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連載

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど  vol.6

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど 第6回「潜むのは得意かもしれない」

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど 

コツコツ作業するのが好きで、小さいころから慎重派、なのに芸人。
そんなハナコ・秋山が文章とイラストで綴る、ゆるくてニヤリの初エッセイ。
 

第6回「潜むのは得意かもしれない」

 番組収録中、隣に座っていた蛙亭のイワクラから「ソンザイ」の「ソン」はどういう字だったかを尋ねられた。僕は自分の持っていたフリップの隅に「存」と書きイワクラに見せた。それを見たイワクラは顔をしかめて
「……ほんとですか?」
 と言った。「あーそれだ」以外の返しを予期してなかった僕は少し固まった後「ソンザイって、あるって意味のだよね?」と確認し、そうだと言うのでこれであってると念押しした。それでも納得しきっていない様子でお礼を言われた。収録後、僕はなぜ教えた漢字を信用しなかったのかイワクラに尋ねた。
「すみません、教えてくれてる秋山さんの顔が赤ちゃんすぎたので」
 なんだその理由は。信頼度に欠けたらしい。こんな顔のやつが漢字を知っているわけがないと。百歩譲って僕の顔が赤ちゃんだったとしても聞いたのなら信頼してくれよ、と思った。
 童顔だと言われることが多い。童顔なのは自覚できるが、どうやら顔だけではない。シルエットや雰囲気なども幼く見えるのかもしれない。そう思わされるほど幼く見られる機会が多い。
 ハナコでNHKのネタ番組のオーディションに行った際、そのネタ番組の受付と「天才てれびくん」の受付が隣り合わせていたことがあった。僕らは当然ネタ番組の受付へ向かって近づいたが、天才てれびくんの受付のスタッフさんが僕を見て腰を浮かしていた。「あ、当番組へ出演する子が来たわ」と、僕に対応しかけていた。でも僕はてれび戦士ではない。ピーマンの美味しさだってわかる、大人だ。
 一時期新宿にあったVR ZONEというアミューズメント施設。そのオープン当時、近くの会場でのライブ終わりに芸人数人で覗きに行ったことがあった。人も多く盛り上がっている様子で、僕は入場料などが気になり受付の近くまでひとり近づいていた。すると大学生くらいの男の子が突然「入るの?」と声をかけてきた。驚いた僕はあしらう程度の「まぁ」を返した。すると「余ったから使って」と使いかけのアトラクションチケットを渡し、去っていった。子供に優しい青年だった。そんな青年に僕は優しくされた。でも僕は遊びたいけどお小遣いが足りず困っていた子供ではない。領収書だってたくさん保管してある、大人だ。
 中野で一人暮らしをしていた頃、家のすぐ近くにゲームセンターがあった。バイトからの帰り道の夜、ふらりとそこに寄りメダルゲームをしていた。すると店員に「一人ですか? 身分証明できるものありますか?」と言われた。子供は一人でゲームセンターにいてはいけない時間だった。恥ずかしくなった僕は、身分を証明した後すぐに帰るのも目立つので程よくゲームを続けてからそそくさと去った。夏場で半袖短パンだったせいもあってか完全に少年扱いだった。でも僕は家に帰りたくなくてゲームセンターにいる子供ではない。運転免許を取得していないため身分証明用にちゃんと住基カードを持っていた、大人だ。
 桜の前で写真を撮ってもらってる僕を見た人が「卒業式じゃん」と言った。門出の期待と不安がこもった表情で立つ子供ではない。因数分解のやり方は綺麗さっぱり忘れてしまっている、大人だ。
 収録用に用意してもらった衣装で蝶ネクタイ姿の僕を見た人が「Got Talentで歌うまかった子供ですか?」と言った。大観衆を前に臆せず歌ってスタンディングオベーションを浴びる子供ではない。カラオケで誰も知らない歌を歌う人がいた時は冷めずにノって揺れてあげる、大人だ。
 僕の六歳の頃の写真を見た人が「先週の写真?」と言った。二十五年前だ。僕はもう大人なんだ。
 得していることもある。未だにコントで学生役を不自然さなくやれる点などは得していると思う。いつまで学生コントが演じられるかはコント師の一つの大きな問題である。
 僕の「若く見える」「学生役に違和感がない」「同級生に一人はいる顔」という特徴を企画で生かしてもらえたこともある。フジテレビの「新しいカギ」という番組での『学校かくれんぼ』という企画。新しいカギメンバーが校内に隠れ、全校生徒が鬼となって探すというものである。チョコレートプラネット長田さん(この企画中は隠密マサルというキャラだが全然浸透していない)の指示のもと、チョコプラ松尾さん、霜降り明星、ハナコの六人が隠れる。隠れた六人を全校生徒が探すという大スケールの企画である。
 この企画の肝は、隠れるメンバーよりも番組担当の美術チームたちの力にある。毎回、隠れる場所を美術さんたちが作ってくれるのだが、そのスキルがものすごい。本物そっくりで中に入れるピアノを作ったり、図書室の本棚を少しだけ厚くして人を隠したり、室外機、庭の切り株、柱、なんでもすごいクオリティで作ってしまう。どの場所に誰が割り振られるかもこの企画の見どころなのだが、ある回で僕に言い渡されたのは「制服を着て生徒に紛れる」作戦だった。
 美術さんたちの力を借りることもできず、ただ生身で生徒たちの中に隠れる。それはどうなのだろう。学生姿に違和感がないとはいえ、毎日顔を合わせている学生の中に知らないやつがいたらさすがに違和感はないだろうか。異物が混入してることを気配で察せられないだろうか。一瞬で終わってしまうことはできないプレッシャーに不安になりながらかくれんぼはスタート。千人ほどの生徒が校内中を走り回る中に制服姿で飛び込んだ。
 全然バレなかった。僕の周りをたくさんの生徒が行き交っている。「粗品会いたい!」「岡部どこー!」「菊田ー!!」など企画を楽しんでくれている。「秋山見つけたいんだけど」という声も聞けて隣で安心したりしていた。
 スタートから数分が経った頃、せいやが図書室で見つかったと校内放送があった。そうなると大半の生徒はせいやを一目見ようと図書室へ集まる。僕も向かった。「せいやいたって!!」「うそ!」という一行と共に図書室へ到着し、みんなと同じようにスマホを取り出し写真を撮った。見つかってしまったせいやが生徒たちをかき分けて移動する最中「せいやー!!」と僕も呼んだ。振り返ったせいやと目が合った。僕がいることがバレてはいけないと振る舞ったせいやは、目ん玉だけをグッと二回り大きくしていた。後々聞くと「マジで溶け込めていた」らしい。
 調子が出てきた僕は余裕で校内を移動していた。続いて岡部が見つかり、意気揚々と現場へ。先ほどと同様、岡部を取り囲む群衆の中に紛れスマホで動画を撮りながら名前を呼んだりしていた。その時右耳から聞こえた。
「秋山じゃね?」
 ゾッとした。
「秋山だ」
 調子に乗りすぎた。バレない中、活発に動きたい気持ちと、制限時間いっぱいまでバレたくなかった気持ちと、それはそれで寂しいんじゃないかという気持ちと複雑だった。気づいた生徒に理由を聞くと
「老けていた」だった。
 僕は童顔なのではなく「小さいせいで幼く見えるだけのおじさん」なのかもしれない。



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