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連載

河野 裕「昨日星を探した言い訳」 vol.12

境界線を消したい少女と、境界線に抗う少年の、ボーイ・ミーツ・ガール! 河野 裕「昨日星を探した言い訳」#2-2

河野 裕「昨日星を探した言い訳」

※この記事は期間限定公開です。

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2、茅森良子

 四月から五月の二か月間、私はこうぎよく寮で、まるで幽霊のように扱われていた。
 そこにいても目を向けられない。もちろん話を振られることもない。こちらから声をかけると、さすがに返事をもらえるけれど踏み込んだ会話にはならない。まずはこの環境を変えなければならない。
 紫紅組のうちの一方、紅玉寮での私の立場は、将来的にも重要だ。ここにいるのは成績も家柄も優れた人たちで、上手く人間関係を構築できれば後々まで武器になる。だから私は孤独な二か月間で、ふたつのことを自身に課した。
 ひとつ目は成績だった。学業が優秀であることは、紅玉寮に入る条件のひとつだ。五月末に行われた中間テストで、私は学年でいちばんを取った。これで、私が紅玉寮にいることに説得力ができたはずだ。
 ふたつ目は、寮生たちの関係の観察だ。私はだれに、どんな風に近づくのかを判断しなければならない。紅玉の寮生はたかだか二〇名だ。彼女たちは、おおむね仲が良さそうにみえる。けれど派閥のようなものはある。
 ポイントになるのは生徒会だった。過去一〇年間、生徒会長と副会長の八割が紫紅組から選出されている。生徒会長だけをみれば、うん寮が八名、紅玉寮が一名。それから彩色組のせいげつ寮からも一名。紫雲と青月は男子寮なので、つまりこの一〇年間で女性の生徒会長はひとりしかいなかったことになる。代わりに紅玉寮からは七名の副会長が出ている。これはやはり、気持ちの悪いデータだ。制道院は元々、男子校だった。もう半世紀も前に共学化しているのに、いまだに男性上位の雰囲気が残っている。
 ともかく例外があるにせよ、生徒会長は紫雲寮から、そして副会長は紅玉寮から、というのが通例だった。
 この生徒会が、派閥を作る火種になる。
 まず一点目は、生徒会への価値観だ。生徒会に入った生徒は、ほぼ確実に推薦入試を受けることができる。制道院は優秀な推薦枠を多く持っているが、一部の有名大学、たとえば東京大学への推薦はない。だから本当に勉学に秀でた生徒は一般入試を選ぶ傾向がある。彼ら彼女らは生徒会を通って推薦で大学へ、というルートを見下している節がある。
 そして、二点目。こちらはより単純で、つまり立候補者のバッティングだ。紅玉寮からふたりの立候補者が出ると、票が分散するため非常に不利だ。でも実際に、候補者が複数になった前例は、過去一〇年間では一度もない。なぜなら事前に寮内で立候補者をひとりに絞り込んでしまうからだ。
 制道院には秋にふたつの大きなイベントがある。文化祭と、拝望会だ。
 文化祭の方はしようめい祭と呼ばれる。一般的な文化祭のように学校中を使った祝祭というわけではなく、高等部の生徒たちが、体育館の舞台で演奏会や劇などを行う。これには多くの卒業生が観賞に訪れ、そのあとに彼らとの交流会が設けられる。
 生徒会は章明祭と拝望会を最後に、実質的には解散する。中間テストを挟み、一〇月にある投票で、次の生徒会役員が高等部一年生から選ばれる。
 つまり投票の時期、まだ寮には高等部二年と三年──前期と前々期の生徒会役員たちが残っている。この連中が強い発言権を持つ。紅玉寮から生徒会選挙に立候補するには、まず彼女たちに認められる必要がある。
 私は生徒会選挙を、紅玉寮での関係構築に利用することにした。
 現在、紅玉寮にいる高等部一年は三人。私のみたところ、このうちのふたりが生徒会に興味を持っている。
 一方はいなかわさんで、こちらが本命だ。中等部のころから生徒会を手伝っており、上級生たちからもわいがられている。順当にいけば、次の副会長は彼女だ。でも私は、彼女には取り入らない。さくらもこの派閥にいるため、あとから私が入るのは難しい。そもそも有利な方を順当に勝たせてもうまみは少ない。
 もう一方は、おぎさんだ。現状での成績は稲川さんに勝っているが、紅玉寮に入ったのはこの春からで、なんとなく部外者といった印象だ。荻さんは向上心が強いが、上級生に取り入るのは苦手な様子で、その点でも紅玉寮には馴染んでいない。
 だから、都合が良い。
 私は荻さんを生徒会選挙で勝たせることに決めた。

