
 すべての非は私にある。こんなにもよくしてくれている清寺さんの、たったひとつの言いつけさえ守れなかったことが恥ずかしかった。
 けれど「イルカの唄」は、私の中のなにかを確実に変えた。なんとなくリズムだけを覚えていた曲の歌詞を、ようやく思い出せたときみたいな。それに付随してタイトルや歌手やその曲を聴いたときの場面までひと息に形を持つような、確固たる手触りの安心感があった。
 ずっと、私の胸の中に渦巻いていたものの正体が、わかった。
 ──私はイルカの星が欲しいのだ。
 不条理なものが、ただのひとつもない星が。
 だから私の、本当の夢は、総理大臣ではない。過程のひとつにすぎない。
 けれどそれは、今の私にとってはどこまでも遠い、あらゆる手段を使って必死に目指すべき過程だ。

 どうして私は、総理大臣を目指すのか?
 その理由を、なんとか言葉にする。
「意味があると、信じているからです。なんらかの、象徴的な意味が」
 男性で黒い目をしている誰かが同じ地位に就くのとは異なる意味。少なくとも歴代の内閣総理大臣には、女性も、緑色の目もいない。
 中川先生は、長文の中の正しい位置にある読点みたいにリズミカルにうなずいた。
「つまり、立場というものは無視できないってことだよ。緑色の目と黒い目に関しても、教師と生徒に関しても」
「ただ乾電池を捨てるだけのことでも?」
「なんだって。ささやかなものをないがしろにしながら、大きなものを達成することはできない」
「なんだか、良い言葉っぽくは聞こえますね」
「しっくりこない?」
「はい」
 中川先生は楽しげに笑う。
「茅森は素直だね」
「普段はもっと、猫を被っていますよ」
 大抵の教師に対しては。生徒に対してはまた違う。被る皮をあれこれ変える。羊のことも、おおかみのこともある。
「なんにせよ、茅森が総理大臣を目指すように、君の乾電池を捨てることで世界を変えられると思っている人だっているかもしれない」
「それはいないでしょう」
「どうかな。いた方が、私は楽しい」
 彼女の言葉は、なにか冗談みたいなものだったのかもしれない。でも私は、それがどういった冗談なのかわからなくて、ただ顔をしかめていた。
 中川先生は貸し出しカードの最後の一枚を書き上げて、文字になったばかりのインクにふうと息を吹きかける。それから、こちらに顔を向ける。
「ところで、『清掃員』を知っているかな?」
 と彼女は言った。

#2-4へつづく
◎第 2 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!



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