秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど 第9回「特技が欲しい」
秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど

コツコツ作業するのが好きで、小さいころから慎重派、なのに芸人。
そんなハナコ・秋山が文章とイラストで綴る、ゆるくてニヤリの初エッセイ。
第9回「特技が欲しい」
芸人をやっていると特技を聞かれることがよくある。「スタジオで披露できる特技などはありますか?」この答えを持ち合わせておらずいつも苦しんできた。オーディションのアンケートにも必ずと言っていいほどある特技の欄。例として資格が書かれていたりするが、特に資格もない僕は「剣道二段」でその欄を潰していた。
とにかく特技がない。小学生の頃ブリッジ歩行(ブリッジの体勢で頭の向きへ進む)を披露していたのが人生で一番特技らしかったが、今の僕が披露したところで大人は沸いてくれない。映画『エクソシスト』の再流行を期待して待つしかない。
特技を作らなければという焦りからネタ帳を開いて悩んだことは何度もある。少し前に流行ったのは「五十音を振ってくれたら○○な言葉で返す」というもの。平野ノラが「バブリーな言葉で返す」をやっていたあたりからこの芸に火がついたような気がする。「ひ」と言われれば「光GENJIのテレカに穴開けたの誰よ!!」と返すあれだ。おもしろ素晴らしい芸だった。平野ノラは同じ養成所の半年後輩で、ライブなどで共演することも多く、ブレイク前の試行錯誤や努力を近くで見ていて刺激をたくさん受けていた。今でも様々な芸人がオリジナルの五十音芸を生んでいるが、僕の古いネタ帳にも言うまでもなく「五十音」と書かれたページがある。そこには内容について掘り下げられなかった「村上春樹っぽい言葉」というタイトルのみがほったらかしにされていた。正直今でも五十音芸をやるのは自分に合わないこっ恥ずかしさを感じ、他の芸人達のように笑いを取れる気もしない。難しいものである。
特技といえば何か? そりゃ楽器だ。という答えに向かった時期もあった。楽器と言っても目立たなければ特技ではない。自分が取り組めそうで、且つ他の芸人が披露していないもの……僕が適任だと目星をつけたのはカホンだった。木箱のような形状で、その上に座り側面を叩く打楽器である。思い立った僕はAmazonを開く。
そこで知ったカホンの当時の値段相場は二〜三万円だった。……高い。当時芸歴三年目あたりの僕にとっては大金だった。初期投資とはいえ、触ったこともない楽器をいきなり買うことの恐怖。買ったもののすぐ諦めて六畳一間の隅にホコリをかぶったカホンが残る恐怖。臆病な僕がそんな尻込みをしている時にあるものが目に入る。ミニカホン五千円。ミニもあるんかい。そうミニもあるのだ。お値段も手頃。お試しならミニ、そして自分に素質を感じたらデカカホン(ノーマル)デビューすればいいんだ! という考えに至った僕はミニカホンを注文した。
数日後ミニカホンが無事届いた。段ボールを開けると出てきたミニカホンは英和辞書を二冊くっつけたほどのなんとも可愛らしいサイズだった。一人でニンマリ微笑んでしまっていたであろう。愛くるしいフォルムだ。早速練習を始めよう。僕はミニカホンに腰掛ける。カホンの縁がお尻に刺さる。「ん?」ミニカホンがミニすぎてお尻が四方からはみ出ていた。ミニカホンから降りる。箱や説明書を見る。子供用などの表記はなかったためこれはこういうものだと言い聞かせ、また座る。呼吸を整え、いざ、叩く。
「ポン」と鳴る。
いい感じ。自分の相棒になり得る楽器との出会いに胸が高鳴った。カホンとは叩く位置によって音色が変わる楽器である。別の位置を叩いてみる。
「ポン」
また叩く位置を変えてみる。
「ポン」
「ポン」
「ポン」
ほとんど音色の変化が感じられなかった。呆然とした。購入前に動画などで見て憧れていたカホンの音色とはほど遠く、おかしいと思いネットで調べてみるとミニカホンの構造上仕方のないことのようだった。これでリズムを奏でるとなるとより高度なテクニックが必要になる。失敗した。これじゃお試しにならない。初期投資をケチったがための失敗。安物買いの銭失いフィーチャリングミニカホン。六畳一間の隅にミニカホンがある暮らしとなった。
その諦めから数年後。相も変わらずまた楽器が欲しいという時期が来る。その時は「ミニ」とはつかないちゃんとしたウクレレを購入した。ミニカホンの経験のおかげである。しばらくは初心者コードで楽しく弾いていたが、そのウクレレも特技の欄に書けるレベルとは程遠いまま触ることが少なくなってしまった。本当は周りに内緒で上達して「いつの間にかめっちゃ上手い」をやるつもりだったが、痺れを切らして「インスタライブで照れながら少し弾く」に留まっている。なんともこぢんまりした着地だ。このウクレレは特技どうこうではなくいつかちゃんと学びたい。
何かのオタクだったりが特技に繫がることもある。しかし僕にはそのような趣味もあまりなく、一番熱を持てることといえばコント関連になってしまう。これも一つの答えであると考えることもある。
あるコント番組の収録が早朝から深夜までかかったことがあった。その終わり、スタジオを去ろうとする僕にスタッフさんが「こんな長い時間申し訳ありません」と声をかけてくれた。僕は一瞬その言葉の意味が理解できなかった。理解できないほど、疲れを感じない仕事だったのだ。長いとも思わない、むしろ明日も明後日もこのスケジュールを繰り返したい、と思うことがコントに携わる仕事をしているとある。コントの仕事をすると疲れが取れたように感じることもあるが、これは気味悪がられる気がしてほとんど口にしたことはない。
こういったことを整理していくと僕の「特技」の答えが見えそうな気がする。しかしこれは悩みの種である「スタジオで披露できそうな特技」の解決にはならない。叶うのならば、コントが大好き且つ椅子を二十脚積み上げたてっぺんで逆立ちできる芸人でありたいものである。