 夕食後、寮生たちが共用のリビングでくつろいでいる時間に、私は一冊のノートを抱えて荻さんの部屋をノックした。
 はい、と硬い声で返事が聞こえて、扉が開く。彼女は眼鏡をかけた、髪の短い女性だ。
 私は微笑む。
「茅森です。少し、お時間をいただけませんか?」
「いいけど──」彼女は不機嫌そうに顔をしかめる。「なんの用?」
「できれば、中で」
 荻さんは諦めた風に、私を部屋に招き入れた。学習机で参考書が開かれている。彼女は自由時間の大半を自室での勉強に充てている。
 扉を閉めて、もう一度彼女は「なんの用?」と言った。
「生徒会選挙のことで、ご提案があってきました」
 彼女は不審そうに私をみつめるだけだった。きっと、の悪いセールスマンかなにかだと思っているのだろう。
 私は続ける。
「生徒会に興味はありませんか? もしよろしければ、私もお手伝いします。まだ充分に時間があるうちに動き出せば、選挙戦を有利に進められるはずです」
 荻さんは学習机の椅子をこちらに向けて腰を下ろした。
「うちから立候補するのは稲川だよ」
「荻さんも、立候補すればいいじゃないですか」
 彼女は苦笑する。
「制道院というのは、そんな学校じゃない。なにをするにせよルールを守らなければ上手くいかない。上級生の許可を得ずに立候補したら──」
「私みたいに嫌われる?」
「ま、そうだね。君は一年、こつで我慢するべきだった」
 それは違う。
「生徒会選挙は、我慢していては勝てません」
 紅玉寮に入れるのは、中等部二年も三年も二名ずつだ。これはつまり、基本的には二年生のときに選ばれたふたりがそのまま三年でも席を維持する、という意味だ。中等部二年のタイミングを逃すと、高等部一年まで紅玉の席は空かない。そして高等部一年では、生徒会選挙には遅すぎる。このことは、高等部一年で紅玉に入り、部外者のように扱われている荻さん自身がよく知っているはずだ。
 彼女は不機嫌そうに目を細めた。
「そもそも寮に認められずに立候補しても勝ち目はないよ」
「別に上級生の皆さんが、ひとりで何百票も持っているわけじゃないでしょう」
「持ってるよ。彼女たちの言いなりになる生徒がいて、さらにその生徒の言いなりになる生徒がいる。紅玉寮の決定は、この学校の女子生徒の、過半数の意思になる」
 彼女の話が、どれだけ現実に即しているのかはわからない。でも、私からみても、まあそんな感じではある。
「性別を気にしなければ、四分の一程度ですね」
「たった四分の一だと思う?」
「いえ。充分、強力です。だからいいんじゃないですか」
 彼女は根本的に、私の話を勘違いしている。
「おそらく紅玉寮から、副会長に立候補するのは稲川さんでしょう」
「うん」
「でも、私が荻さんに勧めているのは、副会長ではありません」
 すでに紅玉寮での、寮生たちの関係はできあがっている。今さら、荻さんが稲川さんを押しのけるのは難しい。難しいというだけで不可能ではないかもしれないけれど、あまりばたばたすると余計な問題も生まれるだろう。紅玉寮には、その力を存分に発揮してもらわなければならない。生徒会選挙で他の寮に後れを取るわけにはいかない。
 なら紅玉寮が一枚岩のまま、荻さんの席を作ればいい。
「一緒に、生徒会長を目指しましょう」
 副会長を目指している稲川さんは関係ない。荻さんは紅玉寮公認の生徒会長候補になればいい。
 荻さんは額に手を当てて、しばらくのあいだ沈黙していたけれど、結局は首を横に振る。
「紫雲には勝てないよ。うちの先輩たちも、勝てない戦いには乗らない」
「いえ。勝ち目はあります」
「どこに?」
「荻さんが女性だから。女子票のすべてを集めれば、貴女あなたの勝ちです。おそらくなにもしなくても、男子も一割程度は貴女に入れるでしょう。今の時代、どこにだってフェミニストはいるものです」
「女子の中にだって、変化を嫌う層がいるよ。制道院は伝統的に、紫雲の生徒が会長になる。生徒会に興味がない人たちはそれでいいと思っている」
「では、女子のすべてでなくてもかまいません。紅玉寮の公認で、全体の票の四分の一は取れるのでしょう? あと一五パーセント数字を伸ばすプランを考えました」
 私は手に持っていたノートを差し出す。
 荻さんはそれを受け取ったけれど、ページを開く前に反論した。
「一五パーセント伸びたところで四割だ。過半数には届かないよ」
「はい。でも、選挙の勝利条件は、過半数を取ることではないでしょう。相手より一枚でも多くの紙に名前が書かれれば、勝ちです」
 荻さんに過半数の票を集めるよりも現実的な方法がある。
 渡したノートの半分は、そのプランについて記している。
「有力な対立候補を、もうひとり用意しましょう。そのひとりが二割の票を吸い取ってくれれば、四割がボーダーラインになります」
 固めた票で、紫雲と五分の戦いまでは持っていける。あとは浮動票を多少でも取り込めれば、勝ちだ。そのビジョンが私にはある。
 でも荻さんは、まだノートを開かない。
「それで? 君に、なんの得があるの?」
 そんなの決まってる。
「ひとつだけ、お願いがあります。二年後に私を生徒会長に推薦してください」
 私が高等部一年になるとき、彼女は三年だ。そしてすべてが上手くいけば、紅玉寮でもっとも発言力を持っているのが、荻さんになるはずだ。
 彼女の支持層を受け継いで、私が勝つ。これはそのための準備だ。

#2-3へつづく
◎第 2 回全文は「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみいただけます!



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